第7話 煙る

 薄黒い古さから、途端に陽光を浴びる。

それまで開かれていた瞳孔が、痛みながら徐々に縮んでいく。


その刺激を和らげようと、どこかに仕舞っていた筈のサングラスを、雑然とした車内から探し、そして「あぁ」と一息吐いて、遂に失くしてしまったことに気付く。



 暫くして光に目が慣れた頃、俺は漸く車のエンジンをかけて、街の中心部へと駆け出した。


空にはまだ、西日がまばゆく映えていた。



 ふと車窓から覗き込んだ街並みは、トポロジー最適化技術によって造られたからか、随分と冷酷に感じられ、失われた人間性の心象イメージを齎した。



 街並みには、前時代への固執こしつが滲み出たような骨董建造物が、スプロール化を急き立てているように思えた。


街中の陰には時折、無人マンションやゴミ捨て場と化した駐車場が目に留まった。



 然し、それらを造る為に今日も山が削られ、海が埋まり、行き場を失くした動物が絶える。


だが、殆どの人間はそんなこと気にも留めない。黄ばんだ口で腐った御託を並べながら、明日消える命を粗末にしている。


いつ人類じぶんが次の絶滅種になるのか――

五大大量絶滅ビッグ・ファイブに次ぐ、「ビッグ・シックス」になるのかすら思索せず。また、何時も通りの日々が、当たり前のように来るって信じてやがる。


危険性それは、普遍性を帯びて日常に紛れているというのに――。



 とはいえ、その一部を暴力をもって処分し、あきないとしている者が居るのもまた事実。


そして均衡を保つ機関バランサーは、その危険性の存在によって、自らの存在を許されている。


つまりは、無理矢理押さえつけている不都合に存在価値を与えられているのだ。



 そんな破綻じみた存在の行末は当然、ろくなものじゃない。


均衡バランスを保つ必要が無くなるまで動き続けるか……或いは新たなる機関バランサーに役割を奪われ、旧モデルとして棄てられるしか無い。


存在たちばフランシウム最も不安定な元素のよりも不安定だった。



 幸か不幸か、然し世界の中心とも謂えるこの聯邦国家は、その不安定を隠すのがそれこそ世界一巧うまい。


それなりの国力があるというのも理由の一つだが、もう一つの大きな要素として宇宙開発の実績かあった。


周知の通り、この邦は2030年代に宇宙開発を再開し、たった十数年で大成させ、一時的に高度成長期に突入した。


この「人類の先駆け」としての成功は、自国民の信頼を得るに足るものであり、且つ邦を増長させるに足るものでもあった。


故に、この邦はその絶対的地位を保つ為に、依然よりも体裁を気にするようになったのだ。



 お陰様で、特捜おれたちは殺人者随一の嫌われ者となった。


当然だろう。からしたら、犯罪者同士が勝手に殺し合ってくれるようなものだ。



 全く……今日は珍しく、晴れ間の多い日だっていうのに――


寒冷化・温暖化の増えた地球にとって、かつての平静を感じられる貴重な一時イベントだっていうのに――



いつになく世界がうとましい。



たとえそれが快晴とまではいかず、陽光の暖かみも生緩い、半端な晴れだったとしても――少しは気持ちが晴れるものだろう?



