第25話 Saint Germain

 同刻――ゲライン、ハシギル、ズミアダの居る、暖房がまだ効いていない車内。


ルームミラーの付属品アタッチメントであるデジタル時計が『2:13』と示す。車外に広がる通りに人影は無く。たまに対向車が見える程度。


ズミアダは依然、助手席でパソコン作業をし、ハシギルは黙って運転をしていた。


プシエア達からの連絡は未だに来ず。暇を余していた俺はハシギルに対し、少しなら自動運転に任せて休んでもいいと言った。だが、彼はどうやら妥協を許さない人間らしい。とはいえ、運転を替わる訳にもいかない。


俺は車窓を覗くぐらいしかやる事がなかった――だが本心は、狂気の余韻を紛らわせたかっただけなのだ。


また、その狂気の原因も“Katharsis“だけではないのは明白だった。


 以前に取り戻した人間性に伴う“多少の道徳心“と、今迄の行為に基づく“ごく僅かに生まれた自責“。それがぶつかり、俺には柄にもない感情が生まれた。


――仲間意識こころだ。


確かにプシエアとは一緒に仕事をする機会があったが、それは不確定要素が多い時だけで、回数で謂えばごく僅かだ。


基本的に俺の仕事は暗殺と変わりない。対象が凶悪犯と決められていたのなら『捜索・特定・追跡・排除』という順で仕事をする。予想外の事態に陥らない限りはそれで終わる仕事だ。


これは映画やアニメじゃない。


派手な登場や無理な行動、強欲になる事をしなければ、一方的且つ証拠を残さずに終わるものだそれも全て一人で。


 然し、そんな俺に人間性が生まれ、人との関わりも増え、それも共通の目的に向かって協力するという“相互意識“が生まれた時。俺はそれに固執し、奴等の霧の様な計画が――輪郭が露わになった時『仲間の為になった』という点に於いて、無意識のうちに“カタルシス“を得ていたのだ。


――謂うなれば『兵士』だ。


戦場という極限状態の中、共通の目的に向かって協力するという“相互意識“がある中、必然的に『仲間』という存在に固執し、晴れて社会に戻ると、されど仲間が居ない――相互意識も乏しい世界に戻され、戦場をまた望む様なものだ。


だが、そんなの俺らしくない。ズミアダも叱言を洩らすのは当然だろう。


――俺はいつだって孤独だった。


然し勝ち筋が見え、嬉しかったのは確かだ。事が事なだけに珍しく苦戦したが、こうなれば何時もと同じ『捜索・特定・追跡・排除』の順でこなすだけだ。


 そうして気を直しながら、これからの事を慮りつつ、俺はワイヤレスイヤホンで何千回と再生したあのロックミュージックを聴き流していた。


少しして――プシエアと繋がっている古い通信機器が振動した。俺はそれに目を通し、内容を確認した。


内容を要約すると『尾行はカメラ機能が付いた“スマートコンタクトレンズ“と不特定少数の一般人を利用し、今も尚行われている為ギャングの所へは向かうな』という内容だった。更に、そのメールにはコンタクトレンズの写真も添付されていた。


「――んな事は分かってるよ。」


連絡を見た俺がそう独り言を洩らすと、ズミアダが席の隙間から顔を覗かせ、俺の方を向きながら質問をしてきた。


「プシエアはなんて?」


俺は話すより見せる方が早いだろうと、その内容を拡大し、画面いっぱいに表示した後、ズミアダに機器ごと渡した。ズミアダはそれをハシギルも見られる様に、彼の方に寄せながら見ると驚く様にして声をあげた。


「おいおい、尾行だって? まさか、ゲン……これに気付いていたのか!」


「あぁ――だが、確証はなかった。確かめる余裕もなかった。」


ハシギルはズミアダから通信機器を取り、ハンドルの上に乗せるようにしながら内容を確認した。


「――なるほど。そういう事だったのか……だが、何故分断したんだ? 危険だと判っていたんだろ?」


「はっきり言うと、“賭け“だ――然し、俺も無為無策むいむさくでこんな事しない。


あの場面で奇襲をかけなかったという事は、奴等は少数。ならば更に分断すれば何方かに余裕を持たせられ、円滑に行動することが出来ると考えたんだ――とはいえ、やはり油断はならない。早く“彼“に会わなければ……」


