第51話 MUSIC WAVE

『こんにちは。今日のMUSIC WAVE、ゲストはF'sのギターの東圭司さんと、同じくF's、ベースの東映さんです。よろしくお願いします』


『お願いしまーす』


『お願いします』


『お父様の圭司さんは二度目ましてですが、映さんは初めましてですね』


『そうですね。喋るのは得意じゃないので、いつも黙って見てる方です』


『そうなんですか?でも資料によると…英語にドイツ語にイタリア語に…現在フランス語も勉強中とありますが…これらはペラペラと?』


『いえ、それは職を失った時のために勉強してます』


『あっ、F'sが解散するとか思ってんのー?神に報告するよー?』


『…失言でした。ワールドツアーの時に役立てばいいと思って勉強中です』


『あはは。お父様、お強いですね。さすが。さて、そのF'sですが、11月15日、この収録が放送される日ですね。まさに今日、B-Lホールでライヴですね』


『そうなんだよー。すっごく急に決まって、バタバタしてるんだ』


『世界中継もあるとか…』


『テレビとインターネットでも見れるんだって』


『すごいですね…ビートランド…やる事が違います』


『ねー』


『新曲はありますか?』


『あるんだよ。しかもたくさん』


『…たくさん…ですか?』


『そう。神が鬼みたいにたくさん作っちゃってさー』


『それはすごく楽しみです!!』


『ライヴ来るの?』


『もちろん行きます!!』


『わー、嬉しいなあ。ありがとう』


『ライヴ会場に行くお客様には特典があるそうですね』


『そ。だって、テレビ中継があるのにチケット買って来てくれるんだからね』


『どんな特典があるのか、こっそり教えていただけますか?』


『こっそり?大公開だよね?(笑)』


『じゃあ、大公開していい部分だけでもお願いします(笑)』


『えーとね、まずは来場者全員にF'sの特製ステッカーと、光るリストバンドをプレゼント』


『えっ、特製ステッカーだけでもお得なのに、光るリストバンド…それは、ライヴの最中に使用する物ですか?』


『そ。音に反応して光が変わるから、会場の一体感もすごいよ。だから、もったいないから使わな~いって言わずに、みんな装着してね』


『お客さんも参加してる気分になれますね。私も入場したら早速装着します』


『それとね』


『え?まだあるんですか?』


『あるんだよ。会場にはアンケート用紙が用意されるから、ライヴ終了後にその場で書き込んで設置してある箱に入れておいてくれたら、抽選で20名にF's全員のサインと生写真と次のアルバムをプレゼント』


『えええええーーー!!それ!!私絶対申し込みます!!』


『あ、中継を見てくれる人も、途中で何度か登場するキーワードをチェックして申し込んだら、マフラータオルが当たるかも?』


『それはライヴ会場に行った人で、録画した人も参加できるんですか?』


『出来ちゃうかも!!帰ったらすぐチェックしなきゃだね!!番組の最後には、ここでは言ってないお楽しみもあるから、みんな見てねー(笑)』


『うわ~!!リスナーの皆さん!!今夜はF'sを見て、豪華特典をゲットしましょうね!!』


『してね!!(笑)』


『では、最後に…今夜もこの曲はあるのでしょうか?F'sの名曲を聴いてお別れです』


『あ、映…全然喋んなかったね(笑)』


『あっ、ほんとですよ!!』


『いや、俺はいいから…』


『タイトルコールお願いします(笑)』


『じゃあ…今夜、是非F'sを楽しんで下さい。『Never Gonna Be Alone』聴いて下さい』




 〇東 圭司


「なんや。映、ひとっつも喋ってないやんか。」


 朝霧さんがそう言って笑った。


「でしょー?これじゃ京介と行っても変わんなかったよ。」


 俺がそう言ってお茶を飲むと。


「親父が喋り過ぎんだよ。」


 映は足を組んでチラリと俺を振り返った。



 本番まで、あと四時間。

 さっき簡単にリハを済ませて、一昨日収録した『MUSIC WAVE』を聴いた。

 今から軽く食べたり、シャワーしたり…各自少し自由な時間。

 神は少し寝るってルームの片隅でアイマスクとヘッドフォンでお休み中。

 いつもは、歌う五時間前から喉を作るって言うのに…

 今日はいいのかな?


