第5話 確かに…

 確かに…

 薫平がやろうとしてる事は、二階堂に対して少し…て言うか…

 まるで嫌味。って感じだよね。


 今でこそ、二階堂の者同士が結婚して子供が産まれて…その子供達が二階堂で働くって図式が出来てるけど。

 父さんも、薫平のお父さんも志麻のお父さんも。

 みんな孤児だった。

 みんな孤児で…小さな頃から二階堂の厳しい訓練を受けて来た。

 そうするのが当たり前…みたいな教育を受けて来た。



「……」


 あたしは自分のベッドに寝転がって、薫平と指切りした小指を眺めた。

 王国を作るための資金って、どうやって作ってるんだろ。

 まさか…悪い事なんてしてないよね…?

 銃の密売とか…

 薬の闇ルートの手引きとか…


 薫平は瞬平より出来が良かったから…

 もしかして、兵器を作ったりしてないかな…

 …いくら二階堂を辞めたからって…そんな事、して欲しくない。



 内緒とは言われたけど、誰かに話したくて仕方なかった。

 薫平が元気でいた事。

 おはじきって可愛い猫と二人暮らししてる事。

 何だか別世界にいるみたいな気分になった、居心地のいい家の事。

 初めて間近で見た…ビーズ細工の事。

 …あたしの事、『泉』って呼び捨てた事…。



「いや、駄目駄目。」


 内緒って約束したんだから。

 なしだよ。

 誰にも言わない。

 言えない。


 だって薫平…

 二階堂を辞めてからは、家族の誰とも連絡取ってないって言ってた。


「みんなの顔に泥塗ったからな…今更合わせる顔なんてないよ。」


 そう言った薫平は…少し寂しそうにも思えた。

 …瞬平だって…絶対寂しいんだよ。

 瞬平って、薫平の事大好きだったもんな…

 だから余計、薫平が辞めるって言った事…理解し合えなかった事…

 今も堪えてるんだと思う。


 …怒ってたもんな…

 何で辞めるんだ。って。

 何で出て行くんだ。って。



「泉ー。ちょっとー。」


 下から母さんの声が聞こえて。

 あたしはガバッと飛び起きると、けたたましく階段を駆け下りた。


「何っ!?」


 キッチンにいる母さんに駆け寄ると。


「もう…家の中を走らないで?」


 母さんは苦笑い。


「だって、急用かなって。」


「散歩から帰って、ずっと部屋にいたの?」


「…うん。」


 ああ…今少し引き攣った。

 意識し過ぎだよ!!あたし!!


「明日から、志麻と浩也さんがドイツに行くんだけど、泉どうする?」


「え?どうするとは?」


「暇で仕方ないなら、ついて行く?」


「……」


 そうだなー…


「うん。行く。」


 ドイツなら瞬平もいるし…

 …いや、待て。

 あたし、隠せる?

 薫平の事…


「え…えっと…やっぱやめとこうかな…」


「あら、なんで?」


「うー…うーん…兄ちゃん帰って来るんでしょ?」


「海が帰るのはまだ二週間以上先よ?」


 しまった。

 断る理由がない…!!

 暇そうにしてるのバレバレだし!!



 あたしは暇なんだけど…志麻は常に各国の仕事の情報を仕入れてるせいか、いつも忙しそうだ。

 なんであんなに仕事が好きかな。

 て言うか、咲華さんと早くどうにかくっつけっつーの。



「…じゃあ、行く。」


 仕事だもん。

 薫平の話題なんて出ないよ。

 うん。


「あ、それと…今暇?」


「え?うん。」


「これ、空の所に持って行ってくれる?」


 母さんはそう言って、紙袋を差し出した。




「来たよー。」


 マンションのエントランスで部屋番号を押して言うと。


『はーい。』


 姉ちゃんの声がして、自動ドアが開いた。


 ここは、わっちゃんのマンション。

 姉ちゃんは今ここで、娘の夕夏と二人暮らし。


 わっちゃんは四ヶ月前、アメリカに単身赴任した。

 てっきり着いて行くと思いきや…

 姉ちゃんは本部の仕事を手伝いたいからって、残った。

 わっちゃんも、姉ちゃんが現場じゃなくて本部でなら…って許したみたい。



「これ、母さんから。」


 あたしが預かった紙袋をドサリと置くと。


「おっき。」


 夕夏が興味津々に覗き込んで言った。


「あ~、夕夏。おいで~。」


 可愛い可愛い、あたしの姪っ子!!

