第11話 職業体験


 蒸せ返るような酒気と熱気がユイを包み込む。聞こえるのは色香を纏う娼婦の誘惑とそれに応える客の声。あからさまな駆け引きに頬を赤らめつつ、ユイは意識を周囲からそらすために並べられた料理に舌鼓を打った。


「顔、真っ赤」


 時折、暇を見つけてはメイアは様子を見に来てくれた。胸の谷間を強調する衣装を身に纏い、派手な化粧を施した面は少女の面影はない。


「メイア。だって、恥ずかしくて」

「来月には娼婦になるんでしょ」

「そうだけど」


 だからってあんなにも谷間を見せる必要はあるのだろうか。見せるほどの胸はないが、自分があのような服を着ることを考えるともっと頬が熱くなる。


「まあ、アメリア姉さんは直球だから慣れるまで時間はかかるだろうね」


 メイアは呆れた表情を浮かべながら黒紫の髪を持つ美女を見つめた。釣られてユイも視線を美女に向ける。美女は今宵の客になるであろう男の膝に座り、太い首に腕を回していた。真っ赤な唇が男の言葉を奪おうと近づくのを見て、急いでユイは視線を料理に戻す。


「あ、アメリアさんっていうんだね」

「そ。人によって駆け引き方法は違うけどアメリア姉さんはすぐベッドに誘うよ」


 なんて返事を返せばいいのか分からず、ユイは「そっか」と小さく返事を返した。


「うわっ、顔超真っ赤だよ。今日はこの空気に触れて慣れるだけでいいし、それ食べ終わったら部屋戻りなよ」


 ユイの緊張を感じとった メイアは「ほら」と水が入ったコップを差し出してきた。


「ありがとう。そうする」


 コップを受け取り、ユイは喉奥に水を流し込む。渇いた喉を潤す水の冷たさに頬の熱も落ち着いてきた。


「落ち着いた?」

「うん、さっきよりは」

「そっか。じゃあ、あたしは仕事に戻るね」


 踵を返そうとするメイアをユイは急いで止めた。


「あの、聞いてもいい」

「なに?」

「エリーゼさんっていないの?」


 ユイの問いかけにメイアははっと息を止めた。驚きに瞠目し、おずおずと口を開く。


「エリーゼ姉さんに会ったの?」

「うん」

「いつ?」

「昼間にユージンさんに案内してもらった時」

「あー、エリーゼ姉さんは太客がいるからあまりこういうところにいないよ」


 視線をずらしていいにくそうにメイアは言った。まるでこの話題を早く終わらせたい様子にユイは内心首を捻る。


「そっか。ありがとう」


 けれど、それは口には出さない。ここの人間関係は分からないがエリーゼの話はしない方がいいと判断する。


「お仕事、頑張ってね」

「ユイはゆっくり休みなよ」

「うん。お言葉に甘えるね」


 メイアのほっとした表情に先程の判断は間違いなかったようだ。

 人間関係がはっきり理解できるまではエリーゼの話題は禁句としたほうがいいだろう。ナンバーワンゆえに妬まれているのか、ユージンがいう「つまみ癖」が原因なのかわからないが、新入りの立場であまり首を突っ込むのはよそうとユイは心に誓った。

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