第12話 成長のために

「早くするのだ。ユーマの命が関わってるのだぞ」


 ユーマが仰向けになってベットに横たわる。

 その傍らで息子の無残な姿を見て怒り狂う魔王の姿があった。


 治療に当たる魔族たちに当たり散らしているが、

 魔族たちも魔王の息子を死なせるわけにもいかず、必死に懸命な治療にあたっていた。


「魔王様、お任せ下さい。決してご子息を死なせるようなことはありません」


 手下の心強い言葉で魔王も少し、ほんの少しだけ落ち着くことができた。

 それと同時に目から涙があふれ出す。

 それを隠すように両手で覆う。


「魔王様、ここにいては気も休まらないでしょう。一度外の空気をお吸いになってきてください」

「許さない」

「へぇ?」


 魔王は部屋のドアを吹き飛ばし部屋を出ようとする。


「魔王様、どちらへ?」


「ユーマを頼んだぞ」

 魔王は息も絶え絶えなユーマに優しいまなざしを送る。


「ユーマ、もっと詳しく説明すべきだったわね。ブレスレットに召喚魔法をかけていたことを教えておくべきだったわ」


 ユーマから完全に背を向けて一際険しい表情をする。


「待っててね。お母さん愚かな人間たちに償わせてあげる……あなたを傷つけるとどうなるか。人間どもに思い知らせてあげる」



 薄暗い部屋、

 寝心地の良いベッド、

 読み漁った本が並ぶ棚、

 ユーマが目を覚ますと住み慣れた場所だったが、

 事の次第を知らないユーマには何がどうなっているのか分からなかった。


 もう一つ、魔王がユーマの側に置かれた椅子に腰かけうたた寝をしている。


「お母さん?」

「! ユーマ……ユーマァァァ」


 ユーマの声は魔王の心労からくる眠気を吹っ飛ばした。

 ユーマの上体を起こしあげ、息子の回復に涙を流して喜び、強く強く抱きしめる。


 いつものユーマならそれを払いのけるのだが、

 数か月の別れ、戦士学校での孤独にあったことでいつにない安心感を得ていた。


「ユーマ、辛かったわね。もう大丈夫よ。まだ痛いところない?」

「まだぼぅーとするけど特に何も……」

「そう、本当に良かったわ。足をくっつけるのも大変だったのよ」


 母の優しさに触れ、抑えていた感情があふれ出す。

 それは涙と形を変え、母の服を濡らす。


「うんっ、ありがとう……助けてくれたんだね」

「当然よ。あなたの母親なんだから」


 久しぶりに聞く優しい言葉にユーマの涙は止まらなかった。

 涙では不十分な気持ちがポロポロと言葉にも表れだす。


「お母さん、ごめん。僕、お母さんの期待に応えられなかった」

「いいのよユーマ、初めてなのに怖い思いさせてしまったわね。次はちゃんと場所をしっかり選んであげるから、なんだったら一生ここにいてもいいのよ」


 ユーマは自分を思う母の胸でひとしきり泣く、

 言葉がまともに話せるようになってようやく自分が今後どうしたいか伝えることができた。


「ずっとここに居られない。僕もう一度頑張るよ。お母さんのために」

「ユーマ、あなたって子は……すごく立派よ」


 望んでいた形ではなかったが、

 ユーマの確かな成長は魔王には喜ばしいものであった。


 ユーマは幼い子供のような笑顔を取り戻しつつある中で、一つに疑問が湧いた。


「お母さん、ところであの街の事なんだけど……」


 ユーマは気になっていた。

 自分か消えた場所の事、きっと自分の事を血眼になって探しているだろう。

 そう思ったユーマは魔王にあの街がどうなったのか尋ねた。


「あの街の事は忘れていいのよ」

「でも……」

「いいのよ。もう存在しないから」


 ユーマの顔から笑顔が消える。

 存在しないというありえない発言に耳を疑う。


「……存在しないってどういうこと?」

「周りのいくつかの村ごと焼き払ってあげたわ。今はだれも住めない荒廃した大地よ」

 

 ユーマの顔から血の気が引く、

 母なら可能だ。不思議ではない。


 ユーマの顔が真っ青になる。

 目の前で優しい表情のまま簡単に言うことがより一層恐怖心を持たせた。


 しかし、その恐怖心はいつまでも持たなかった。

 母がしてくれたのは息子を思うがため、

 自分がうまくいかなかったせいで起こってしまった事態だとユーマは考えた。


 目の前で自分に向ける優しい笑顔をする母が何のためらいもなくそんなことはしないとユーマは自分に言い聞かせた。

 こんな優しい母に自分のために大きな決断をさせてしまったことにユーマはすごく申し訳なく思った。


「安心しなさい。あなたを殺そうとした人間はもういないのよ。だから次をがんばりなさい」


 ユーマはしばらく黙り込んだ。

 このようなことが二度とあってはならない。

 自分のせいで多くの人間が死ぬことを避けたい。

 母に二度とこんなことをさせたくない。

 そのためにはどうするべきか。


 ユーマはある決意をし、重い口を開く。


「お母さん……僕の魔力を封印してくれないかな」

「ユーマ! あなた何を言っているの? あなたは魔力のおかげで生き残れたようなものなのよ。次、何かあったら――」

「次はないよ」


 言葉を遮るユーマに魔王は呆気にとられる。

 魔王に向けているわけではなかったが、

 ユーマの目は冷たく、何か心境の表れだった。


「僕は強すぎるんだ。今だからわかる。人間と争うのが怖かった。きっと簡単に殺せてしまうから、それじゃダメなんだ。人間として、魔力に頼らない、自分の力で向き合わないと、きっと何も変わらない」


 ユーマは真剣に人間に向き合おうとする。

 その姿勢は納得できなかったが魔王にも確かに伝わった。


「本当にそれでいいの?」


 ユーマは大きく魔王の問いに頷く。それに対して魔王はため息をつく。


「わかったわ」


 魔王は抱きしめるのをやめ、少し距離をとりユーマに手をかざす。


「ユーマ、一時的なものではすぐに解けてしまうから、掛けるのは長期魔法になるわよ。一度かけると効果が切れるまで私でも解除できないわ」

「どれくらい?」

「そうね。人間に使用された時と同じだと考えれば五十年ってところかしら」

「五十年……」


 ユーマはうつ向き決意が揺らぎそうになるが、

 自分の決めたことだと奮い立たせ、顔を上げ、かざされる手を一点に見据える。


「決意は変わらないようね。いくわよ」


 ユーマの全身を魔方陣が四角く取り囲む。


 魔力を使えない魔王の息子がここに誕生した。

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