第32話 飛鳥奪還作戦

 泣き続ける雛子だったが、香織は彼女の肩を抱いたままだった。そして時折ハンカチで涙をぬぐってやる。彼女はまだ中学生だ。それなのに何人も死んでしまった現場を目撃した。正気を保てと言う方が無理だろう。

 しかし彼女は泣き止んだ。そして自分でティッシュペーパーを取り出し鼻をかむ。そして香織に一言「ごめんなさい」と言って笑顔を見せた。


「もう大丈夫?」

「おもいっきり泣いちゃったんですっきりしました。マナちゃんが頑張ってるんだから私だってしっかりしなくちゃね」


 香織はその一言に驚愕しつつも雛子の唇に人差し指を当てる。雛子は香織の指を掴んで頷いた。

 聡い子だ。マナが何故、視覚支援の機能を停止させたのかきちんと理解している。


「中性子抑制装置とかあればいいのにね」


 突然雛子が話し始めた。


「それは何?」


 驚いた香織は即聞き返した。まさか中学生が核兵器の起爆原理を知っているとは思えなかったからだ。


「うーんとね。こないだ見たアニメでね。核兵器を爆発させないフィールドを発生させる装置があったの。その名前が中性子抑制装置」


 アニメの話だった。それならば納得できる。しかし、中学生女子がそういう類のアニメを見るとは驚いてしまう。


「どんなアニメなの?」

「地球とね。木星を中心とした惑星連合が衝突して戦争になっちゃうんだ。その中でね。地球が沢山持っている核兵器を無効化できる装置を惑星連合側が発明しちゃったんだよ。それでね。最初有利だった地球が苦境に立たされるの」

「そうなの」

「うん。でもね。見どころはそこじゃないの。星空を見て宇宙に行きたいと願っている少女と、木星で地球に帰りたいと願っている少年が月で出会うんだ。そして恋に落ちる。でも一緒に住めないから物凄い長距離恋愛になるの。そんな時戦争が起こる」

「それは切ないね」

「そう。戦闘機とかね。ロボットとかね。いっぱい出てくるんだけど、彼らの純粋な恋愛を描いているストーリーなんだ。だから女の子にもたくさんファンがいるんだよ」

「どんなタイトルなの? 私もチェックしたいわ」

「星空のジュリエットです。放送されたのはまだ三話だけなんです。次回は……あっ! 今夜だと思う」

「あら、それは大変。でも、飛鳥の中で見れるんじゃないの?」

「問題はそこなんです。このままだと私はアニメを見られないんです。マナちゃんが復帰してくれないと困るんです」

「それは困ったわね」

「ええそうです。大迷惑です。見逃しちゃったらどうすればいいんですか?」

「再放送を待つか、動画配信で見るかね」

「再放送なんて待てませんよ。それに動画配信は有料です。私は中学生だからほんの少しの課金だってできないんです」


 プンスカと怒っている雛子だった。香織は彼女の事を大した女優だと思った。そう。現在、マナはその全ての機能を飛鳥奪還のために使用しているのだ。それをテロリストに悟られないために、必死で演技をしている。それも自然に。誰が見ても、お目当てのアニメが見られなくて不貞腐れている少女にしか見えない。


「それでは私が録画して差し上げましょう。この件が片付いてからゆっくりと御覧になって下さい」


 その申し出をしたのはリーベだった。


「え? 本当に? リーベさんありがとう。凄く楽しみにしてたの」

「ええ大丈夫ですよ。飛鳥が現状維持しているなら問題ありません」

「うーん。つまり、どこか壊れちゃったら無理って事よね」

「そうですね。でも、多少故障があっても電源喪失しなければ大丈夫ですよ」


 リーベはそう言って微笑んでいる。


「私となぞなぞ遊びをしませんか? 香織さんも一緒に参加されますよね」

「やるやる」

「ええ。いいわよ」


 やっぱりリーベは子守り用だ。そして今は雛子の相手になる事に集中している。香織がチャンスを作った。後は外にいる連中がこれを生かせるかどうかだ。


「では一問目。叩けば叩くほどお年寄りに喜ばれるものはなーんだ?」


 雛子はさっと手を上げて答えた。


「それは肩です。肩たたきは喜ばれます」

「はい正解。雛子ちゃんに1ポイント。香織さんは0ポイントです」

「早いもの勝ち?」

「勿論です。では二問目に行きます」


 何故かなぞなぞで雛子と香織の勝負が始まったその頃、飛鳥の下面では関係者が集合していた。


「飛鳥全システムの掌握完了しました。監視カメラは既に過去映像へと切り替わっています」

「実行犯の位置、核兵器の位置も全て掌握済み」

「操縦席のテロリストは身元が判明しました。元機動攻撃軍の精鋭ですね」

「操縦席の扉をロック。開けさせるな」

「了解」


 飛鳥は大型の主翼を備えたシャトル型の宇宙船だ。その下面には窓がなく完全な死角となっている。


 実行犯は6名。

 操縦席に1名。

 二階のレストランに2名。

 客室に3名、アンドロイドが2体とドローンが1機。アンドロイドの1体には戦術核が仕込まれている。

 これらの全てを10秒以内に制圧しなくてはいけない。


「機動攻撃軍大佐の斉藤だ。ビューティーファイブの協力に感謝する」

「ビューティーファイブ隊長の田中です。我々の仲間が船内におります。救出にぜひ協力させていただきたい」

「有難い申し出です。田中隊長。我々はこの宇宙港に人員の配置はしていたが小火器しか備えがなかった。この装備での飛鳥奪還は困難だったところだ。君たちの協力で作戦実行可能となったのです」


 機動攻撃軍の斉藤大佐と義一郎が握手を交わす。そして若い将校が一歩前に出て敬礼する。


「自分は機動攻撃軍少尉の城島であります。現場の指揮を取らせていただきます」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 義一郎と城島少尉が握手を交わす。


「問題はあの戦術核です」

「ええ」

「アロウ……アンドロイドの方ですね。そちらは掌握できたのですが、肝心の戦術核の起爆は手動で行うようになっています。操作して30秒後に爆発するシステムです。直接本体のレバーを操作するようになっています。もちろん誤作動しないように、複数のレバーを同時に動かす必要があるのですが一人で操作可能です」

「もしその操作をされた場合は30秒以内に外へ放り出す必要があると」

「そうですね。最低、30キロメートルは距離を取りたい」

「それに関しては我々にお任せください」


 そう言って自信をのぞかせる義一郎だった。


「羽里と黒子は配置に着け。作戦開始一分前」

「了解」

「わかりました~」


 核兵器を装備したテロリストに対し、ビューティーファイブと機動攻撃が共同で対処する。ビューティーファイブとしては、軍との共同作戦は初めてとなる。核を装備したテロリストからの救出作戦が今、始まろうとしていた。



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