ホシタミ

やとやなか

ホシタミの復活

第1話 シン 不思議な少年

■星の呼び声


起きて。起きて。

彼女(わたし)を止めて。

あの剣がまた形を成す前に。


私の炎を――



■9月14日 10時50分


 終業式を終えて、急いで走っていたナヤの視界に、信じられないものが飛び込んできた。自分と同じ年ぐらいの少年が、〝舗装〟されていない竹林を歩いていたのだ。

 思わず立ち止まり、少年を目で追う。少年は、どうにも焦った様子でキョロキョロと辺りを見回しながら、何かをつぶやいている。「どうなったんだ?」「くそっ!」と繰り返し言っているようだが、それ以外の言葉は聞き取れない。


 なんにせよ、声をかけなければならない。

 舗装されていない場所を歩くなんて、まさに自殺行為だ。いつ魔獣がでるともしれない世の中で、ヒトが安心して通れるのは、女神の力で舗装された道だけなのだ。いや、舗装された道でさえ、下位の魔獣は現れる。中学生ぐらいなら問題なく対処できるレベルの、本当に下位の魔獣だが。


「おーい! なんでそんなところにいるんだ! 危ないぞー!!」


 ナヤが声をかける。その声に気づいた少年は、こちらをキョトンとした目で見ている。どうやら、ナヤを見て驚いているようだ。その全く危機感のない姿を見ていると、ナヤの方がはらはらする。


「はやくこっちへ! 魔獣が出ると危ないぞ!」


 そう叫んでも、しばらくは呆然とナヤを見ていた少年だったが、突如ハッとした顔をして、ナヤの方へ駆けながら声をかけてきた。


「そこの君! ここはどこだ!? スサノオはどうなった!?」


 道路の近くまで来ると、少年は素早くフェンスを乗り越え・・・られず、足を引っ掛けて転んでしまった。しかし、そんなことを全く意に介さない様子で立ち上がった少年は、ナヤの肩をつかんでじっと目を見てきた。離れている時には気付かなかったが、その出で立ちは異様そのものだった。黒く短い髪は、いつから洗っていないのだろうか、というほどぺったりとしていて、肌も泥だらけ。緑色で元々は動きやすいスポーティーな長袖長ズボンだったであろう服も、ボロボロでこちらも泥にまみれている。挙句の果てには、靴を履いていない。臭いということはないが、森の中に入った時にするフィトンチッドのような独特な匂いがする少年だった。だが、そんな外見の違和感が吹き飛ばされるほどの焦りと期待、そして異常な熱が込められた目をしていた。


「君はヒトか? ヒトだな!

 しばらく気を失っていたみたいだ! スサノオはどうなったか知らないか!?」


 肩をつかむ手にぐっと力が込められ、ナヤは困惑した。そして、どうも目の前の少年は頭がおかしいらしいと理解した。

 スサノオといえば、はるか古代の神話の人物で、その伝説を知らない人はいない。どうなったかだって? その神話の顛末なら、小学生だって知っている常識だ。それをこんな剣幕で聞いてくるなんて、自分をからかっているのだろうか? ……ただ、彼の目が、決して冗談ではないのだと訴えかけてくる。


「えーっと、スサノオって、あのスサノオ?……〝草薙剣(くさなぎのつるぎ)〟の、あのスサノオ?」


 〝草薙剣〟という言葉を聞いた少年は目を見開き、その目にはさらに熱がこもる。戸惑いながらも、ナヤは言葉を続けた。


「それなら、この〝舗装〟された道路を見たらわかるだろう?

 スサノオは死してなお、ヒトを支配しようと魔獣を生み出し続けているって、学校でも習うよ。というか、学校以前に、生まれた時から昔話で何度も聞くし。そんなことを必死に聞いてくるなんて……君、大丈夫?」

「道路? 昔のこと? ちょっと待て!! スサノオとの戦争から、どれぐらい経ったんだ?」


 ナヤの話が終わるかどうかというタイミングで、少年が興奮気味に質問をしだした。これまた突拍子もない質問だ。


「どれぐらいって言われても……。そもそも、そんな戦争、本当に起こったかどうかもわからない言い伝えじゃないか。大昔の、何千年も前に起こったっていわれている話だよ。」


 その言葉によほどショックを受けたのか、少年は魂が抜けたかのように呆然としている。古代からタイムスリップしたという設定で遊んでいる変人なのだろうか? そんなことを考えながら、段々と気味が悪くなってきたナヤは、そっと少年の手を自分の肩から外した。