 京介は一度家に帰るって出てった。

 ナオトさんは指慣らししてくるってスタジオに。

 俺と映と朝霧さんは、三人で甘い物をつまみながら…お茶してる。



 #######


 ポケットに入ってたスマホのバイブ。

 少し大げさに体を揺らすと。


「じじいか。」


 朝霧さんが笑った。

 バイブに驚いたらじじいなのかな?


『今どうしてる。時間に余裕があったら上に来てくれ』


「……」


 高原さんからだった。

 義理の父なんだけど、俺も神も…いまだに『お義父さん』って呼べないんだよねー。

 なんか、やっぱ…敷居高いよ。

 世界の高原夏希だからね。


「ちょっと上行って来まーす。」


 朝霧さんにそう言うと。


「ナッキーから呼び出しか。」


 誰が買って来たのか、さきいかにチョコがついてるやつ…

 俺的にはなしなんだけど、朝霧さんはそれを美味しそうに食べながら言った。


「そうです。ダメ出しされなきゃいいんだけど…」


「ライヴ前にそりゃないやろ。戻ったら少し合わせよで。」


「はーい。」



 ルームを出てエレベーターに乗る。

 最上階のボタンを押して、鼻歌交じりで乗ってると、そこでもスマホが震えた。

 誰かな?と思ってみてみると…


 瞳『ラジオ聞いた。若い子相手にデレデレじゃないの。もっと映に喋らせなさいよ』


「…ふふっ。」


 俺はそれを見て。


『えー、だって映全然喋る気なさそうだったもん。俺が喋んないと告知になんないじゃん?』


 そう打つと。


 瞳『そうかもだけど…なんか気に入らなかった』


「……」


 ライヴの日だって言うのに。

 俺の奥さんは容赦ないなあ。


『妬いてんのかな?』


 バカ言わないで。って返って来るだろーなーって思いながらも打ってみると。


 瞳『…そうなのかな』


「……………えっ?」


 て言った瞬間、エレベーターのドアが開いた。

 で、何となく呆然としちゃってたからか、ドアが閉まりかけて…


「あっ、降ります降ります降ります…」


 誰もいないのに、そう言ってエレベーターを降りた。


 …どうしちゃったのかな?

 瞳…何か不安定?


『どした?何かあった?』


 瞳『別に何もないけど』


『だって瞳、ヤキモチなんてやかないじゃん』


 瞳『あたしだってヤキモチぐらいやくわよ』


『マジでー!?』


 瞳『何その反応。ムカつく』


『えー、俺愛されてるー』


 瞳『バカ』


『ははっ。今日来るんだよね?』


 瞳『ラジオでムカムカしたから考え中』


『えー、なんでだよー。来てくんないと頑張れない』


 瞳『また、そんな調子いい事言って』


『調子いい事?俺、特にいつもと変わんないけど』


 そこまでやり取りしてると、何も来なくなった。

 えー…気になるじゃん…


 エレベーターの前で、立ったままそうしてると…


「何やってんだ?」


 会長室のドアが開いて、高原さんが顔を覗かせた。


「あ、すみません。ちょっと瞳とやり取りを…」


「どうした。来ないのか?」


「ラジオでムカついたって来て。」


「あはは。映が喋らなかったからか?」


「俺がパーソナリティーの子にデレデレしてたって。」


「厳しい奴だな。」


「ですよねー。」


 そんな会話をしながら、会長室に入る。


「まあ座れ。」


「はい。」


 高原さんは俺にコーヒーを入れてくれて、向かい合って座ると。


「…千里の様子はどうだ。」


 低い声で言った。


「あ…夕べの事、聞いちゃいました?」


「マノンからな。リハ前のミーティングすっぽかした上に、結局リハもおまえが迎えに行って押してやったらしいな。」


 ああ~…高原さん、ご立腹かなあ…

 俺はちょっと猫背になりながら。


「えーと…でも、リハは完璧にやり遂げましたよ。今日も…調子はいいみたいです。」


 そう言うと。


「…ありがとな。圭司がいてくれるから…千里は歌っていられると言ってもいいと俺は思ってる。」


「………えっ?」


 高原さんの思いがけない言葉に、俺はビックリして…すごくビックリして…


「千里に子供の頃の記憶がないと聞いた。もしかしたら…これからも千里はその事を思い悩んで、沈む事があるかもしれない。」


「……」


「だが、俺は思った。圭司が一緒にいてくれれば…千里は大丈夫だってな。」


「そ…そんな、俺は全然…その…ただ、神の事、すげーカッコ良くて好きだから…その…歌ってて欲しくて…」


 ああ…やだな俺…

 すごくビックリし過ぎて…上手く…上手く喋れないなんて…

 カッコ悪すぎるー!!


