サガギクのせい


 ~ 九月九日(月) 30センチ ~


  サガギクの花言葉 僅かな愛



 さすがに三年生のこの時期になると。

 自習の時間が増えるのです。


 もちろんそれには理由があって。

 現在、三年生自由参加の特別授業が行われているのですが。


 体育館での、大学受験に備えた特別セミナー。

 視聴覚室での、就職試験の傾向と対策説明会。


 ただ、そんな貴重な授業を投げ打ってでも。

 俺たちにはやらねばならぬことがあるのです。



「ようし! これで全部盛り込んだ!」

「こ、こんな事ほんとにできるかな……」

「ん。……大ボリューム」

「いや、まだまだよ! このクラス、ここからだってお構いなしにアイデア出してくるじゃない!」

「確かにそうなの」

「うう、胃が痛い……。おくすりおくすり……」


 気付けばなし崩しで。

 文化祭実行委員にさせられた俺たちは。


 最高責任者であるいいんちょに見守られながら。

 土日返上、今日も授業をまるで聞かずに。


 今、ようやく計画書を書き終えたのです。


「でも、さすがに手が足りないのです。また工務店にお願いします?」


 同意を求めて見つめてみたものの。

 神尾さんは、既に三本目となった胃薬の瓶を。

 首から下げた毛糸の紐に結わえ付けるのに一生懸命で。

 聞いちゃいないのですが。


 ……なぜ、胃薬の本数が分かるのかって?

 それは簡単なのです。


 だってこの人。

 空になった瓶も結わえたまんまなので。


 首から下げた紐の瓶。

 お互いにぶつかってカランコロン。


 この首輪。

 呪いの儀式でも始まりそうな事になっているのです。



 そんな神尾さんの代わりに。

 話を聞いてくれるのは。


「でーもここは他のクラスを巻き込んで、あーくまでも学生の力だけでやろう!」

「なるほど。それは一理あるのです」


 この企画を。

 パワフルに引っ張る野口のぐちさくらさん。


 大人っぽい容姿なのに。

 髪を子供っぽくサイドテールにして。


 大胆な行動力を発揮するのに。

 誰よりも冷静な彼女。


 色々な形でギャップが混在する。

 大変魅力的な方だと思っていたのです。


 ……でも。


 穂咲と同じ。

 三票しか入らなかったのですよね?


 本当に良くない事なのですけれど。

 人気投票以来。

 妙な色眼鏡で女子を見てしまう俺なのです。

 

 「とは言え、他のクラスはもうとっくに出し物決まっているでしょう。協力してくれるでしょうか?」


 不安げに野口さんを見つめると。

 彼女は、大胆な側面を俺に見せつけます。


「そーのクラスにだって、何か諦めていた演出とか飾り付けとかあるでしょう? そこを聞きだして、あたしたちが叶える代わりに手伝ってもらえばいいのよ!」

「それじゃ、トータルで仕事量が変わらないのです」


 俺は正論をつぶやいたのですが。

 夢中になった野口さんは留まるところを知らず。


「だーれかの希望を誰かが叶える! それで文化祭全体のレベルが上がるなら、こーんなハッピーなこと無いじゃない?」


 席を立って力説すると。

 隣の席から、ぽふぽふと拍手が聞こえてきたのです。


「きっと世界はそういうふうにできてるはずなの。素敵なの。何でも手伝うの」


 この演説に。

 目に涙をためて感動しているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 野口さんと鏡映し側にサイドテールにして。