 その瞬間、自分が急いでいたことを思い出した。登校してすぐ、病院にいる父から連絡がきたのだ。「もうすぐ妹が生まれるぞ! 学校が終わったら全速力でこっちに来なさい!」と。


「ご、ごめんね。僕、急いでるんだ。」


 ナヤは少年を置いて小走りにその場を立ち去ろうとした。ところが、さっきまで硬直していた少年が、また目に炎を灯してすぐ後を走って付いてきた。


「ちょっと待ってくれ、もっといろいろと教えてくれ! 聞きたいことが山ほどあるんだ!」


 おいおい。いよいよやばいぞ。声をかけなければよかった。変なやつに絡まれたなぁと後悔しながら、ナヤはスピードを上げ、必死で走った。それでも彼は付いてくる。


「くそっ、体が重い! スピードが出ない!」


 そんなことをブツブツつぶやきながら追ってくる。もうこれは恐怖だ。不気味を通り越して、恐怖しか感じない。幸い、少年はさほど足が速くないようだ。後ろを気にしながら、ナヤは全力で走った。しかし、後ろに気を取られすぎていたのだろう。しばらく走ったところで、何かに躓いたナヤの体が、ふわっと宙に浮いた。


「痛っ!」


 転んだ。体に衝撃が走り、目の前がチカチカとする。中学生にもなると、転ぶこともそうそうない。久々の転倒に、心臓がドキドキと動き出している。かっこ悪いなぁと自己嫌悪に陥りながら、振り返って躓いた地点を確認してみると、そこにはこぶし大の、猪型の魔獣がいた。

 道路に入り込んだ魔獣に気づかず、足をとられたようだ。

 擦りむいた膝を気にしつつも、ナヤは慌てて魔獣との距離をとった。一人だけのときに魔獣に出会うのは三度目だ。一度目は怖くて逃げ回っていたら、通りすがりの女性が退治してくれた。二度目は、魔術を乱れ撃ちしたら、たまたま当たってなんとかなった。……そう、一般的な中学生ならなんなく対処できる程度の魔獣だが、ナヤにとっては強大な敵なのだ。怖くなるとすぐに腰が引けてしまうナヤには、『ビビりナヤ』という不名誉なあだ名がつけられている。小学生のときは散々イジメられてはいたが、中学生に上がってからは別にイジメにあっている訳ではない。ただ、クラスの中では誰からもバカにされている。そういう立ち位置にいる男子中学生だ。


 ナヤは呼吸を整えながら、魔獣を見つめていた。

 どうしよう、何とか対処できるだろうか? 僕一人で? あのサイズでも突進されたら痛いだろうな。嫌だな。怖いな。……いやいや、そんなんじゃダメだ! 生まれてくる妹のために、立派で自慢できる兄になるんだ。父とそう約束したじゃないか。やるしかない!

 ナヤは短く息を吸うと、自分を奮い立たせ、鞄から短剣を取り出した。その瞬間、魔獣がナヤに向かってまっすぐに突進してきた。足が震える。心臓が一層うるさく脈打つ。異常なほど喉がかわいていることにも気付いた。それでもナヤは目一杯の勇気で魔獣に短剣の先を向け、力を込めて叫んだ。


「Fire(ファイア)!!」


 短剣が光を帯び、炎の刃が飛び出して魔獣を貫いた。魔獣は小さく唸り声を上げ、黒い煙となって宙に消えた。そして、その一部始終を、先ほどの少年は驚いた様子で見ていた。魔獣を見た瞬間に頭から消え去っていたが、そういえば、この少年から逃げていたのだった。


「お前、ホシタミだったのか! ヒトじゃなかったのか!」


 少年がまたも興奮気味に語りかけてくる。ナヤは、少年が何を言っているのかわからなかった。

 ホシタミ? 僕が? ……ほんとに変なやつだなぁと思うと同時に、魔獣を退治できたという安堵の気持ちが沸いてきた。そこにすりむいた膝の痛みがごちゃ混ぜになって、なんだか笑いがこみ上げてきた。目の前の変な少年を邪険にする気も失せてしまった。


「あはははは! ほんと、君って変だよね。

 はぁ、もういいや。僕はナヤ。君の名前は?」

 短剣を鞘に収め、鞄にしまいながらナヤは少年に質問した。

「あ、そういえば名乗っていなかったな。俺はシンだ。よろしく!」


 母が入院している病院まであと少しだ。そこまで歩きながら、この変な少年の話にちょっとだけ付き合ってあげようか。

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