第31話 「…来ちゃった…」

 〇咲華


「…来ちゃった…」


 結局…

 家族の誰もが仕事で家に居ない時に。

 あたしは、書き置きを残して家を出た。


『行って来ます。とりあえず、一ヶ月後に連絡入れます』


 それから、空港でキャンセル待ちをして。

 ラッキーな事に、三時間待ってキャンセルに有り付けた。


 そこから…

 機内では映画と睡眠と読書を満喫して。

 ニューヨークに到着して気付いたのは…


「…ホテルどうしよう。」


 なーーーーんにも、考えてなかった。

 でも、なるようになる。はず。

 とりあえず、あそこへ行こう。

 …カジノ。


 お目当てのカジノだけは、ちゃんと調べておいた。

 空港前からタクシーに乗って、カジノに直行。

 当然だけど、パチンコ屋とはわけが違う。


「す…ごーい…」


 その雰囲気に、あたしは目を丸くした。

 割とカジュアルなカジノではあるんだけど、とにかく…人が多い。

 一応受付らしき場所で荷物を預けられるか聞くと渋い顔をされたけど、チップを渡したら笑顔で預かってくれた。



 何も分からないまま、テーブルゲームをいくつかやってみた。

 よく分からないなりに…何だか楽しくて。

 そして、なぜかあたしの周りには人だかりが出来て。

 気が付いたら応援されてるみたいで。

 あたしの予想が当たるたびに、大歓声が響いて。

 あれよあれよと言う間に…あたしの前に積み重ねられたチップ。


 あたし、もしかして…賭け事の才能が?


 なーんて、ちょっと思い始めた途端…

 …飽きてしまった。



「えっ、やめちゃうの?」


 キリのいい所でやめる事にしたら、周りからは驚きの声と拍手が沸き上がった。

 …よく分かんないけど、とりあえず笑顔でペコペコとお辞儀をした。


「ねえ、あなた日本人?」


 そばにいた女の人に声をかけられた。


「はい。」


「一人でここに来たの?」


「ええ。」


「飲みに行かない?」


「……」


 見ず知らずの女性に飲みに誘われた。

 うーん…これって…

 あたし、襲われたり騙されたりしちゃうのかな?

 本当はもっと警戒しなきゃいけないんだろうけど…

 もう…どうにでもなれって感じでこっちに来たあたしは。


「行きましょう。」


 笑顔で、そう答えた。




 あたしを飲みに誘ったペギーという女性には、トムという友達がいた。

 そして、そのトムにはボブという友達がいて…

 ボブには、サミーっていう友達が…

 そんなこんなで、カジノを出る時には八人になってて。


「飲むぞー!!」


 あたし達は、一丸となって歩き始めた。


「女の子の一人旅なんて危険じゃないのか?」


「ボブ、この子こう見えて28らしいわよ。」


「えっ!!あ…あ、失礼…」


「日本人は若く見えるからなあ。」


 そんな会話をしながら、辿り着いたのはバラのドライフラワーが看板に飾ってある『Lizzy』というお店だった。

 飲み屋というより…カフェなイメージ。

 そう思いながら、あたしはみんなについて店内へ。


「荷物はここに置くといいよ。」


「あ、どうも…」


「暑くない?飲み物何にする?」


「暑くはないです…えーと…ビールで。」


「じゃ、みんなもビールにしよう。」


 …これって…

 あたしがみんなに奢るのかな?

 何となく、そんな気がしてきたけど…

 今夜あたしは…大金持ちになってしまった。

 だから、何てことないんだけど…


 ま、深く考えまい。



「かんぱーい。」


 みんなで乾杯して、ビールを喉に流し込む。

 あー…美味しい!!