 どうやら、今の俺には一寸の余地も無いらしい。然し、程なくしてその焦燥感の原因わけを思い出し、厭世観が掻き消された。


『あぁ……あれからずっと、あの「言葉」が延々と廻っているからか。クソ。」



 図書館の総合検索システムがインストールされた――今では旧式と呼ばれる様なパソコンのすみに映る『Discord不一致』の文字。


怪物から採取された――以上の情報を匂わせるその文字は、刹那に未知をもって、俺の頭中を掻き乱していたのだ。



 あの人物は一体誰なのか……当然、見当もつかなかった。


 この世界では、認知されている人間全てに認識番号ナンバーが割り当てられ、それにより様々なサービスがシームレスに受けられるようになっている。


反対に、番号失権者ロストナンバーは幽霊にも等しく。一人では生き残ることすら不可能とまで言われていた。


故に番号失権者ロストナンバーの大半はのやり口で犯罪に手を染め、その日その日をなんとか生き長らえるのだ。


 しかし中には、仲間を蹴落とし、空腹のまま日銭を貯め、数分でアシがついちまう偽造認識番号を買って、刹那の普通を過ごす輩も居る。


それも暴価で――


その後は大抵捕まって、一生奴隷生活だ。だが、持たざる彼らだからこそ、その夢物語の為に全てを賭けることが出来るのだろう。


『例え、その過程で何に巻き込まれようと不思議ではない』


材料のだけに番号失権者ロストナンバーが使われているのなら、経緯としては妥当な推測だといえる。



そんな彼にとって義体化とは、随分なロマンスに見えたはずだ。



 加えて、今回の事件に『番号失権者ロストナンバーが生き存える手段』をおおやけにする意図があるなら、さらに厄介だ。


元来、番号失権者ロストナンバーの存在は公には認められていない。


謂わば、『不完全な人間が生み出した。不完全な制度故のバグ』なのだ。現にそうされている。


然しながら、お偉いさん方はその失態を見て見ぬふりをする。理由は何時も通りモチロン、責任逃れだ。



 そして、その虚を突かれたならば、不平不満を溜めに溜めている住民の反感を煽ることとなる。


また、上層は下層を蔑む傾向にあり、故に下層はその鬱憤を晴らすが如く、外層を蔑んでいる。


加えて、この憂世うきよ


唯でさえ混沌としたこの時代に於いて、そのような情報が出回れば、一部の番号失権者や反社会派はここぞとばかりに活気立つだろう。


情報の真偽は最早どうでもよく。ただ、すがりつくものが欲しい奴等にとっては、都合の良い体裁に過ぎない。


そうして散った火の粉は、今にも破裂しそうな市民や官軍けいさつに及び、聯邦は一層殺気立つだろう。


そうすれば、いつテロやデモが発生してもおかしくはない。



 未来破滅的思考が遂に終わろとしていた時、ズミアダから時間について確認の連絡が入り、俺の意識はようやく現実へと向かった。



 あの閉鎖された図書館では、時間感覚が狂うようで、日の入りは予想外に早かった。


例の『エグカ・ジンス』が所属していたギャング『サクラ』の拠点があった、ディタッチメントにでも行こうかと予定していたが、また今度にしよう。



 少し予定を早めることになるが、ズミアダの店『1/8 Gallonガロン』に向かう事にした。


道中、腹が空いていた俺は露店で見つけた東洋の名物『ヤキトリ』を――これも人工肉だが――腹に入れ、空腹を騙した後、再び都市を駆けた。



 今朝渡った橋――自家から『Swickキャバレー』に向かう道中にある橋の手前から少し長めの渋滞が起きていた。


交通量も伊達じゃないこの御時世。気付いた時には既に手遅れで、回り道すら渋滞していた。


『飛行車でも在ればな……』


だが、あれは富裕層の乗り物だ。俺の稼ぎでは、到底買える代物じゃない。


渋滞に苛立ちながら、たまにクラクションを鳴らしつつ、気長に待つフリをした。


しかし、車列は一向に進まず。たった数十mメートルくらいしか動いていないのではと錯覚する程だった。


そうして、約束の時間に間に合う兆しが消え、俺は止む無くズミアダに連絡を入れた。



 「……ズミアダか? 渋滞にはまって今のところ動けそうにない。すまないが遅れる。予定は明日にずらすか?」


人の心配を余所よそに、ズミアダは平然と話始めた。


「あ〜了解。けど、もう店は閉めたし、仕事も殆ど済ませたから待ってるよ。


しっかし、珍しい事も在るものだな。そこの通りは滅多に混まないのに……検索したらすぐに出てきたよ。


如何どうやら検問所があるらしい。差し詰め、昨今流行りのテロ対策といったところかな。お前さんも不幸だね?」


「なるほど……先日、ニュースでやっていたアレか。隣の州で起きたテロ事件。


犯人が此方こっちに来たとでも情報が入ったのか……全く、傍迷惑はためいわくだな。」


橋自体は然程さほど長くはないが、然し片側二車線で横に広い橋は交差点からも近く、故にクラクションは至る所で鳴っていた。


 それから十数分。俺は、俺が調べた情報をざっくりとズミアダに電話で伝えた。


それが終わるとプシエアが店に着いているかどうかを尋ね、動向を伺った。ズミアダは依然として仕事を熟しながらも、その問いに答えてくれた。


「ああ、来たよ。プシエアなら先程来た。今は奥の部屋で休んでいる。そしてあの……変なフレーバーの煙草を吸ってるよ。」


「またか……」


溜息を吐きながら俺は以前、プシエアを訪ねた時の事を思い出していた。以前にも似た様な事があった。



 数少ない休日に、それは起きた。


ズミアダの店に用があり、共に来ていたプシエアと待合室でくつろいでいたところ、急遽仕事の連絡が入り、俺は店を後にして、プシエアを一人待たせていた。


暫くして俺が店に戻ると、待合室は吐気を催す程の甘苦い異臭に包まれていて、先程までいた先客は跡形も無く逃げ去っていた。


その原因が、彼の持つ変な銘柄の煙草だという事は一目見て直ぐに気付いた。


オマケに彼は、近くの販売機で買ったであろうアイスキャンディをもう一つのでに持っていたのだ。


当時は、サイケにでもなっているのかと思ったぐらいだ。


無論、俺も直ぐに外に飛び出した。

仲間内では電子タバコの普及に伴う一種の病気だとか、子供と大人を最悪な配分で混ぜたやつだとか揶揄される程だった。あれだけは回避しなくてはならない。何としても。



 直ぐさま俺は、ズミアダに換気扇を回す様に指示をした。だがズミアダは、もう回したと言い、すんなりと仕事に戻った。


それでも、まだ不安は残っていたが、然し仕事の邪魔をする訳にもいかないので、考えないことにした。



 そうして、空が次第に暗くなり、程よい寒さに眠気が誘われてきた頃、それは突如として起きた。


橋の方――地面ごと車が揺らぐ程の衝撃波。破片と塵が黒煙と共に舞い、光が全てを貫いた瞬間――全てが動き始めた。

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