第21話 “Holocaust“or“Genocide“

 地下室を出て、錆鉄の階段を上がる――冷澄な夜風が躰を包み、心地良く体温を奪う。季節の移ろいを再度感じ、階段の途中に在る小窓から月光照らす夜道を覗き。ゆっくりと屋上へ向かった。


 屋上ではプシエアが瓦礫を椅子にし、錆びた缶でタバコの火を消していた。


「相棒……何時まで此処に居るつもりだ? ヨハンが心配していたぞ。夕飯も持って来てやった。」


俺に気付いた彼は、視線をそのままに返事をした。


「――糖分エネルギー補給してたんだよ。そのインスタント麺……まだ伸びてないよな?」


俺は彼の隣に座り、夕飯を差し出しながら答えた。


「残念。もう伸びている。」


彼は少し溜息をくと、仕方なしという感じでカップと、その中に入れておいたフォークを握る。


「付け合わせが欲しいのなら下へ行くといい。スープが在る筈だ。」


そう促しつつ、俺もまたフォークを握った。


「要らない。これで充分だ。お前はあの……棒じゃなくていいのか? 名前は確か……」


「“ハシ“か?」


「そう、それだ――あれじゃなくていいのか? 東国むこうでは使っていたんだろ?」


彼の言い草から予想すると、情報媒体メディア越しにしか“箸“を観たことがないのだろう。彼は千切れて短くなった麺をその口へ運び、咀嚼しながら俺の話を聞いた。


「箸は向こう側でのみ使うことにしている。風情はあるし器用にもなるが、不安分子が蔓延はびこるこの街には似合わない。気紛きまぐれで使ったりもするが……これはパスタだ。それに箸が手元に無い。」


そう話ながら麺を口に運び、質問者である彼を横目に見た。


「――お前……聞いてたか?」


彼はその言葉を聞くなり気を直し、慌てたように弁明した。


「あっ、いや。考え事をしていたんだ。」


「考え事? お前が? 一体何を?」


俺は少し嘲笑しながら質問した。されど彼は、何時ものようにジョークを言ったり、不快感を示す訳でもなく。落ち着きを保ったまま答えた。


時折垣間見えるその面――語り草から、心情は直ぐに読み取れ、繋がった――仲間を失った時の顔と似ていたんだ。それから俺も落ち着きを払い。彼の言葉に耳を傾けた。


「街の現状だよ……正直なところ、色々話したかったんだ。気恥ずかしいかったが、お前が来るだろうと思ってワザと一人になったんだよ。


先ずは例の話だ。“彼“から聞いたよ。仲間達の仇を討ってくれたんだってな?


そして、背中と腹の傷はその時負った……俺の為に危険に晒してしまって申し訳ない――仲間の無念を晴らしてくれて有難う。」


エドが何処まで手を回しているかは分からないが、それについても彼から聞いていたのか。


「あれは自己防衛で偶々たまたまだ。礼はいい……ところで、傷に気付いたのは何時だ?」


「ホテルに入る前、荷物を持っていた時に肩を痛めていただろう? だから気になって、見張りを交代した後。夜中に、寝ているお前の背中を確信したんだ。寝間着の隙間から包帯が見えたからな。」


「あの時か……で、“街の現状“って? 俺が街を離れていた一日の間に何かあったのか?」


 あの日――光柱が昇った日から丸一日、俺は街との関わりが著しく薄かった。


“奴等“が派手な動きをし、そのを見せていたとしても、俺は感知出来ない状況下だったのだ。しかもそれは、相当注意深い人物でないと気付かない程のモノだ。それが出来るのは俺が知っている中で二人しか居ない。


今は亡き“エドウィン・ヴァレンシア“と、俺の隣で、灰色の瞳を街に向ける“プシエア・コトサヌロフ“だ。


彼が二人きりになりたかったのは、ただ話したかっただけではないだろう。“何か“に気付き、それを伝えようとしている可能性は大いにあった。


 「――“ホロコースト“だ。」


「“大虐殺Holocaust“?」


彼は、空になったカップを椅子代わりの瓦礫に置いた。


「あぁ、政府公認の“大虐殺Holocaust“が始まった――或いは“集団殺害Genocide“というべきか。


移民の影響だと考えられている例のテロ――お前も遭ったんだって?――アレによりくに全体の緊張度は高まり、不満が溢れた市民が対策に追われる邦を更に批判。


その対策として政府が秘密裏に進めていた計画の一つ。AIを組み込んだ機械兵を配備――つまり、無人戦争の為の兵士を名分を掲げて公表したんだ。


――の言った様に、例のテロが犯罪組織でも他国の仕業でもなく。“第三者“の仕業なら“即時死刑執行権以上のモノ“が来るのだろう――お前なら検討がつくんじゃないか?」


直感した――エドの言った『技術的特異点シンギュラリティを使ったテロリズム』と『即時死刑執行権以上の大虐殺ホロコースト


握られたフォークを口に運ぶのも、縮れた麺を食うのも……それら日常的作業をやるという気すら失せる程の最悪――俺は中身の入ったカップを側に捨て置いた。


「――“内戦“」


「なに?」


「エドが言っていた――


『奴等の思想系統は統一国家――実効支配――技術的特異点シンギュラリティを使ったテロリズム――義体化技術に“何か“を仕組むつもりだ』


これはあくまで俺の憶測に過ぎず、その域を出る事も無いが――恐らく、義体化推進派と反義体派の内戦。社会的緊張度が高まっている今なら僅かだが可能性は有る……然し引き起こす為には火種が必要だ――」


 火種――混乱が適当だろう。


市民を混乱させ、憎悪のままにする。憎悪は最も純粋な感情だ。発火剤が在れば直ぐに現れ、唯それだけに支配される。


先ず義体化技術を普遍化させるのだろう。それ自体は用意だ。技術の進歩には倫理が常に問われていたが――ユダキリストを裏切る。昔から変わっていない。


問題は、義体化推進派と反義体派の双方を混乱させるものだ。必然的に義体化技術に関わる何かとなるだろう。義体化技術を独占した奴等なら、恐らく義体化技術自体にそれを筈だ。それが一番手っ取り早くもある。


“個人“にも、“邦“にも通用する『ソレ』を――“抑止力“になり得る“死のモノ“を。

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