「ところで、一人で旅行って何?訳あり?」


 ペギーにズバリ聞かれたあたしは。


「ええ。傷心旅行。」


 正直に答えた。


「傷心って…失恋?」


「そうなの。婚約してたんだけど…結婚出来なかった。」


 ポップコーンをガシッと掴んで口に放り込む。


 ああ…

 ホテル探さなきゃいけないのに…

 お酒が楽し過ぎる…


「それは、新しい恋をするに限るわ!!」


「ふふっ。でも、あたし…男運ないみたいだから。」


 あたしがペギーとそんな会話をしてると…


「そんな事ないわよ。」


 ふいに…声を掛けられた。


「あ!!マリア様!!」


 マリア様?


 その『マリア様』の登場で、店内の空気が少し変わった。

 周りの人は『昨日言われた通りに…』とか『マリア様のおかげで…』なんて言ってるけど。

 あたしは自分の周りの人だかりが減った事に少し感謝して。


「もう一杯。」


 ビールのおかわりをオーダーした。



「ねえ、どうしてこの街に来たの?」


 ペギーがあたしの顔を覗き込む。


「んー…この街には…あたしの祖父母の思い出があって。」


「まあ、素敵ね。」


「ありがとう。」


 再びペギーと乾杯した。



 …しーくんと別れて一ヶ月。

 全然涙も出ないクセに…何か忘れ物をしたような気持ちは残ってる。

 少しの間…ずっとモヤモヤしてたから…

 それが無くなった分、忘れ物をしたような気持ちになるのかな。


 好きな人を疑うなんて…本当、気持ち悪い。

 しーくんと朝子ちゃんの間に、兄妹以上の物なんてないよ。って言い聞かせる自分と。

 朝子ちゃんにはなくても、しーくんにはあるはず。って疑い続ける自分。


 …辛かった。



「あなたを振った彼はどんな男だったの?」


「……」


 ペギー。

 なかなか、塩を擦り込んでくれるじゃない。

 少し唇を尖らせたけど、彼を知らない人だし…

 ここの人達は、誰もあたしを知らない。

 それは…とてもあたしの気を大きくさせた。


「…カッコ良くて、優しくて、仕事が大好きで…」


「申し分ないじゃない。」


「って思うでしょ?ところが、婚約したにも関わらず、二年以上ほったらかされてたの。」


「えっ!?それは酷いわ!?」


「騙されてたって事か?」


 突然、ペギーの後ろからトムが身を乗り出した。


「…騙されたわけじゃないけど、いいように避けられてた気はしなくもない。」


 誰かがナッツのお皿を目の前に置いてくれた。

 ありがとー!!


「失恋には新しい恋に限るわよ。」


「さっきも聞いたー。」


「でも本当にそうよね?ボブだって、彼女と別れてすぐ、ここでサーシャに出会ったし。」


「そうだよ。マリア様のお告げを聞いてみたらいいんじゃないか?」


 みんながわちゃわちゃと何か話してるのを。

 あたしは…久しぶりに楽しく酔っ払いながら聞いていた。

 ああ…もう今日は、この人達にお金を騙し取られてもいいよ。ぐらいの気持ちになってた。


「ふふっ。ふふ…」


「あ、もうすごく酔っ払ってる?大丈夫?」


「だいじょーぶー!!あたしもお告げ聞きたーい!!」


 もう、頭の中がぶっ飛んで来た!!

 楽しーい!!


