朝に昇る月は変?

朝月

少しだけベジタリアンになってみた話

 小さい頃は肉を食べるのが好きだったと思います。親が焼肉に連れて行ってくれるとなればワクワクしたものです。


 ところが、大学生のころ、その有り余る時間を無益に過ごしていたころ、肉を食べている時にふと「これ、よくよく考えたら動物の死骸だよな」と考えなくても良いことを考えてしまいました。


 もともと、こだわりの強い性格でもあり、一度思い込むと、もう気持ち悪くて肉が食べられなくなりました。食べようとしても以前のようなワクワク感は無く、無理やり食べているという感じで、油断したら吐き出してしまいそうで、肉を食べるのが辛かった記憶があります。そんな状態でも肉を食べようとする自分にもびっくりです。


 今ではそれも克服し普通に肉が食べられるようになりました。誰かと焼肉に行っても「美味しい」と言って食べられます。ただ、昔のように好んで食べたいと思うことは無く、自分から肉を食べたいとは考えなくなりました。お魚は大好きなんですけどね。特にサバとか。肉は好きじゃないのに、魚は好きというのもおかしな話ですが。



 その肉をバクバク食べられなくなった時期に、ちょっとだけベジタリアンに挑戦したことがあります。健康のためとか、宗教のためとか、自分なりの思いがあってとか、そういうものは無く、ただ単純に普通の人と違う生活をしてみたら面白いのではという良く言えば探求心、悪く言えば普通では無い自分を人に見せたい自己顕示欲みたいなものでした。


 ベジタリアンにはいくつか種類があり、例えば完全に植物性の食品しか食べない「ビーガン」。植物性の食品に加え、乳製品を食べる「ラクト・ベジタリアン」。さらに卵まで食べる「ラクト・オボ・ベジタリアン」。たぶんこんな感じであったと思います。僕はこの中でもラクト・オボ・ベジタリアンを目指そうと考えました。なぜなら卵が大好きだから!!


 一体どんな生活になるのだろうか、やっていけるかな、そんな不安とは裏腹に肉を食べない生活は思ったより苦ではありませんでした。「肉は気持ち悪い!」と思っていた時でもあり、やりやすかったのだと思います。ただ、普通にスーパーの総菜や外食をするとたいてい肉が入っていたので、食べるものを選ぶ手間は増えます。だけど、それも「自分に必要なもの」「健康的なもの」を食べる意識がついて良かったと思います。


 そんな生活が半年、もうちょっと短いかも知れませんが続きました。そんなに長くベジタリアン生活をしたわけではないので身体にどんな変化があったとかは分かりません。でも、肉を食べていた時とそう変わらないということは「肉を食べても食べなくてもそう変わらないということなのかな?」なんて考えていました。


 そんなある日、僕のベジタリアン生活は唐突に終わりを告げます。


 当時住んでいた家の近所のスーパーにパン屋さんが入っており、よく試食を出していました。僕の友人の友人がパン屋で働いていたので分かるのですが、その日いくつのパンが売れるか分かりません。当然、パンを焼き過ぎてしまうということもあります。そんな時、廃棄するぐらいなら試食に出して少しでも売れる切っ掛けを作ろうとするものです。ちょっと食べて美味しかったら買っちゃいますからね。新商品はもちろん試食用で焼いたりもするとは思います。


 さて、そのパン屋さんに元気の良いおばちゃんが働いていました。何度もそのパン屋で買い物をしていたので、僕の顔を覚えていたのかも知れません。

「兄ちゃん!美味しいパン焼けたからちょっと食べていかない!?」

 そんな感じで呼び止められました。

「美味しいんですか?」

 よせば良いのに僕はそのおばちゃんに近づいて行きます。

「美味しいよぉ~。ほら手を出して!!」

 おばちゃんの勢いに押されるように差し出した僕の手にパンが乗せられます。それは、カツサンドでした。


 ああ、カツサンドね。ふーん、カツサンド。カツサンドかぁ。


 おー、まい、がー。


 手に乗せられたカツサンドを見ます。思いっきり豚肉です。肉を食うベジタリアンはいません。しかし、この手にカツサンドを乗せられた状況で「僕は肉を食わないからいらない!」とは言えません。ベジタリアン生活をしていて、「肉は食わない!」と決めていましたが、それ以上に「食べ物を粗末にしてはいけない!!」という気持ちが勝っていました。おばちゃんも笑顔で僕を見ています。このおばちゃん、僕のベジタリアン生活に終焉をもたらすために召喚されたデーモンではありません。善意で、多少商売気はあるかも知れませんが、僕にカツサンドをくれたのです。


 結局、そこでカツサンドを食べてしまい、僕のベジタリアン生活は終わりました。

「どう兄ちゃん美味しい!?」

「うん、美味しい……」

 久しぶりに食べる豚肉の味は正直分かりませんでした。だって、「肉を食べてしまった罪悪感」「自分の決めたことをすぐに曲げる意思の弱さ」その他もろもろで僕の頭の中は嵐が吹き荒れていたからです。



 いやー、なかなか、世間の流れとは違うことをするのは力がいりますね。自分なりに努力して選択しなくちゃいけないですし、誘惑も多いですし、何より理解され難い。おばちゃんだって目の前の人がベジタリアンかどうかなんてわかりません。

 僕には嫌なものは嫌という意思もありませんでした。だって、誰にだって良い顔したいもの!知らないおばちゃんにですら嫌われたくない!!


 自分も、常識に当てはめて考えて、人の思いや考えを壊してないかなんて考えるきっかけになった出来事でした。

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