第3話査問

 島の奥地で私は、何が視えたんだと魔術師達から詰問されていた。


 私はええと、と言葉を濁した。光の毬のような彼らについて隠していた後ろめたさと、結局彼らについて何もわからなくて、どう説明したらいいか分からないという事実が私をそのようにさせたのだ。

 とりあえず、光の塊のような物が視えると答えた。目は合わせずに。いや、目を合わせることができなかった。そんな私の様子を訝しんでまなじりを上げる魔術師達。


 その後ろで、あ!と声が上がった。魔術師達の内一人だ。どうやら彼は複数の魔眼代わりのゴーグルを持ってきていたようで、いくつも着け直してやっと何かを視たようだった。彼も光の毬のような彼らを視たのだろうか。何の魔眼の代用で視えたのだろうかと不思議に思いながら、多少わくわくとした気持ちで次の言葉を待った。

 だが、彼は多量の魔力塊の反応が見えると言った。ただの大気中の魔力マナじゃない。塊だ、と。どうやら光の彼らではなかったようだ。いや、あれらはただの魔力塊だったのだろうか。いや、それにしては、あまりにも生き生きと動いていた気がした。

 魔術師達のリーダーは何かで記録を取っておけと命令を下す。すぐさま魔術師達はゴーグルの様子を撮ろうと魔道具を持ちだした。ただのカメラより何か良い機能があるのだろうかと私はぼうっとその様子を見ていた。

 すると魔術師達のリーダーに肩を掴まれた。お前の記憶も視るからな、と。

 確か、この島の調査隊には過去視持ちも派遣されていた。その眼は、視た人物に蓄積された記録を覗き視ると聞いていた。それも記憶のあるなしに関わらず。そして、その瞳を持つ人物の元々の所属は、査問委員会だった。私は問題ありと判断されたようだった。


 それから一通り記録が終るまで私は魔術師達に拘束をされていた。とは言っても、縄で縛られていたわけでもなく、単純に周りに見張りをつけられただけだった。

 作業が終わった魔術師達は私の周りを固めて拠点へと帰る道筋を歩いた。ここに来るまでに斬撃に襲われ続けていたというのに、道を見失っていないのは流石としか言えなかった。実際はただ嘆息しただけなのだが。

 ちなみに私はこの時、既に道が分からなくなっていた。なので、過剰に警戒をして私の周りを固める魔術師達が少し可笑しかった。私には彼らに従うしかないからだ。それになにより、私には帰る場所などどちらにしろ拠点しかないうえ、私は多少特殊な視覚を持つだけで彼らの裏をかくことなど夢のまた夢、不可能なことだった。


 拠点に着くと、辺りはもう薄暗かった。すぐに魔術師達の内一人が奥のテントに向かった。しばらくすると厳めしい男達数人が後ろからついて来た。そして、魔術師達と交代するように私の周りを固めた。言葉少なに奥のテントへと行くように言われ、私は大人しく従った。道中言葉は交わさなかった。

 そして、テントの中に入り、入口の傍にあった椅子に座らせられた。テントは広く、中央には大きな円卓があった。円卓の上にはマッピング途中であるこの島の地図と筆記用具、資料があった。普段は会議室代わりに使われているのだろうが、一調査隊員でしかない自分には関係のない場所だったなと考えていた。テントの中には人が数人居て、円卓の上にある資料や筆記用具、マグカップなどを片づけていた。広いテントのわりには中に居る人間が少ないなと思っていると、あとから続々と人がやってきた。

 そして、一番最後に現れた男が一番奥の席に座った。その人こそが過去視の瞳を持つ男、査問委員会に所属し、この時この島の秩序を任されていた人間。名前は、ブライト。正直その時はうろ覚えだったのだが、このあとの査問の開始時にそう名乗ったのだから間違いない。