 細長い花びらが独特な。

 サガギクをその結わえ目に活けています。


「よく言った! じゃあ、穂咲はあたしと一緒に一年生の説得に付き合って!」

「もちろんなの。さくさくはほんとに素敵なことを言うの。感動なの」


 威勢良く叫んだ野口さんが。

 穂咲の手を取って立たせると。


 穂咲は俺の手を取って立たせるのですが。

 カブとしては、たった二人に引かれても。

 抜けざるを得ないのです。


「まつりんと瀬古も頑張って! 本番はここからよ!」

「そうだね。みんなの希望を、具体的にシナリオにしないと……」

「ん。ゲームの趣旨説明も盛り込みながら、導入部分考えよ?」

「いいんちょも……、いろんな意味頑張って!」

「こりこりこり……、いたたたた……」


 子供たちのあれやりたいこれやりたいを。

 笑顔でなんでも叶えてくれるお母さんも。


 さすがに今回は胃が痛そう。


 ブラック・カミオンの出現が。

 秒読みになってまいりました。


 ……あの状態になった神尾さんは。

 大変面倒。


 お昼休みのチャイムと同時に。

 俺は、腕を引かれて。

 教室の外へ連れ出されながら。


 お前だけが頼りだと。

 胃薬の瓶へエールを送ったのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



「体験型RPG?」

「剣と魔法を携えて、ダンジョンを攻略?」

「そーう! そーれを手伝ってもらいたいの!」


 お昼休みの、一年生の教室。

 球技大会を通して顔なじみとなった皆さんを前に。

 野口さんが、得意の演説を始めたのですが。


「いえ、俺たち……」

「劇をやることに決まっているんですけど……」


 皆さん揃って当然のように。

 困惑顔を浮かべるのです。


「とーぜん当然! その分、私達も手伝うから! 例えばそれ!」


 そして野口さんは。

 教室の隅で。

 舞台衣装を作っていた一団を指差します。


「クラスの皆と一致団結! たとえそれが拙くても構わない! その気持ちは分かるけど、それならこう考えて! ……学校のみんなで一致団結! 得意なことで、好きなことで思う存分力を発揮しようって! だから、嫌々衣装作りする必要なんてない!」


 そう言われた一団は。

 図星を突かれてはっとしたのです。


 さすがは野口さん。

 人の心をつかむ名人なのです。


「……穂咲! GO!」

「がってんしょうちのすけなの」


 そして野口さんに命じられた穂咲が。

 衣装係の元へ向かうと。


 こちらもさすが。

 皆さんの、不安な気持ちをまずすくい取ります。


「だいじょぶなの。衣装作りを取り上げたりなんかしないの。だってそれは、クラスのみんなで分担した仕事でしょ?」


 穂咲の言葉に。

 ほっと胸をなでおろした皆さん。


 でも、そこで雛ちゃんが。

 穂咲に食って掛かります。


「じゃあ、お花先輩は何を手伝う気で来たんだよ」

「んーと、例えばその胸元なんだけど……」


 穂咲はちらりとデザイン画を見て。

 手近な余り布を手に取りながら。

 ポケットから自前の裁縫セットを取り出すと。


「こんな感じに、段々を付けたかったんじゃない? この方がお姫様っぽいの。あたし達が衣装作った時も試行錯誤して、これにたどり着いたの」


 本番用の衣装には触れずに。

 あっという間に胸のフリル部分っぽいものを作り上げて。


 衣装係の皆さんから。

 拍手喝采を浴びたのです。


「さ、さすがお花先輩……。でも、アタシたちも自分の力でやり遂げたいんだ。それを邪魔されるようで嫌なんだけど」

「そんなことしないの。お邪魔にならないようにアドバイスだけするし、力仕事の手が足りなかったときとか、今のフリルの縫い方とかで頼ってくれればいいの。あと、普通だったら客席は半分も埋まってない所を立ち見まで出すほど宣伝するの」


 そんな穂咲の言葉を引き継いで。

 野口さんが、宣伝の方法を説明すると。


 皆さん、急に乗り気になって。

 メリットがあるなら考えてもいいかと。

 前向きに検討すると約束してくれたのです。


「……良かったのです。ご理解いただけて」

「うるせえぞおっさん。そういう事ならアンタにも手伝ってもらおうじゃねえか」

「早速ですか。でも、喜んでお手伝いするのです」

「そうかよかった。じゃあ、この衣装に袖を通してみてくれ」


 え?

 待ってください。


「……なぜ、ドレスに?」

「これ、コタローが着る衣装なんだ。おっさんと似たような体形だし」


 まあ、俺と小太郎君。

 サイズはほとんど変わらないですけれど。


 でもね?

 そういうこっちゃなくて。


「……小太郎君が着るの? これを?」


 椅子に座ったままニヤニヤとする雛ちゃんへ。

 当然の疑問をぶつけている間にも。


 穂咲を筆頭に。

 きゃっきゃとはしゃぎながら。

 皆さんが俺にドレスを着せ始めます。


「二年前、中学の頃にここの高校見学に来た子がうちのクラスにいてさ。そいつの熱意に打たれて、アタシたちの劇、男女逆転の白雪姫になったんだ」

「あ、あたしです。丹下たんげといいます」


 すると衣装係の中から。

 ちょこんと頭を下げる女の子。


「……急に何のお話です?」

「その時、体育館で劇の練習してた人のことが忘れられないらしくって。男の人がドレス着て、それはそれは艶やかな白雪姫を演じてたんだってよ。おっさん、そんな話聞いたこと無い?」


 ほう。


 初耳ですね。


 初耳ですので。

 丹下さん、目を丸くして俺のドレス姿を見つめるのやめてもらえません?


「それにしても……、おっさん。妙に似合ってるじゃねえか。気持ち悪さがハンパねえけど」

「まあ……、初めてじゃないですから」


 そんな受け答えに、誰もが目を丸くさせる中。

 丹下さんは、俺にサインをねだり始めたのでした。

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