第8話 月涙亭


 ユージンが経営する娼館はガルダの街の大通りにある『月涙亭げつるいてい』という洋風の建物。一見して、ここが娼館だとは到底思えず、「ここだよ」と案内された時、唯は驚いて二度見してしまった。


 ガルダの街はイギリス風の建物が多いが月涙亭は特に特色が強い外観をしていた。歴史を感じさせるレンガ造りの建物は周囲と比べてどことなく気品があり、軒下に下げられた店名を現す月と雫の街灯はよく手入れされている。二度言うが本当にお洒落な外観は娼館には見えない。

 唯が想像してたのはドラマとかでよくあるネオンがきらきらと主張して、分かりやすい建物だ。そこで娼婦は与えれられた部屋で客を待ち、給仕は飲み物とか食事とかをその部屋に運ぶことだと思っていたがここは酒場と娼館が一体となった構造らしい。

 何度か瞬きしているとユージンが肩を叩いてきた。


「中に入ろう。詳しい事を説明するよ」

「前から入るんですね」

「うん、今は営業時間外だからね。営業中は裏にある入り口から基本出入りしてるよ」


 この世界では時間という概念はあるが時計はない。そのため、時間はガルダの街の中央にある巨大な鐘の音で告げられる。朝、昼、夕に三回鳴るのでその音を頼りに住民は生活を営んでいた。

 殆どの店は朝の鐘の音から夕の鐘の音まで経営するが、娼館の営業時間は夕方の鐘が鳴ってから始まり、最後の客が省けるまで続けるらしい。


「昼間は食事処として営業しているところもあるけど、うちは基本的に夜だけの営業だよ」


 ガラス張りの扉を開けるとレンガの匂いに混じって微かに匂う香水の香り。混ざり合った匂いは甘ったるいが不快ではない。

 土足のまま案内されるとバーのような内装の部屋に案内された。


「ここは料理を提供するとこ。ユイくんにはお酒や料理を出してもらうよ」


 つまりここがこれから約一ヶ月間、唯——ユイが仕事をする場所。ドラマとかでよくあるカウンターの向こう側には無類のお酒の瓶が並んでいる。銘柄を覚えるのが大変そうだ。


「どうかした?」

「娼館って聞いていたけど、そんな風には見えなくて」

「うちはいわゆる高級店だから他の娼館と比べると内装も凝った造りにしてあるんだ」


 ユージンはしたり顔をすると月涙亭独自の接客方法を口で説明してきた。

 ここでは客が一階で酒や料理を楽しみ、気にいった娼婦がいれば交渉するという方法を取っていた。料理目的で来店する客もいれば、それ目的だけで来る客もいる。他の娼館のように勝手に相手を決めて、宛てがわれて低賃金で働くことは決してない。

 娼婦が客を気に入らなければフってもいい。その場合は給金にならないし、手酷いフリ方をしない限り店からの罰則はない。

 交渉が成立すれば客はその場で娼婦にお金を支払い、娼婦はオーナーであるユージンの元に行ってお金を預ける。その後、客と共に二階の自室へ向かいサービスを行う。

 ユージンに預けたお金は大体五から八割キャッシュバックされる。売れっ子になればなるほど金額が高いし、キャッシュバック率も高くなる。

 身体を売らずに給仕だけっていうのもできるけど給金は低く、稼げるのは月に千ベニー。ベニーはここのお金の単位。ちなみに日本円の百分の一ほどの価値だ。


 つまり給仕だけだと日本円にして月十万しか稼げない。それだけでは寮費と食費だけで全てが飛んでいく。贅沢をしなければギリギリ生活は営むことは可能だが、ユイは逸れた四人を見つけなければならない。

 少年の言うことが本当なら彼らが同じ街にいる可能性はとても低く、見つけ出すにはそれなりの年月と費用もかかるだろう。

 また、唯には制服と体操服以外、衣服を所持していない。西洋風のこの世界で制服のまま活動するのは不自然だ。黒髪黒目の時点で目立っているのにこれ以上、目立つのは避けたい。


 難しい顔で唯が唸っているとユージンは「君は例外だよ」と最初の一ヶ月の給金は給仕だけで千二百ベニーくれると言ってくれた。過ぎたら千ベニーに下げるとも付け加えてきた。わざとらしい金額だと唯は思った。

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