 そして夜になった頃、厳かに査問が開始された。


 まずはブライトの脇に居た人間が口を開いた。今回の査問の主旨を述べる言葉だった。本日の調査で異常の発見があったこと。そして、それについて何かを知っているようにも関わらず閉口している人間がいること。私のことを言っているのだった。そしてブライトが今回の査問を取り仕切らせていただきますと言い、名乗った。

 私は言葉を投げかけられることを予測して、身体を固くしていたが、予想外の事にブライトは先程まで私と行動を共にしていた魔術師達に眼を向けた。そして、あなた達が同行して今回発見をしたのですねと声をかけた。魔術師達は答えようとしたが、それを遮るようにブライトがなるほどと言って、視線を切ってしまった。魔術師達は困ったように言葉を発しようとした口を閉じた。

 そして次に、今度こそ私に眼を向けて見つめた。私は思わず視線を外した。その時、私の身体は緊張に支配されていた。実際のところ、私自身はさして悪いことをしたと思っていなかったが、多少の隠しごとしていたのは確かであり、全ての過去を見通す眼を持つ者に見つめられるのは、恐ろしい気がしたのだった。

 ブライトは私を見つめたまま、フムと言って言葉を続けた。あなたはまるで生物のように動くその光の塊について黙っていたのですね、と。

 周りは突然の言葉に戸惑った顔をしていたが、生物のようにというフレーズに引っかかったようだった。何か新種の発見をしていたのか、渡り鳥以外にこの島に生物が居たのか、なぜそんなことを黙っていた!と口々に言葉を私に浴びせかけた。

 その中で私はできうる限り平静を保とうとしながら弁明をした。

 見つけた時は混乱し戸惑っていたこと。

 自力で正体を確かめようとしていたこと。

 何も分からず、調べもしないで報告するのは気が引けたこと。

 どれも嘘は言ってなかった。事実そうとも考えていたからだ。それでもやはり、少しの間でいいから愛らしい光の彼らのことを自分一人の秘密にしたかった、少しの間でいいから独り占めしたかったというのが大きかったのだが。

 ブライトは私の言葉を聞くと微笑んだ。まあ、気持ちはわからなくもありませんがね、と少し砕けた口調で言った。私は驚いて、彼の瞳を真正面から見返してしまった。砕けた言い方をしたことに驚いたわけではない。完全に心の内を読まれていたからだった。過去視だけでなく読心もできたのだろうかと。

 今に思うと、単純に私から視た過去に心情が付随していただけだったのだろう。私の過去から私の心情を読んだ彼は厳しい目になって、ですが隠し事をしていたことはいただけません、と責めた。そして、そのままつらつらと語った。

 曰、私達は今、一丸となって一刻も早くこの島について解き明かさなくてはいけなくて、しかも本国にある組織の本部にことが露見する前に迅速に終わらせなくてはならない。そして、そのためには何かあれば、すぐに知らせるべきだったのだと。

 私はただ、申し訳ありませんと頭を下げるしかなかった。そんな重大なことだとは思わなかったのだと言えば、それはあなたが判断することではありませんと、ぴしゃりと言われた。全くその通りであった。


 気付いたら、テント中は少しざわついていた。どうやら後ろでは魔術師達が取った記録が回されていて、ヒソヒソと話しあっていたようだった。ブライトがため息をつき、ともかく例の土地を調査しましょうと言った。そして、私を見て、もちろんあなたにも手伝っていただきますと言った。本部に露見する前になんとしてでも―――


 その先の言葉はかき消された。


「ほう、我らに露見すると拙いことがあるのか?」


 重く響く声。

 そして、激しい風の音。

 テントが捲れ上がる。

 轟音と共には現れた。


「はて、下部組織の様子がおかしいと来てみれば、こんなところに集まっているとはな」


 グルルとそれは唸る。

 折りたたまれる広く大きな翼、大きな顎。その身を覆う硬い鱗。

 この時多くの者は恐怖に顔を蒼くしていた。

 だが、私は生まれて初めて見るそれに興奮していた。


「さて、どういうことか説明してもらおうか」


 臓腑に響く声では、私達を見下ろして言った。

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