「もうすぐ日本人が来るわ。」


「えっ?この子以外に?」


「ええ。その人とこの子をくっつけましょ。」


「マリア様のおかげで、もしかしたらあたし、20組めのキューピッドになれるかも…目標まであと少し!!」


「ペギー、22組のキューピッドになったら、何か始まるんだったっけか?」


「そうなのよ。よし…絶対この子と次に来る日本人、くっつけてみせるわ!!みんなも協力して!!」


 何だか分かんないけど…

 お店の中、妙に盛り上がってる。

 あたしは、少し…酔い過ぎたけど…楽しくて…

 お店の入り口に目をやると…


「あっ!!もしかして二階堂海さーん!?」


 知った顔、はっけーん‼︎

 華音がしばらく待ち受けにしてた写真の中にいた人ー‼︎


「あら、知り合いなの?」


「知ってる人ー!!」


「こんな所で知り合いに会うなんて…運命よ!?」


 そんな事を言って、ペギーと抱き合った。


「え…えーと…君は…桐生院咲華さん…?」


「当たりー!!わー嬉しいー!!こんな所で知った人に会えるなんてー!!」


 あたしは、海さんに抱きついて。

 ギューッとハグして。


「楽しーい!!」


 少し…はしゃぎ過ぎて…




 からの…




 〇二階堂 泉


「志麻は…今も咲華さんを想ってます。」


 あたしがそう言っても…咲華さんは表情を変えなかった。



 志麻とのドイツの現場を終えて、一旦帰国した。


 ドイツでは…

 志麻と…ぶっちゃけ、傷の舐めあいみたいな事もした。

 でも、痛いほど分かったのは…

 志麻が今も咲華さんを好きだって事。



 帰国してからの志麻は、ずっとハードにしてた。

 とにかく…空いた時間を作らない。

 そんな感じだった。


 昼間本部にいたかと思うと、夜は埠頭。

 そして週末はドイツ、からのイタリア。

 そんなスケジュールを繰り返して…

 志麻は、見た目も…随分変わった。


 あれだけきちんとしてたのに。

 髪の毛もボサボサだし、無精ヒゲもあるし、埠頭の警備には適してる(暴力団とのアレコレが勃発するから)って言われそうだけど…

 ほんっと、まるでチンピラ。



 別れて二ヶ月ぐらいのはず。

 咲華さんは、こんなに幸せそうなのに…

 志麻の落ちぶれた姿…

 惨め過ぎる。



「…あたしの同期の女の子がね?」


 ふいに、咲華さんが話し始めた。


「合コンで知り合ったサーファーと、結婚するって寿退社したの。」


「…それが?」


「出会って三ヶ月で、結婚を決めたの。すごいと思わない?」


「……」


 それはー…

 志麻が婚約から二年以上経っても結婚に踏み切らなかった事に対しての…嫌味?


「きっと…あたしには、彼を動かすほどの魅力がなかったんだろうなって思った。」


「……」


 咲華さんは、あたしの視界の隅っこで忙しなく手を動かしてる『リズ』を抱えると。


「仕事に誇りを持ってる彼が大好きだった。いつまでも待てるつもりでもいた。でも…いつの間にか、彼の気持ちに寄り添えなくなってた。」


 口元は笑ってるんだけど…少し寂しそうな表情で言った。


「…海さんとは…酔っ払って結婚して、リズちゃんを引き取るっていう…ほんと、有り得ない事から始まってしまったけど…」


「……」


「すごく…自然に…惹かれ合ったって言うか…」


「…兄のどこが好きなんですか?何がキッカケで、そこまで惹かれたんですか?」


 こんなの、愚問でしかないって分かってる。

 だって、二人はもう…愛し合っちゃってるんだもんね。

 だけど聞きたくなった。

 今後、志麻と会ってしまうだろう相手と…恋を始めてしまった理由。


 苦しまないはずはないのに…



「のろけになっちゃうと思うけど…いいの?」


 そう聞かれて、あたしは少し変な顔をしてしまった。

 だけど…


「…どうぞ。」


 そう答えた。


「…海さん、すごく優しい。」


「それは、あたしも知ってます。」


 何となく負けたくない気持ちが湧いて、咄嗟に言ってしまった。

 あ〜…もう。

 あたし、ガキだな…

 だけど咲華さんは小さく笑って頷いただけだった。


「相手の気持ちになって考えてくれる所、尊敬できるなあって。」


「……」


「だけど…孤独を感じさせる人でもあって。」


 それを聞いた時…

 あたしの中で、何かが少し動いた。


 この人…

 兄貴の事、ちゃんと解ってる…って。


「あたしも人の事言えないけど…不器用な部分も持ち合わせてる人だな…って思ったら…」


「……」


「…守ってあげたくなったの。」


「……はっ?」


 守ってあげたくなった?

