第24話 氷の下の海へ


 虹色に光輝いていたブリッジ内の空間は唐突に暗くなった。


「ワープアウトしました。現在、土星の周回軌道上です」


 香織の報告に義一郎が頷く。香織は意外と早く出発できたことに安堵していた。隊長の義一郎がこの任務に対して消極的だったからだ。尻を蹴飛ばしてでも従わせると意気込んでいた香織であったがその必要はなかった。話が決まってからの義一郎の行動は迅速だったからだ。

 そして今、土星の衛星軌道上にいる。ララの長期メンテナンスを延期しての任務実行となった。


「羽里。エンケラドゥス付近の微細天体を検出しろ」

「了解。検出中です」


 羽里はレーダーを慎重に扱い微細天体を検出している。エンケラドゥスは土星の環の一番外側に当たるE環付近を公転している。E環を構成しているのはほとんどが氷であり細かい粒子が多い。しかし、中には数メートルの大きい塊もある。それに衝突するのは不味い。


「検出を終了しました。位置をマッピングします」

「ヨシ。回避コースヲ設定シタ。黒子、正確ニトレースシロ」


 羽里の報告と同時にララがコース設定をする。そしてそれに沿って黒子が操舵する。


「黒子。慎重に操作しろ」

「分かってます。防護シールド展開します」


 香織の指示に応える黒子。スーパーコメットは緑色の防護シールドに包まれた。これで微細な粒子であれば衝突を無効化できる。


「重力制動最大」

「重力子反応炉出力最大値を維持」


 黒子と羽里が同時に報告した。

 早すぎる速度。すなわち太陽系外へすっ飛んでしまう速度から土星の衛星軌道を周回できる速度まで減速する必要がある。そして最終的にはエンケラドゥスの上空に固定するのだ。

 障害物を避けつつ減速していくスーパーコメット。その眼前には輝く土星と輝く輪が広がっていた。そして輪の端に一際白く輝く衛星エンケラドゥスが確認された。

 白い氷で覆われた衛星エンケラドゥス。それは太陽系内では最も白く、そして最も反射率が高い天体であることが知られている。スーパーコメットは重力制御を利かせながらその白い衛星へと接近していく。そして、エンケラドゥスの周回軌道へと入っていく。

 段々と高度を下げていくスーパーコメット。最初は白い球だったのだが今はその大地の様子を肉眼で確認できる。

 白銀の大地はところどころにクレーターを抱き、そしていくつもの山脈がその大地より突き出ていた。また、険しい峡谷も確認できた。海洋の上を覆う氷床。その氷床が地球における地殻変動のような運動をしているのだろうか。それはむしろ、地球における地殻変動よりもダイナミックで激しいのではないか。単純な平面ではないその大地を見つめながら香織は考える。彼女はこの氷の大地においてもその活動の歴史があることに感慨の念を持った。


 氷に覆われた白い台地の上を飛んでいく。目指すは南極。それは、南極地域が最も氷が薄いとされているからだ。


「アースドラゴン発進準備。香織、知子、そしてララの三名は準備に入れ。スパーコメットは重力制御にて南極点上空に固定。黒子いいな」

「了解」

「羽里は引き続き微細天体を検出。本船、及びアースドラゴンに接近する場合は破壊しろ。プロトンガンの使用を許可する」

「了解」


 香織と知子、そしてララがブリッジから出ていく。


「ヘマスルナヨ」


 ララを見ていた義一郎がふと疑問を口にする。


「ララちゃんの毒舌は何処へ行ったのだろうか……」

「今日は物腰が柔らかすぎますね」


 義一郎の言葉に頷く羽里。しかし、黒子は首をかしげていた。


「ララちゃんいつもと変わらないよ」


 相変わらず鈍感な黒子に義一郎は苦笑していた。


 こちらはアースドラゴンの操縦席だ。艇長席に香織。その前方の操縦席に知子、知子の左側の副操縦席にララが座った。知子とララの操作でパネルが次々に点灯していく。そしてアースドラゴンの反応炉リアクターが起動した。


「リアクター起動しました。出力が安定するまで30秒」

「了解。安定化の確認次第スーパーコメットよりパージ」


 知子の報告に香織が指示を出す。


「リアクターの安定化確認。スーパーコメットよりパージします」

「了解」


 ガクンと機体が揺れる。スーパーコメットより分離したアースドラゴンは更に低空を飛行していく。


「ララ。氷床とその下面の海洋の状態をモニターせよ」

「ワカッタ」


 ララが機器を操作し情報がメインモニターへと表示されていく。


「事前ノ情報通リダ。コノ周辺ハ氷床ガ比較的薄イ。シカシ10メートル程アルゾ」

「了解。スーパーコメットどうぞ。プロトンガンにて氷床に竪穴を穿ってください。氷床のデータを送ります」


 香織が通信する。直ぐにスーパーコメットから返事が来た。羽里だった。


「データ受け取りました。出力25パーセントで三連射します」

「プロトンガン発射」

「発射」


 羽里の操作で緑色の光線が三度放たれる。そのビームは氷床に直径数メートルの穴をあけ、そこから大量の蒸気が吹き上がってきた。


「ララはパワードスーツ〝サムライ〟を着用。降下の準備に入れ。知子は竪穴の直上へとアースドラゴンを固定せよ」

「ワカッタ」

「了解」


 ララは副操縦席を離れて格納庫へと向かう。そしてアースドラゴンは激しく噴き上げる水蒸気の噴流の中へと入っていく。


「ララダ。降下準備ハ完了シタ。部分的ニ温泉トナッテイルヨウダナ。オロセ」


 水中用の耐圧仕様となっているパワードスーツサムライ。身長は二メートルほどで丸っこい形状をしている。背中には推進用のウォータージェットが装着されており、水中で自在に活動することができる。サムライはワイヤーに吊り下げられ蒸気の中を降下していく。激しく吹き上がる蒸気は収まる気配がない。


「ララ、大丈夫か?」

「問題ナイ。降下速度ヲアゲロ」

「了解」


 香織の呼びかけにも平然と答えるララだった。アンドロイドゆえ、死への恐怖心がないのだろうか。自分なら、あの火山の火口へと降下するかのような状況で平然としているのは無理だ。香織はそう思う。

 香織はララの降下速度を上げていく。数十秒後にララが海面に到達した。


「海面ヘト到着シタ。コレヨリ潜水スル」

「了解」

「ララちゃん気を付けてね」

「ワカッテイル」


 黒子から通信が入った。ララは彼女に懐き、また黒子もララに依存している。アンドロイドに対して極端な感情移入は問題があるかもしれないと香織は考えていた。それはレスキュー隊であるが故、人の生命はアンドロイドより優先せねばならないからだ。時に感情は判断を狂わせることがある事を香織は知っている。黒子がその判断を誤る事は無いと信じているのだが、絶対ないとは言えないのが現状だ。

 ララはエンケラドゥスの氷床の下に広がる広大な海へと潜っていく。薄暗いその海の中には各種の水生生物が漂う地球外生命の宝庫であった。

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