第15話 星屑ポッドレーサーズ

 正面の信号が赤から青へと変わった。その瞬間、二機のポッドレーサーは猛ダッシュを開始した。とは言うものの、機体は床に固定されたまま。周囲のグラフィックスが凄まじい速度感を持って流れていき、まるで宇宙をすっ飛んでいるかのような臨場感を与えている。

 レースの舞台となっているのがアステロイド宙域における古戦場といった場所だった。自然環境ではありえない密集したアステロイド。そしてそれらと共に漂っている多くの宇宙船や戦闘用ロボットの残骸。正に障害物だらけのコース設定だった。


「黒子さん。最初の一周は練習ステージです」

「わかったー。うひっ」

「赤のリングが黒子さんのゲート。青が僕のゲートです。ゲートごとにポイントが設定してあります」

「ポイントが高い方が勝ちなの?」

「いえ、先にゴールした方が勝ちです。ポイントは加速用のブースターやデブリ無効のバリアと交換するための物です。上手くアイテムを使用するのが勝利のポイントです」

「なるほど……。えいえい」


 最初は赤いリングをくぐれなかった黒子だが、次第に要領を得たのか確実にゲートを通過するようになった。


「コースアウトはあるの」

「原則コースアウトはありません。基本的にコースの外はデブリの密度が高く、衝突させずに飛行することが困難な設定となっています。比較的密度の低い領域がコースとして設定されていて、それに沿ってリング状のゲートが配置されています。次のゲートのがある方向へ矢印が表示されますので、それに従えばコースアウトする事はありません」

「デブリにぶつけちゃったらゲームオーバーなのかな?」

「はい。そういうルールです」

「わかったぁー。うひっ」


 自在に機体を操りゲートをくぐっていく黒子とミニスター。黒子はゲートクリアのポイントを使ってバリアやブースター、そしてデブリ破壊光線などを試していた。


 このゲームで交換可能なアイテムは5つ。

 ①デブリ衝突ダメージを無効にするバリア。

 ②小型のデブリを消滅させる破壊光線。近距離用。

 ③大型のデブリを破壊するミサイル。遠距離用。

 ④加速用ブースター。これは速度が三倍になるが、デブリ衝突の危険も高くなる。

 ⑤ゲートキャッチャー。これはくぐり損ねたゲートをひっかけるアーム。タイミングよく使用することで、より穏やかな角度での旋回を可能にする。


 練習を終えスタート位置に静止するポッドレーサー二機。黒子はまだまだ赤い頬を緩ませてへらへらしている。


「でへへ。このゲーム気持ちいいね。ね!」

「気に入っていただいて光栄です。では本番スタートしますがよろしいでしょうか?」

「何周するの?」

「三周です」

「了解。コース把握しちゃったからね。私が勝つよ」

「本当に? 一回で」

「うひっ!」


 酔っぱらっている黒子が親指を立てた右腕を突き出しているのだが、ミニスターは信じられないと言った表情で首を振っている。

 香織もコースなど頭に入っていなかった。把握したと言う黒子の言葉が信じられないのはミニスターと同じだった。


「では黒子さん。準備は良いですか」

「モチロンだぜ。ひくぅ!」

「世界最高峰と言われるその空間認識能力、しかと拝見させていただきます」

「脱げったって脱がないからね。おさわりも禁止だぁ~ ひゃははは!」

「そんな要求はしてないんですが」

「行っけえー」


 信号が青へと変わった瞬間に黒子のポッドレーサーが猛ダッシュしていく。黒子の奇声と逆セクハラに戸惑ったのだろうか、ミニスターは出遅れてしまった。


「しまった」


 悔しそうに顔を歪めたミニスターのポッドレーサーも遅れて猛ダッシュしていく。


「AIのくせに人間的だな」


 香織の一言に頷く羽里。


「そうですね。人間的……というよりは人間そのものではないでしょうか」

「そうなのか?」

「はい。アレは間違いなくおっぱい星人です。黒子の胸元を見つめる目つきはエロ親父そのもの。見た目のあどけなさに騙されてはいけません」


 香織は羽里の顔をまじまじと見つめる。羽里は歯をむき出して中指を天に突き立てているではないか。香織は何も感じていなかったが、自称おっぱい星人の羽里はミニスターに対してライバル的な何かを感じたらしい。


「くだらない」


 小声でぼそりと呟く香織。羽里は星子の応援に夢中でその一言を聞き逃していた。


 レースは二週目に入っていた。序盤、スタートのアドバンテージを維持しつつリードを保っていた黒子だったが、後ろからミニスターに追われる展開となる。そのプレッシャーに耐え切れなかったのか、二週目早々にトップの座を譲り渡してしまう。


「悔しー。黒子ちゃん抜かれちゃったよ」

「焦るな羽里、まだまだこれからだ」

「だってさ、この手のゲームは黒子が一番なんだよ。彼女が負けたの見た事がないんだけど、あのおっぱい星人に苦戦しているのが信じられない」

「確かにそうだな」


 レースの概況は、AIのミニスターが完璧なレース運びで圧倒しているかに見える。AI故に絶対ミスをしない。黒子の方は時々ラインを外して機体に余計な制動を掛けたりする。しかし、香織の心中は穏やかなものだった。それは、黒子がまだ特技を発揮していないからだ。そして羽里の応援がさらに熱く盛り上がる。


「黒子ちゃん。頑張れ! あなたの胸は私の物よ!」

「今それは関係ないと思うぞ」

「いいえ。大いに関係があります。あのとっちゃん坊やは勝利の特典として必ず黒子ちゃんのおっぱいを要求してきます。私にはわかるんです!」

「くくく。羽里、その位にしておけ。全部聞かれているぞ」

「え?」


 香織の一言に羽里はミニスターの方を見つめる。ミニスターはレースそっちのけで羽里を睨んでいた。その瞬間、ミニスターはらしからぬミスをした。ゲートをくぐり損ね、デブリと衝突寸前となって無理やり回避し、失速したのだ。

 当然、黒子はミニスターを追い抜き再びトップに返り咲く。ミニスターもよそ見を反省したのか再び前方へと視線を戻してレースに集中した。


「なるほど理解した」

「何がですか」


 香織のつぶやきに羽里が質問をした。


「このレースの肝の部分だよ」

「アイテムを上手く活用するって事でしょ?」

「そんな単純じゃないんだ」

「え?」


 羽里が首をかしげる。それはそうだろう。誰もがアイテムをどう活用するかがカギだと思っているからだ。しかし、香織の捉え方は違っていた。


「このゲーム、コースの図面が表示されていないだろう」

「そうですね。コースを間違えないように矢印の表示はありますけど、全体図はありませんね」

「全体的には数字の八の字が二つ組み合わさっているような形状だ。四葉のクローバー的な」

「なるほど」

「細かいコーナーが多くてわかりづらい。しかし大まかな形状はそうだな」

「黒子ちゃんは最初の一周でそれを把握したの?」

「そういう事だろう。それなら絶対勝てる攻略法はあるぞ」

「え? それは何?」

「まあ見てろ。三周目。もし不利になれば必ずそれをやるさ」


 香織は不敵な笑みを漏らす。しかし、羽里はその意味が理解できないようでキョトンとしていた。

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