48 白日のもとに2

 その告白は理解するのに時間を要した。

 まったく予想外の言葉に、サータは思考することを放棄してしまいたかった。

 しかしワールドが居ないこの場で彼女リリーに応じられるのはサータのみであり、それを問い質すことが出来るのもまた彼女サータのみであった。


「聖女じゃ、ない……?」

「はい……私は、それを、演じていた、だけ……」

 嗚咽とともに言葉もとぎれとぎれ、何度も顔をこすりながらやっとのことでリリーはそれを口に出す。


「私には、どうしてこうなったのかはわかりませんが、ウェンディが何をしたのかはわかります……」

 ようやく落ち着きを取り戻し、呼吸を整えてリリーが言う。

「り……んご……」

「お、お姉さま!?」

 弱々しい声で呟くグラの声に大きく反応する。


「あの、りんごね……ようやく、わかったわ……」

「お姉さま! 無理に喋ってはいけません!」

「大丈夫よ……。少しだけ楽になったから……。ていうか、アンタたち、騒ぎすぎ……ちょっと久々に、そう、数年ぶりくらいに、陽の光を浴びたから、これは立ちくらみみたいなものよ……時間が経てば治るのに……」

 グラの言葉に少しだけ胸をなでおろす。

 それがたとえ気休めだとしても、先ほどまでよりは明らかに回復している様子に安心する。


「りんご、とおっしゃいましたが……」

「私が説明します」

 リリーの声に耳を傾ける。


「この村で治療を行っていたのは聖女ではなく『黄金のりんご』でした。治療の対象者にりんごを食べさせることで、まるで聖女の力によって治癒されていたかのように思わせていたんです」

「ええっ、じゃあこの宿屋で毎日アップルパイが出されるのは」

「毎日アップルパイを出すことで、怪しまれないようにするためです。味は普通のりんごと同じですから、まず気付きません」

「ああ……そうね、確かに、普通のりんごの味だったわね……」

「お姉さまはその『黄金のりんご』を食べたということですか!」

「やっぱり……」

 視線を下げ、リリーは表情を曇らせる。

「あの実がなるのは数日から一月にかけて一つくらい。それも毎日ウェンディが収穫に行ってたまたま見つかるという貴重なものです。だから旅人を引き止め、黄金の実が出来るまで待って、そして聖女の力によって病気が治ったように見せかけるんです」

「あえてすぐに治療しないのは、聖女のためではなくて実がなるまでの時間稼ぎということなのですね……」


「ウェンディが……昨日の夜、光り輝くりんごをくれたのよ。それで、元気が出るって。つまり、それでアタシの病気が治ったはずってことだったのね……」

 さらに楽になったのか、先ほどよりも言葉に詰まらず喋りだし、声も少しだけ明るくなった。

 しかし体は動けないのか、まったく起き上がる様子はない。

「そんなこと、昨日は全然おっしゃらなかったではありませんか!」

「ウェンディちゃんと約束したから……ああ、駄目ね、秘密って言ってたのに……」

「グラさんは悪くありません。それは、いずれ私が明かしていたことですから……」

 二人のやり取りを無言のまま見つめる。

 何を言えば良いのか、彼女にはわからないのだ。


「……」

 しばらく沈黙が続く。

 グラが手や頭をピクリと動かすたび、二人がそれに注視する。

 最初は気のせいと思っていたが、次第に視線に気づき顔を上げる。

「あの……アタシはもういいから。ねえ、サータ。ウェンディちゃんにも大丈夫だって伝えてくれないかしら。もし、心配させてたら悪いから」

「は、はいなのです」

 少しだけいつもの調子を取り戻していた。


 サータが部屋を出ると、すぐ目の前にウェンディが立っていた。

 その背後にはワールドが。

「……どうなった」

 彼の声はいつも通り。

 冷静さを保ち、落ち着き払っている。

 サータは少しだけ表情を緩め、二人を部屋の中に導く。


「…………。おねーさん……」

 悲痛な面持ちでグラを見る。

 グラは顔をそちらに向け、ウェンディに気付くとやさしく微笑んでみせる。

「アタシは大丈夫だから。ま、一晩経てば元通りよ」

 強がってみせたが、握りこぶしを作ろうと持ち上げた腕は少ししか上がらず、力もまるで入らない。

 近寄って同じように何度も謝りながら泣き出すことが、彼女にとっての償いだった。


「ウェンディ……ごめん……全部、話しちゃった……」

「リリー……」

 彼女に反応して視線を動かす。

 リリーの肩に手を当て、背後からサータが優しく諭す。

「ウェンディちゃんもリリーちゃんも悪くないのです。ずっと秘密を我慢するのは辛いのです。よく頑張りした。偉いのです、よしよし」

「う……うわわわーーーん!!」

「うわわぁぁぁんん!!」

 二人の少女は互いに抱き合い、大きく泣いた。

 糸が解けたように、堰を切ったように、そのすべてを吐き出すかのように。

 それは儚く美しく、ただ二人の少女が人間としての在り様を物語っているような、そんな風に見えた。


「何があった?」

 サータに耳打ちする。

「……ええっと、何から話せば。実はですね――」

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