ズミアダは顔を覗かせたまま再度、俺に質問をした。


「“彼“って誰の事だ? オレが思い付ける様な人物か?」


「無論だ。前に一度、話した事があるだろう? 一度目の退職をする前だ。」


「それじゃあ、4年以上も前じゃないか……だが、思い付いたよ。ディタッチメントの“サン・ジェルマン“だろう?」


「そうだ。“月曜日Mondayのダッチ“と呼ばれる――都市伝説の様なかれ。彼に助けを乞う。」


 これからの事について説明しているうちに、俺達は目を開けば華々しい程のネオンが目に入る、犯罪と富が渦巻く歓楽街『“Detachment“』に入っていた。


辺りを見れば犯罪組織シンジケートや、武器商人。クスリの売手に買手。売春婦と金持ち、病気持ち。カジノで破産した浮浪者や、それらを全てを取り締まろうと、無駄な努力をする警察官が、そこら中にたむろしているのが判る。


そんな都市に“月曜日のダッチ“と呼ばれる彼は居る。


“月曜日のダッチ“と呼ばれる所以は素直なもので、彼は『月曜日に“消える“』のだ。その羅列に裏の意味など無い。文字通り“消える“。


それに気付いたのは彼の顧客の誰かで、俺は噂してしか認知出来ていない。尤も、顧客間では有名な噂らしいが、俺は他の顧客とそれほど強い繋がりをもっていない。


その噂では『情報を仕入れている』とも『彼は実は“フィクサー“で全ての事件は彼の自作自演』とも言われているぐらいだ。終いには『時を自由に行き来できるが、その代償として月曜日を知らない』というものまである――何れも信憑性に欠ける与太話だ。


だが確かに彼は“消える“。情報を仕入れる際に、その姿を見た者は居なく。また、彼を追ったとして必ず見失うというのだ。


 そんな逸話を残す神秘的ミステリアスな彼は、無論知る人ぞ知る存在で、ディタッチメントに居る顧客は特に、彼を頼る傾向がある。


事実。彼は驚く程に情報通で、至高の情報屋だ。然し同時に、多額の報酬を要求する上に“此方側から意図的に接触は出来ない“。


彼から渡された連絡先で、彼に連絡しなければ“誰も彼に接触出来ない“というのだ。この話もまた噂であるが、これに至っては信じている。


それは彼が“卓越した追跡のプロ“という解釈をすれば、理論上可能だからだ。


彼が卓越した追跡のプロならば、その応用で姿を見せず。且つ、“顧客を自ら見つけ出す“という行為に至るのにも納得がいく――何故、月曜日に消えるのかは謎だが……


然し彼程の情報屋なら、“何時いつ、誰に“狙われてもおかしくない。だからこそ、彼は顧客を選ぶのだろう。


尤も、彼が戦闘を苦手としている様にも思い難い。たった一人で、俺の様な裏社会に入り込んでいる人間を顧客とし、且つ用心棒も雇わず一対一で商売をするのだから、そう思惟するのは当然だろう……いや、そう思惟出来てしまう程、彼には高圧的な面も存在していると謂った方が正しいか。


 俺はディタッチメント・シティの中心部に近付くのを確認してから、古い通信機器を使い連絡を取った。


「――ダッチ……そうだ。俺だ……分かった……ハシギル。2ブロック先で止めてくれ。」


ハシギルは仕方なさそうにして、溜息を吐きながらハンドルを握り直した。路肩の停まった車列に、並ぶ様にして車は停められ、俺は直ぐに外に出た。


「どこいくんだ?」


ハシギルが問う。俺は扉を開きながら答えた。


「彼に会うんだ。彼は変人なんでね……悪いが、一人じゃないと会ってもらえない。二人はカジノでも行っててくれ。ディタッチメントは犯罪者と金の街……ここなら、追跡者も手が出せまい。うまくいけば尾行を撒けるかもしれないしな。」


 気怠げに手を振るズミアダを余所に、俺は金に煌く街へ降りた。バベルの塔よりも、天を貫き立ち並ぶマンションとホテル。その前には様々なオブジェクトや噴水、娯楽施設に、爪を隠す無法者達とそれを睨む警察官。


俺はその通りを、されど何食わぬ顔をして歩き、街に似合わないボロボロのキャンピングカーの扉をノックした。そして中からは、茶褐色の肌に白い髪と髭を生やした、背の高い丸眼鏡の老人が笑顔で俺を迎えた。


「――やぁ、“AΩ“。待っていたよ。」

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