「あいつがカッコ良くいられるのは、おまえが支えてくれてるからだよ。」


「…そんな事…神がカッコいいのは、知花ちゃんのおかげで…」


「ま、それは当然だけどな。でも、陰の功労者はおまえだ。千里にとって、おまえはヒーローでしかない。」


「……」


 あ…あー…

 やだな。

 高原さん。

 なんだって…ライヴ前に、こんな話…


「……今日は、楽しみにしてる。」


 高原さんは、そう言って…俺の肩に手をかけて、会長室を出て行った。

 俺はー…恥ずかしいほど、涙が出ちゃってて…

 そばにあったティシュボックスを抱えて…


「あ゛ー………何だよー……もー……」


 何度も鼻をかんで…



 …別に…支えてたわけじゃない。

 確かに、死んだ親父から…神のヒーローになるために、守れって言われてたけど…

 俺、ただ単に神の事好きで…一緒にいたくて…

 だってさ、ほんっと…神って優しくてカッコ良くて、自慢の友達なんだよ。

 だから、それだけの理由で一緒にいただけなんだ。


 ヒーローは…いつだって、神の方だ。

 F'sに誘ってくれて、俺をここまで引っ張り上げてくれた。


 神が困ってたら…俺、何だってするよ。



「……よしっ。」


 何回も鼻をかんだせいで赤くなったかもだけど。

 俺は勢いよく立ち上がって…


『今日、絶対見に来て。俺、瞳にカッコいいとこ見せたいから』


 瞳にそうLINEすると…


 瞳『ではのちほど(スタンプ)』


「……」


 これ、神が使ってるスタンプじゃんかー!!



