某フリーライターのマイブック

鴻上ヒロ

2019年8月

風邪の日に見る夢、風邪の日の仕事。

 2019年8月21日(水)の夕方過ぎ。翌日は休みの予定だったため、仕事を夕方までに終わらせて飲みに行こうとしていた。無事に仕事が早めに終わり、PCの前から立ち上がる。瞬間、若干のふらつきを感じた。予感がする。これまで何度か感じたことのある予感だ。

「風邪の予感がする」

 念の為体温を測る。37.2度。微熱だった。だが、僕は子供の頃は常に37度を超えていた。手がとても温かいことから「太陽の手」と呼ばれることもある。当時、『焼き立て!!ジャぱん』という漫画を原作とするアニメが放送されていた。その主人公の特殊能力、太陽の手を元ネタとする。ちなみに、彼の太陽の手はパン生地の発酵をうまく進ませるという効果があるが、僕の太陽の手はただ温かい程度だ。ただメリットを挙げるとすれば、女子から「手ぇ貸して」と言われて手を繋ぐ経験が多かったことくらいか。今でも太陽の手は健在らしい。

 この程度は風邪には入らない。

 そう判断し、出かけた。

 それでも一応は体温計を持って出かける。まずは断髪式と称して半年間伸ばしてきた髪の毛を6mmの坊主にしてもらった。それから電車に乗り、地元の主要駅に向かう。いつも利用している居酒屋に行こうとしたが、少しの悪寒を感じて駅ビルのトイレに駆け込んだ。体温計をはさむ。

 ピピピッ。体温計の音が僕しかいないトイレに鳴り響いた。他の人がいないと知っていても、少しきまずい。

 結果、体温は37.3度だった。

 安心半分不安半分でトイレを出て、近くのタバコ屋で缶ピースを買う。タバコ屋の隣に灰皿があるため、その場で缶を開けた。いつもならバニラの甘い香りと煙草本来の芳醇な香りとが心地よく鼻をくすぐってくれるのだが、その日は何も感じなかった。

 吸ってみる。

 うまくない。

 煙草がうまくないということは、体調が悪いということだ。僕はこれまでの喫煙経験からその事実を知っていた。結局、その日は定食屋でご飯を食べ、一杯のビールを飲むにとどめた。


 翌日、鼻水ズルズル。喉の痛みに若干の耳鳴り。少し頭が重い。体温は36.8度くらいだったが、これは完全に風邪である。

「1日休めば治るやろ」

 甘く考え、休日なのをいいことにゆっくりとしまくった。

 それから金曜日になっても、まだ治らない。それどころか鼻水は悪化し、耳の症状も悪化している。聞こえが悪く、耳が痛む。この日は仕事をしようかと思ったものの、耳の痛みが強すぎて頭が回らなかった。

 土曜日。耳の痛みは消えたが右耳があまり聞こえない。外部の音は聞こえやすいが、自分の声や体内から出る音はほとんど駄目だ。それでも倦怠感などはほとんどなく、無事に普段と同じペースで仕事をすることができた。

 しかし、風邪の日の仕事というのは精神的にとても悪いように思う。最初は頭を抱えながら虚ろな目で推敲をしていた。徐々に仕事に集中していくと、テンションは不可思議な領域に突入する。

「え!? ボーナス貰ってすぐに辞めてもいいんですか!?」

 執筆しながら、自分でツッコミ始めた。頭の中ではドヴォルザーク交響曲第9番『新世界より』第4楽章が流れ始める。目まぐるしく言葉が脳内を駆け回り、キーボードのタッチはへんてこなリズムを大慌てで奏でる。エンターキーを強く叩き、曲の盛り上がりと同時に腕を振るった。目を閉じてみたり、頭を揺らしてみたり、曲に合わせてタイピング音を出してみたり……。

 仕事が無事に終了した後、ふと我に返ってこう思う。

「今日はアホな夢を見そうやな」

 その予感は的中した。


 これは今朝見た夢である。

「たーばこー。たーばこー。たっぷり、たーばこー」

 一昔前にブレイクしたCMソングと同じメロディで、今は亡き僕の姉が歌っている。姉と言っても彼女が亡くなってからもう何年も経つ。写真も何も残っていないため、顔はほとんど覚えていない。声の記憶もぼんやりとしている。

 ただ、夢の中だと別人でも当人だと認識することがある。だから彼女は姉であり姉でないのだろう。

 トンチンカンな歌を歌うな、と姉に言う。その瞬間に姉の身体が泡のように弾け飛び、世界はしゅわしゅわ炭酸に包まれた。先日の夜に「妄想世界と炭酸水」という小説をアップロードしたため炭酸に包まれてしまったのかもしれない。

 炭酸に包まれた後は瞬時に場面が飛び、僕は博多駅前でミニヨンのクロワッサンを食べていた。博多駅を歩いているとクロワッサンの焼けるいい香りが胃袋を無差別に攻撃してくる。かねてから食べたいと思っていたものを夢の中の自分が食べている。そして、それを僕は「これは夢だ」と認識して第三者視点で見ていた。

 クロワッサンを食べていると、目の前にはドヴォルザークさんがいた。軽く握手を交わすと、次の瞬間に彼は僕の高校時代からのある友人に変わっている。そして高校時代の友人と博多駅を練り歩いていると、高校時代の友人は僕と少しの因縁のあるTさんという女の子に変わっていた。

 Tさんと最後に会ったのは中学生の頃だ。姿は大人になっていた。やはり見た目などはあまり覚えていないため、現実とは大きく離れた成長を遂げたのだと思う。そんな彼女が突然「君の家に行きたい」と言い出す。

 僕の家と言えば兵庫県にあるアパートなのだが、なぜか実家のほうだった。実家にはこれまたなぜか中学時代の友人がスマブラを遊んでいる。父親がハンドメイドをしている。現実の父親にそのような趣味はない。

 Tさんに何かあげようとする父だが、社会人の女性が喜ぶようなものは何もなかった。小中学生が修学旅行の土産に買うような剣と盾のキーホルダーとか、龍とか、そんなものばかりが並んでいたのだ。

 結局、隅っこにあった「わんちゃんのブローチ」を手に取る。「似合うかな」と聞かれたので上の空で「似合う」と答える夢の中の僕。それからなぜかTさんは他人の実家の風呂に入り、スマブラ大会に乱入し、朝まで家にいた。実家を出ると今度は僕のアパートに来る流れになる。

 そして、目がさめた。

 なんとも言えない夢だ。夜なのにまだこの夢を鮮明に覚えていることが悪夢である。


 やはり、風邪の日にする仕事と、風邪の日に見る夢は「アホ」になるのかもしれない。

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