第7話 草生える新隊長の御披露会見



 ——美少女レスキュー☆ビューティーファイブ復活——


 このニュースは太陽系を駆け巡った。


 誰が新しい隊長に就任したのか。世間では、それが一番の関心事であったようだ。様々な憶測が飛び交い、とある記事のタイトルには「鬼の副長は副長のままだった」と記載されたりした。他には、香織が隊長に就任と書かれている記事もあった。


 そういった人々の疑問に答えるべく、ビューティーファイブ復活に関する記者会見が行われる事となった。場所は月面都市アリストテレスである。その会見には、三谷総司令を含め、メンバー全員が参加した。


 田中隊長はカツラをかぶって胸に詰め物をし、完璧な女装をして会見に望んでいた。多くの記者のカメラと視線は田中隊長へ向けられていた。殆どの質問は新しい隊長へ向けられたものだったが、その質問には全て三谷総司令が答えていた。

 新隊長の名は田中義江たなかよしえ。太陽系開発機構内より優秀な人材を選抜した。また、学歴や経歴に関しては答えられないと説明された。

 とにかく怪しい記者会見であり、必死で原稿を読む総司令もじゃもじゃの姿は滑稽であった。


 最後の質問は香織へと向けられたものだった。


「相生副隊長の役目は、チーム内の風紀維持であると聞きましたが、今後はどのよううに対応されるのでしょうか?」


 香織はチラリと三谷の方を見る。三谷は頷き香織の発言を許可した。


「それも私の仕事の一つだという事です。男女間の問題だけが私の仕事ではありません。しかしながら、前回の反省を含めての私の抱負をお話するならば……」


 香織がジロリと義一郎を睨む。義一郎が小さくビクリと反応したのが見えた。


「私生活も含め、より一層厳しく対応することになると思います。特に、新隊長に手を出しそうなのはそこにいる三谷総司令もじゃもじゃですが……」


 記者の間に失笑が広がる。三谷は香織を見つめ小さく首を振っている。


「あの古狸を監視することが最重要であると考えています。そして何より、隊員同士のコミュニケーション大切にし、小さな悩み事でも率直に相談できる環境を作っていきます」


 香織の冗談交じりの回答に記者たちも満足したようだ。皆が笑顔のまま会見は終了した。


 控室は男性用と女性用の二つが用意されていたのだが、三谷総司令もじゃもじゃと義一郎、そして香織は男性用の控室へと入った。

 控室に戻った瞬間、三谷が香織に詰め寄って来た。


「私が田中隊長に手を出すはずがないだろう。彼は男なんだぞ」

「もちろん知っておりますよ。総司令。しかし、貴方と隊長の恋路を応援する女性はきっと多いのではないですか」

「そんな事はあり得ない。なあ、田中君」


 いきなり話を振られた義一郎は「コメントは控えさせていただきます」と言って一目散に逃げた。


「それに、彼が男性だとは世間には知られていない。腐女子が飛びつく話題じゃないだろう」


 香織は三谷の直ぐ傍まで近づく。そして三谷のネクタイをひっつかんで少しかがませた。


「あら。私は期待していますよ。総司令が頑張って下さることを」

「香織君。君は腐女子だったのか?」


 その一言で、更にネクタイを引く香織だった。


「女性は多かれ少なかれ、男性同士のカラミに対しては好意的なのです。メンバー全員が期待しています」

「わかった。君は……腐女子ではない」


 その一言を聞き、香織は三谷のネクタイから手を離した。


「総司令。口は禍の元です」

「ああ。そうだな」


 ネクタイを直しながら、三谷は義一郎に目配せをする。二人で早々に控室から退出してしまった。


 またやってしまったと香織は少し後悔していた。いつも通りの言動であるが、これがそのまま「鬼の副長」と呼ばれている原因なのだと思う。

 どう足掻いても可愛い少女を演じる事など不可能だ。自分には一生無理なのかもしれない。半ば諦めかけている香織は、携帯端末を操作してニュースサイトを開いた。

 そこには先ほどの会見の様子が動画配信されており、また、その動画に対するコメントが多数寄せられていた。


「新しい隊長って不細工だよね。何だか筋肉ムキムキって感じだし」

「見た目はきれいに取り繕っているけど、何て言うか、あの不細工感はぬぐえない。信じられないよ」

「前隊長の綾瀬美沙希の方がよっぽど美人だったな」

「これじゃあ美少女ユニットってのは詐欺だよね」

「ところで、黒田星子ってまた太ってね?」

「バケツプリンが好物なんだってさ。食いすぎだろ」

「プッ。バケツプリンとかマジかよ」

「マジらしいぜ。ま、俺はあの位ふっくらしている方が好みだけどな」

「出た。デブ専」

「うるせえよ。あの程度はまだデブじゃねえ」

「まあまあ、好みは人それぞれ。しかし、あの隊長だけは無いね」

「無い無い」


 このコメントを読み香織の表情が緩む。彼女は、新隊長の公式デビューは散々な評価だと思った。わざわざ女装させるなど、とんでもない愚策だ。どうせ三谷総司令もじゃもじゃのサル知恵なのだろう。


 控室の扉がノックされ黒子が入って来た。


「香織さんどうしたんですか」

「何でもない」

「あっちの控室にシュークリームとお茶が用意されてます」

「気が利くね。こっちには何もないよ」

「ですよね」


 黒子と共に女性用控室へと入った香織を皆が笑顔で迎えてくれた。香織はテーブルの上のシュークリームを一つつまんでかじりつく。カスタードクリームが溢れ出て頬にべっとりと付着した。


「副長。溢れてますよ」


 黒子がナプキンを手にして、香織の頬についたクリームを拭おうとする。しかし、香織はそれを制した。


「こういうのはな。こうするんだ」


 右手の人差し指でクリームを拭い、それを口に放り込む。


「美味いな」

「ですよねぇ」


 メンバー全員、笑顔がこぼれている。


 そんな時香織はふと思うのだ。鬼の副長って誰だっけ? この中に鬼なんていないよねと。

 任務中は緊張感を持って臨み、任務外では和気あいあいと仲が良い。これこそがビュティーファイブなのだ。前リーダーの美沙希が作り出した良い伝統となっていると思う。


 新しい田中義一郎隊長の元でもこの伝統は受け継がれるだろう。


 香織は新たに決意した。このチームが集うときはいつまでも笑顔であふれるようにしようと。そしてその為に、自分は全身全霊で取り組もうと。

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