 〇神 千里


「とーしゃん。」


「あ?」


「かじゅき、いちゅ、にかいになえゆ?」


「…ふっ。咲華に何か言われたのか?」


「いちゅなえゆ?」


「んー…華月の誕生日が、あと二回来たら二階になれるかな。」


「きーちゃんも?」


「そう。聖も。」


「はやく、ジングウベユ、こないかなあ。」


「そんなに早く大きくならなくていい。」


「かじゅき、はやく、おっきくないたいよー。」


「どうして。」


「とーしゃんと、かーしゃんに、ぱんぱかぱーん、してあえゆの。」


「…ぱんぱかぱーん?」


「おーじしゃまと、おひめしゃまの、ぱんぱかぱーんよ。」


「…結婚式か。」


「だって、ぱんぱかぱーんのしゃしん、かじゅきときーちゃん、いないもん。」


「まだ産まれてなかったからな。」


「おにーちゃんと、おねーちゃん、いいなあ、きーちゃんもゆってたから、かじゅきおっきくなって、またとーしゃんとかーしゃんの、ぱんぱかぱーんしゅゆの。」


「…それは楽しみだ。」


「とーしゃん、じゅっと、おーじしゃまみたいでいてね。」


「……頑張らないといけねーな…」



 パチッ。



 目を開けると、真っ暗……ああ、アイマスクしてた…


「……」


 アイマスクとヘッドフォンを取って、ルームを見渡す…が。


「…誰もいねー…」


 時計を見ると、本番まであと三時間…


 しまった。

 少し寝るつもりが…寝過ぎたな。


 立ち上がって大きく伸びをする。

 ついでに大あくびをして…伸ばした手を降ろしかけた所で、テーブルの上に書置きを見付けた。



「…先にホール行ってるよ。二時間前になっても来なかったら電話するからねー。」


 声に出して読んで、アズの字じゃねーな。と首をすくめる。

 アズが言った事を、京介が書いたな。



 F'sを結成して26年。

 俺の我儘で作ったようなバンドなのに…ここまで一緒に続けてくれてるアズと京介には本当、感謝しかない。


 世界のDeep Redから朝霧さんとナオトさん、ビートランド一のベーシスト、臼井さんにも参加してもらって…

 夢みたいなバンドだったな…。


 ツアーがキツイって事で、朝霧さんとナオトさんが半脱退。

 レコーディングには参加してくれるが、近年はその曲も少なくなってきた。

 臼井さんは…去年、『やり遂げた』って完全脱退されて。

 代わりに映が加入した。


 …熟練した低音から、弾けるような低音になった。

 それは刺激にもなったが、臼井さんの抜けた穴はやはり大きいと思わされた。

 だが、それをカバーしてくれたのは、京介とアズと映…三人のコーラスワークだ。


 元々京介は、ほぼバックボーカルと言っていいほどのパートを持つ。

 あれだけ激しいドラムを叩きながら、俺と同等に歌う曲もある。

 以前はコーラスに参加しなかったアズも、映の加入でそのパートに入るようになった。

 コーラスが多いと…曲の幅が広がる。

 今回は…俺の我儘で新曲が6曲もある。

 …みんな、よく仕上げてくれたもんだ…



 知花と別居して、離れて気付いた事。

 離れて知った事。

 離れて得たもの。

 たかだか一ヶ月だが…自分の過去も含めて、振り返る事が出来た。


 …失くした記憶。

 本当は気になる所だが…

 それよりも、明日の天気を気にする自分になりたいと思った。


 過去より…未来だ。



 知花は、春にはメディアに出る。

 それまでに…




 〇桐生院知花


「……」


 あたしは、スマホを眺めた。



 今日はF'sのライヴ。

 千里…ちゃんと起きてミーティング行ったかな…

 喉の調子どうかな…


 本当は連絡したいけど、アネモネの写真を送って以来、リアクションがなくて。

 …あたしから連絡しにくいな…なんて…


 分かってる。

 本番前だから…千里は集中してるだけ。

 そう…

 本番前だから…


 ########


「はっ…」


 手の中でスマホが震えて、あたしは目を見開いてそれを見る。

 ディスプレイには…千里からのLINE…

 相変わらず『千里 スタンプを送信しました』の文字。


 ドキドキしながら開くと…


 千里『マジすか!(スタンプ)』


「…………」


 な…なんで?

 紫のアネモネ…もしかして…分かりにくかったのかな…

 よく考えたら、千里…

 きっと、花ってそんなに詳しくないよね…

 今まで千里が送って来てくれてたから…つい…あたしも送ってしまったけど…


 あたしが少し冷や汗を流しながら『マジすか!』を眺めてると…


 ########


 次のスタンプが…来た。


 千里『本気かよ!(スタンプ)』


「…………」


 ど…どうして?

 て言うか…千里…

 本番前で、ちょっと精神的に…?


 瞬きをたくさんしながら、あたしが悩んでると…


 ########


 …次が来た。


 千里『考え直したほうがいいと思う。(スタンプ)』


「…………」


 …え?

 あなたを信じて待っています…を?

 考え直した方がいい…って…思ってるの?


 #########


 千里『嘘ですよ(スタンプ)』


「………もうっ!!」


 あたしは反撃に出た。


『仕事しろ!!(スタンプ)』


 千里『キター!!(スタンプ)』


「……」


『ヒマなの?(スタンプ)』


 千里『いま起きました(スタンプ)』


「えっ。」


 今…起きたって…

 本番まで、あと三時間!?


『ヒエッ(スタンプ)』


 千里『頑張ります(スタンプ)』


「………」


 千里の…送って来るスタンプを、いちいちかみしめるように見てしまう。

 全部猫なんだけど。

 その猫が…まるで、二人で飼ってる猫みたいに思えちゃって…


『応援してます(スタンプ)』


 …本当に。

 今日のライヴも…これからも…。

 あたしは、千里を応援するだけ。



 千里『ではのちほど(スタンプ)』


 これで終わりかなと思って、返信をどうしようってスタンプを眺めてると…


 千里『すきー♡(スタンプ)』


「…………やだ…バカ。」


 あたしが手元で選びかけてたのと…一緒。

 勢いで送っちゃおうかなって思ったけど、いい歳して…なんて思い留まってしまってた。

 …こんなやり取りしてる時点で、いい歳なんて…関係ないのにね…


『おや、初耳ですよ(スタンプ)』


 千里『にゃんですと!!!(スタンプ)』


『ではのちほど(スタンプ)』


 千里『まってるにゃ~(スタンプ)』


「…………」


 あたしは、バッグを持って立ち上がる。

 まだ…華音がいたはず。


「華音。」


 大部屋に行くと、華音はテレビの録画予約をしてて。


「あ?」


 あたしの呼びかけに、声だけ反応した。


「…F'sのライヴ、連れてって。」


「……」


 華音が、振り返る。


「ちゃんと…あそこで観たい…」


 バッグをギュッと握りしめて言うと。


「良かった。チケットが無駄にならなくて。」


 華音は『してやったり』みたいな顔で…あたしにチケットをヒラヒラとして見せた。

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