 兄貴を?


 ちょっとちょっと…咲華さん。

 知ってる?

 兄貴って、二階堂のトップなんだよ?

 その兄貴を、守る気でいんの?



「だから、出来るだけ…美味しい料理作って帰りを待って…リズちゃんと二人で、とびきりの笑顔で出迎えてあげて…」


「……」


「気持ちのいいシーツで眠ってもらいたいし、何より…海さんに幸せだって感じてもらいたい。」


 あたしは…初めて『リズ』を直視した。

 咲華さんの腕の中で、手を叩いたり…咲華さんの頬を指差したりして笑ってる。


「…泉ちゃん…?」


 咲華さんが不思議そうな顔をして、あたしを見た。

 それで初めて…あたしは自分が泣いてる事に気付いた。


 …なんだろ。

 志麻には…悪いって思うけど…

 紅美と別れて、朝子とも婚約解消して…

 女運ないよねーって、あたしと姉ちゃんに笑われてた兄貴がさ…


 こんなに…

 大事にされてるって…

 しかも、すごく理解されてて…

 …そりゃあ、兄貴…

 志麻の事で色々言われるかもしれないって分かっていながらでも…

 幸せになりたいって。

 …思っちゃうよね…。



「…分かりました。」


 あたしは手の甲で涙を拭うと。


「突然来て、すみません。」


 立ち上がって、頭を下げた。


「え?もう帰るの?」


「…両親と食事の約束があるので。」


「あ…そっか。じゃあ…」


 咲華さんもリズを抱えたまま立ち上がろうとした瞬間…


「ただいま。」


 ドアが開いて、その方向を見ると…兄貴がいた。


「あ…おかえりなさい…え?」


 その兄貴の後に…父さんと母さん…


「あら、泉。どうしたの?」


「…母さん達こそ…」


「海に招待されたから。」


「…あたしは誘ってくんないの?」


 兄貴にムッとしながら問いかけると。


「泉が来てるって沙都から連絡もらったから、じゃあと思ってさ。」


 兄貴は笑いながら両親を振り返った。


「…姉ちゃんとわっちゃんは?」


「後から来るよ。」


「じゃあ急いで夕飯の支度しなきゃ。」


 咲華さんが張り切った様子で言うと。


「手伝うよ。」


 兄貴が…咲華さんの腰に手を回して、髪の毛にキスをした。


「……」


 無言でそれを見てるあたし達と。


「ありがと。」


「あ、親父。リズをよろしく。」


 とても自然な…咲華さんと兄貴。


「あ、ああ。」


 兄貴からリズを手渡された父さんは。


「…ふっ…」


 何だか意味ありげに笑って…


「リズ、泉おばちゃんに抱っこしてもらうか?」


 そう言って、リズをあたしに差し出した。


「…何よー。あたしに子守は無理って思ってんのー?」


 父さんから、リズを受け取る。


 …空色の大きな目。

 クルクルの金髪。


 …ちきしょー…

 可愛いじゃん!!


「あははっ。何よあんた。なんであたしの顔見て笑ってんのよ。」


 あたしに抱っこされて、ケラケラと笑うリズにそう言うと。


「泉の顔は面白いらしいな。」


「もう!!父さん!!」


「あー。」


「そうだって言ってる。」


「兄貴まで!!」


 それから…沙都と沙都のマネージャーが帰って来て。


「お邪魔しまーす。」


 姉ちゃんとわっちゃんと夕夏も来て。


「海、咲華ちゃん、あらためて…結婚おめでとう。」


 父さんの音頭で…みんなで乾杯した。


 姉ちゃんはまだ少し…どこか腑に落ちない顔してたけど。

 あたしは…

 …笑えたし…祝えた。


 いつか…時間がかかっても。

 志麻にも…

 兄貴と咲華さんとリズを…

 祝福できる日が来るといいな…


 そして…

 志麻にも、こんな幸せが…


 訪れるといいな。って。



 あたしは…心から、そう思った。

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