第2話 雪原で思い出話をしましょう


 カップル向けじゃない観光案内。意外と需要はある気がする。一人旅をする人は結構多いから。もしかしたら、一攫千金当てられるかもしれない。

 ただ、そのためには場所の選定に気をつけないとダメだ。少なくとも、この少女に意見を聞いてはいけない。

「……ここ、どこ?」

「雪原」

 美雪と名乗った少女はふわふわとした雪の上を慣れた様子で進んでいく。私はその背中に、転ばないよう気をつけながらゆっくりとついていっていた。

 辺り一面、雪景色。まさに銀世界。これだけ見たら北海道かシベリアかわからない。それくらい、周りには雪しかない。遠くの方に葉のない木が見えるくらい。

「ざっくりしすぎでしょ!」

「だって、みんなそう呼んでるんだよ」

 雪の上でくるりと体を反転させて振り向いた美雪は不服そうに頬を膨らませている。ほんと、顔は最高にいい。

「雪原に名前なんてつけても仕方ないじゃん。どこの雪原も、雪しかないんだよ?」

「なんでそんな何もないところに、連れてきたのよ!」

「人がいるところは嫌だと思って」

「ここまでいないとさすがに不安になるから!」

 周囲には私と美雪しかいない。雪原の真ん中に、二人だけ。何かあっても助けなんてこなさそう。

 しかし私の訴えは、美雪のジト目に封殺された。

「でも、基本的に人込みに行けばカップルがいるよ?」

「う」

「そもそも傷心旅行でこの時期の北海道って選択が間違ってるんだよ」

「うう」

「おねーさん、考えなしって呼ばれない?」

「ううう、うるさい!」

 言われたことはある。それこそ、北海道に来る直前に姉から散々言われたし、付き合っていたころに元カノからもそう注意されたことがあった。

 美雪は私の反応にエヘヘと笑うと、髪を揺らしながら、近づいてきて、私の手を取った。

お互い、厚手の手袋をしていたけど、彼女の体温が確かに伝わってきた。

「人込みを避けたら、北海道には雪原しかないよ?」

「笑顔でとんでもないこと言うな。全道民に謝れ」

「私だって道民だもん。道民が言うんだから、間違いないですぅ」

 本当に生意気な態度だ。でも、顔がいいから許してしまう。

「ねえ、本当にこれ、観光なわけ?」

 とはいえ、どれだけ言われようとその不安が拭えないから、そう確認すると、美雪は「しつこい」と前置きをして、自信満々に言い切った。

「ほんとだって。もうちょっと歩けば、いい場所に着くよ」

「……わかった」

 すでに雪原を歩き始めて、それなりに時間が経っている。今更見知らぬ雪原を一人で引き返す勇気もないから、私は美雪と並んで歩き始めた。 

 雪に慣れているはずの彼女も、ペースを私に合わせてくれた。

「おねーさんさ」

「おねーさんもいいけど、留美って呼んでよ」

 別に深い意味があったわけじゃない。ただ実の姉がいる身で『おねーさん』と呼ばれることに何か違和感を覚えていた。

「いい名前だね。じゃあ、留美さんはさ」

「うん」

「なんでフラれたの?」

 さすがに叩いた。頭をパシーンと、漫才のツッコミみたいに叩いてやった。

 でも、私は厚手の手袋をしていたし、美雪はおだんごのついたニット帽をかぶっていたから、彼女は全然痛くなさそうだった。

「気遣いをしなさい、気遣いを!」

「だってぇ、気になるから」

「なんなの、最近の若い子ってこうなの……」

「最近のって……私、十八だよ。留美さんとそんなに変わらないでしょ」

 思わず「え」と声をあげてしまった。

「うそ……てっきり中学生くらいかと思ってた」

「よく言われる。でも、もう免許だって持ってるから」

「マジか」

「まあ、東京と違って北海道は車ないと不便だから」

 なんか、隣で歩く少女が急に大人びて見えてきた。ちなみに私は免許を持ってない。貯金はしていたけど、そのお金で北海道に来ている。

「留美さんは何歳?」

「は……二十歳」

 嘘です。二十一歳です。

 そんな小さな見栄は美雪にはどうでもよかったらしく「そっか」と流された。なんか傷ついた。

 ただ、お互いの歳がわかったことで、なんだか距離感が縮まった。

「関係が続かないって言われたの」

 そのせいで、あの失礼な質問に答えてしまっていた。

「え」

「女同士だったから。高校のときに私から、当たって砕けろーって感じで告白したら、いいよって言ってくれたの」

 語りだした私を美雪はからかうこともなく、黙って話を聞いてくれた。

 私は色々と思い出しながら続けた。

「仲、良かったんだよね。付き合ってからは、会ってない日がないくらい。初めてのクリスマスに処女も捨てたし、私も奪った」

「急に生々しくなったね」

「当たり前みたいに同じ大学に進んでさ、大学でもイチャイチャしてた。でもね、二十歳を超えたくらいかな? 相手が悩んでることに気づいたのは」

「……それは、女同士ってことに?」

「多分ね」

 彼女がそういうことに、迷いや悩みを抱えているのは気づいていた。だから、話を聞こうとしたけど、取り合ってくれなかった。何度言っても素直になってくれなかったから、私も見て見ぬふりをした。

 そんな綻びがあの破局へと繋がった。

「現実的じゃないから続けられないって言われた。カッとなって、カフェオレぶっかけた」

「うわ」

「そしたらケーキ投げ返された」

「えぇぇ」

「そのまま掴み合いになって、警察呼ばれて、家から追い出された」

「怒涛すぎない?」

 口に出してみると、確かにそうだった。いや、自覚もちょっとはあったけど。

「東京嫌だなって思って、北海道に来たの」

 白状するなら、そうしないといけなかった。彼女のことを忘れないといけない。ただ、東京には思い出がいっぱいあって、寂しくなる。だから見知らぬ土地に来た。

 頭を冷やすのに北海道はいい選択だったと思う。ここより寒いとこなんて、そうないはずだから。

「どうしてフラれたかは、そういう理由だと思う。他にもあるかもしれないけど」

 わがまま言いすぎたかもとか、ベタベタしすぎたかもとか、思い返せばきりがない。でも、そんな私を彼女は好きだって言ってくれていた。だから、他の理由は考えたくない。

 はぁぁと息を吐き出すと、冷たい外気にさらされた吐息は、白くなって、消えていった。

「……ひどいね」

 美雪が、似合わない低い声でそう断罪した。

「え?」

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