第16話 六曲目は知花が苦手としてるバラードで…

 〇桐生院さくら


 六曲目は知花が苦手としてるバラードで…

 あたしと瞳ちゃんは休憩。

 一旦ステージ袖に引っ込んだ。



「もー!!瞳!!」


 汗を拭いてると、瞳ちゃんの旦那さんが走って来て。


「ビックリしたじゃんかー!!」


 瞳ちゃんを抱きしめた。


「も…もうっ、まだステージあるんだから、後にしてよ。」


 瞳ちゃんが眉間にしわを寄せると。


「だって!!本当ビックリしたんだよ!?ずっと練習行ってたんだ!?」


 旦那さん…すごくキラキラした目で瞳ちゃんに問いかけてる。


 …大好きなんだなあ…瞳ちゃんの事。


「それより静かにして。知花ちゃんの歌聴きたいから。」


「あっ…うん…じゃ、また後でゆっくり聞かせてよ?」


「はいはい。」


「絶対だよ?」


「わーかーったー。」


 ふふっ。

 二人のやりとりが面白くて、つい笑ってしまう。

 可愛い夫婦だなあ。



「…知花ちゃん、別人ね。」


 ステージを観ながら瞳ちゃんが言った。

 そこでは、知花が苦手なMCをしてる。


「…うん。すごい…」


 今日の知花は…陸さんちのスタジオで聴いたのよりももっと…ずっと…

 艶やかで、時々儚げにかすれる声は…なっちゃんにどことなく似て思えた。

 迫力のある歌声はもちろん、ハイトーンになると以前より伸びのある声は客席を圧倒したし…

 あたしをゾクゾクさせた。



「……」


 なっちゃんが会長室に入ったのは分かった。

 左の耳には、なっちゃんの部屋に仕掛けた盗聴器のイヤホン。

 椅子に座って…きっとモニターを見てる。


 さっき…引き出しを開けて瓶を取り出した。

 それを取り出したって事は…

 …あんなに熱いステージをやり遂げたのに。

 気持ちは変わらないの?


 あたしは少し泣きたい気分になってた。


 こんなに…音楽を好きなみんなが集まって。

 なっちゃんの誕生日を祝って。

 …なのに…何考えてんの!?



「…あれ?」


 瞳ちゃんがドリンクを一口飲んで…首を傾げる。


「何?」


「歌詞、違わない?」


「え?」


 そう言われて…バラードの歌詞を聴くと…


「ほんとだ…書き換えたのかな。」


 このバラードは新曲で、里中君に何回もダメ出しされてたけど…

 最後には、ちゃんと最高の仕上がりになってたと思う。

 なのに…わざわざ歌詞書き換えるなんて…


「…これ…」


 瞳ちゃんが、つぶやいた。


「父さんと…さくらさんに歌ってるのかな…知花ちゃん。」


「……」


 昨日まで…こんな歌詞じゃなかった。



 目を細めないで

 失くしたものは探さなくていい

 だってあなたは最初から

 何も失くしてなんかないから



 …そうだよ…なっちゃん。

 あたし達、何も…何も失くしてなんかないんだよ…

 今から、まだまだ…増やしていけるんだよ…



 あなたがくれた溢れんばかりの愛が

 あたしをずっと守ってくれた

 そばにいる 嵐が来ても

 離れない 何があっても


 今度はあたしが あなたを守るから

 この溢れんばかりの愛で

 あたしなりの愛し方で



 あたしなりの愛し方……うん。

 あたし、もう…何があっても離れない。

 なっちゃんから…離れない…。



「……」


 気が付くと、瞳ちゃんがあたしの頬をそっとタオルで拭いてくれてた。


「あ…」


 あたし…泣いちゃってたんだ…


「…いい歌詞。父さん…聴いてるかな…」


 瞳ちゃんの手が、あたしの肩を抱きしめる。


「…さくらさん…最後まで頑張ろうね…」


 耳元で聞こえた瞳ちゃんの声は…



 周子さんの声に思えた…。





 〇高原夏希


「……」


 …命を終える前に、こんな気持ちになるとは思わなかった。


 SHE'S-HE'Sが…俺の知らないバンドのようになっていて、それは…

 …それは、もう…俺には何もしてやる事はないという安心感も…くれた。



「…いい歌だ…」


 知花のバラードに…涙が出た。

 過去何度聴いても…知花のバラードに泣かされる事はなかったが…

 ここに来て初めて、成長した知花の…心からの…魂の歌を聴けた気がする。


 あと三曲…

 ちょうどいいぐらいかもしれない。



 俺は瓶を開けると、中から錠剤を取り出して手の平に乗せて。

 それを一気に口の中に入れて…水で流し込んだ。


 今日のイベント、閉幕の挨拶はマノンだ。

 俺がそこにいなくても…誰も気にはしない。



 椅子にもたれかかって…そのまま目を閉じて…耳で知花の声を、瞳の声を…さくらの声を拾った。



 今日は…本当に満足な一日だった…

 DANGERにDEEBEE…

 若いバンドがこれからのビートランドを盛り上げてくれるはず。


 そして、F's…

 千里…最高のステージだった。

 あいつもまだまだ…伸びしろがあるようだ。


 Deep Red…俺のバンド…

 音楽屋でナオトのピアノを聴いた事から始まった…俺達。

 あの倉庫での練習。

 今思えば下手くそだったはずなのに。

 俺には雷に打たれたほどの衝撃だった。

 ナオトとゼブラとミツグ。

 俺に仲間が出来た。


 それから…マノン。

 一目見た時から、マノンのギターで歌いたくて仕方がなかった。

 おまえのギターで歌いたい。なんて…

 そんな我儘で、ここまで付き合わせた。


 …最高の仲間だ。



 SHE'S-HE'Sのステージを聴きながら…逝けるなんて。

 贅沢だ。



 喉の異常に気付いたのは…いつだっただろう。

 勝手に加齢による物だと思っていた。

 実際体力も食欲も昔と同じわけにはいかない。

 どんなに鍛えても、だ。


 貴司の入院中、ついでだと思って病院で喉のケアをしてもらった。

 少し風邪気味だから…と、風邪薬を処方してもらった。

 その時は、まさか…自分がガンに冒されるとは思っていなかった。

 医者が検査を進めてくれた時に…しておけば良かった。

 と、普通なら思うのかもしれない。


 だが不思議と俺は…それを思わなかった。

 むしろ、来る時が来た。と…。

 もう…いいだろう…と。

 貴司と母親の気持ちが、痛いほど分かった。



 もしかすると、俺は…

 誰かの秘密や罪を抱えて生きる事から、逃れたいと思い続けていたのかもしれない…。




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