 あたしは夕夏を抱っこして。


「夕夏、ママと二人で寂しくない?」


 頬を合わせて言ってみる。


「にゃい~。」


「あははっ。夕夏、にゃんこみたいだよ!!」


 夕夏があまりにも可愛くて、ぎゅーってしちゃう。

 ああ…いいなあ。

 あたし、意外と子供と動物に弱いみたい。

 こんな時は…素直に、姉ちゃんいいなあ…なんて思う。

 好きな人と結婚して…その人の子供産んで…

 たぶん、普通の女の理想だよね…?


 …普通の女…かー…



 明日からドイツ行くって言ったクセに…少し気も重くて。

 姉ちゃんとこにダラダラと長居して、ようやくマンションを出た時のは22時頃だった。

 勢いで歩いて来ちゃったけど、車で来れば良かったなー…なんて思いながら、カナールの前を通り過ぎ…


「……」


 あたしの足が止まった。

 カナールの隅っこに、志麻の姿が見えたから。


 明日からドイツだよね?

 って…あたしもだけど。


 志麻は自分に厳しいから…翌日から応援に出かけるとなると、準備に余念がない。

 だから…こんな時間に咲華さんと待ち合わせとは思えないなあ…

 だけど多少無理しないと会えない感じだから…そうなのかも?

 そうならいいなと思った。


 咲華さんとは…一度だけ、カナールで待ち合わせて話した事がある。

 あたしがまだ聖と付き合ってる時で…咲華さんが志麻と婚約を決めた頃だ。

 最初は咲華さんの意思確認をしたくて呼び出した。

 だって…うちは本当に危険を伴う家業。

 志麻と結婚するという事は…その危険も理解してなきゃいけない。


 意思確認なんて関係なかった。

 咲華さんは本気だったし…何より、すごく柔らかい心地いい雰囲気の人で。

 あたしも大好きになった。


 …あれ以来、用はないから会ってはないけど。

 婚約して長いし…焦ってないかな…。



 気にはなったものの、あたしはそのまま家に帰った。


 そして翌日早朝。

 浩也さんと志麻と共に、ドイツに発った。





「瞬平、志麻は?」


 現場が終わって、浩也さんが飲みに連れて行ってくれるって事で…

 瞬平と志麻を誘いに行くと、志麻がいなかった。


「今、電話中です。」


 瞬平はそう言うと、窓の外を指差した。

 そこには…ほんのり笑顔な志麻。


「…彼女に電話かな。」


「朝子のようです。」


「朝子に電話ぁ?全く…志麻も大したシスコンよね。」


「同感です。こっちに来て、彼女に連絡したのは一度も見た事ありませんが、朝子にはしょっちゅうですから。」


「…大丈夫なのかな、それ。」


「…さあ。」


 あ。

 あたしちょっと墓穴堀ったかな。

 確か瞬平…

 潜入捜査の時、咲華さんに…ちょっと恋してた風だよね。


 いつぞや、志麻と殴り合いなんてして…

 二階堂の男二人に取り合われるなんて、どんな女性だ、って。

 ちょっと噂になったっけ。


 まあ、二階堂の男が求める女ってさ…

 めっちゃ仕事が出来る女か…

 めっちゃ癒し系か…

 極端なぐらい、どっちかだよね。


 だけど確か…咲華さんて、二階堂が経営してる商社に、かなり優秀な成績で入ったんだっけ。

 出来る女で癒し系。

 …文句ないね。



「あ、浩也さんが飲みに行こうって。」


「私はまだ仕事があるので、遠慮させていただきます。」


「えー。」


「すみません。」


「…まあ、いいけどさ…」


 薫平の事、うっかり言ってもまずいし。


「…ねえ、瞬平。」


 あたしは机の上に並んだ、難しい記号の羅列を眺めて言う。


「はい。」


「瞬平は…ずっとこっちにいるの?」


「……」


「万里さんと紅さんと…一緒に暮らさないの?」


 そうは言っても…親子がみんな一緒に暮らしてるわけじゃない。

 だけど、薫平が出て行ってしまってから…こうさんは寂しそうだ。

 だから…余計な事を知っちゃったなって思う。

 薫平の近況、紅さんに話したくて仕方ない…!!



「…私は二階堂に尽力する事が、親孝行と思っていますので。」


 瞬平の口から出たとは思えない、クソ真面目な言葉に…

 つい、変な顔をしてしまった。


「…………ふっ…」


「笑ったね⁉︎」


「はっ…い…いえ、あの…お嬢さんが…あまりにも素敵な笑顔をされたので…」


「笑ってないしー!!」


「あっああっ…しっ失礼しました!!」


 ポカポカと瞬平を殴って。

 やり返して欲しいって思った。

 だけど瞬平は殴られっぱなしで。

 これが…薫平なら…


「何すんだよ!!」


 って…やり返してくれるのかな。


 なんて…思った。

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