とりあえずお宅訪問かましときゃええんや

 アンゼイル・タイプとは、厳密にはアンドロイドのような機構を持った人造人間であり、サイボーグとも違う生体兵器らしい。中でも96ヱ型の殲滅力と制圧力は抜きんでており、瞬間的な出力だけで言えばシリーズの最後を飾った99型を上回るという。


「つまり?」

「ほぼ勝ち目なしですね~」

「古いタイプなら勝ち目あるの?」

「30型辺りなら~、ギリギリ10%は~」

「でもでもますたぁ! 最終決戦モードってスゴイんだよ!! 新型相手に5%勝率がある時点でスッゴイんだから!!」

「どちらにしろ不確定要素と不利な要素が多すぎる。そもそも型落ちとはいえ戦闘用オートマギアとアンゼイル・タイプが衝突すれば、半径50km区域に甚大な被害が及ぶ。ますたぁを守れない。戦闘は避けるべき」

「むーにゃの案を採用。戦闘は基本なしで行こう」


 えー、と不満そうなまーにゃと相変わらずうふふ笑いしているめーにゃ、そして狐耳をぴこぴこさせ心なしかどや顔気味のむーにゃ。勝てない戦いをされて天井を穴あきのまま放置されても困る。あと巻き添えで消し炭になりたくない。


 さて、件のアンゼイル・タイプはどういう訳かユヅキに招き入れられ彼女の家に居るそうだ。何やってんだお前。本当に何やってんだお前。誘拐だぞ。と思ったが、その辺は流石未来と言うべきか、アンゼイル・タイプが色々小細工しているらしい。


「その、何だ。人質とられたって可能性は?」

「ドロイド・ポリスの大原則があるから絶対出来ないよ!!」

「そもそもむーにゃたちの目的からすれば取る人質を間違えているし」

「うふふ~。でもアンゼイル・タイプとユヅキさん、とっても仲が良さそうだったわ~」

「ああ、ユヅキはだいたい誰とでも仲良くなるタイプだからな」


 で、件のアンゼイル・タイプの遠隔撮影映像を見せてもらう。

 そこには、夢中の表情でいちごプリンを貪る美少年がいた。

 年の頃はまむめーにゃとそう変わらないくらいだろうか。口元にいちごソースを付着させたままプリンを食べ終え、空になった器を物悲し気な雰囲気で見つめている。あっ、ユヅキが自分の分を一口食べさせやがった。表情は動かないが凄い嬉しそうだ。


「ホントに人造生体兵器なのかこの子? それとも演技なの?」

「さあ~。アンゼイル・タイプは決戦兵器の類だし~、脳を生体化することでブラックボックス化してるから~、詳細は不明ですね~」

「もしかしたら生体兵器ゆえに人間性があるのかも!」

「殲滅兵器に人間性を求める確率は極めて低いし。擬態の確率大と主張するし」


 埒が明かないな。調べようにもみーにゃ姉妹は見つかれば即破壊のリスクが高いし、かといって放っておくのも収まりの悪い感じがする。


「しょうがないな……僕が何も知らない風をしてユヅキの家に遊びに行って情報を収集する。僕は普通に現地の人間だし、ユヅキにも様子聞いておきたい」

「男の嫉妬だぁ!」

「違うわッ!!」

「女性に対する独占欲と予想」

「子供相手に対抗意識燃やすかぁッ!!」

「行くんだったら~、手土産を用意すべきですね~」

「有能かめーにゃはっ!!」


 情報収集、話の進行と補足、そして気遣い。現時点で親機である筈のみーにゃより優秀なんだが。流石口調はゆったりなのに効率化の役割を背負っているだけはある。なでなでして進ぜよう。


「という訳で~、美味しくて食べやすい一口タルトを作りましょう~! ますたぁも~、手伝ってくださいね~?」

「うん……えっ、作るの!? 僕お菓子作りとか初経験なんだけど!?」

「うふふ~、でもますたぁが作らないと~。ね~?」


 めーにゃのニコニコした細め気味の瞳が、妖しく煌めいた気がした。


 数時間後、僕はユヅキの家のインターホンを鳴らしていた。インターホンのスピーカーから音質の悪い、しかし聞き慣れた声が聞こえた。


『あれ、ゴロー!? どしたの急に?』

「いや、実はみーにゃに教わってお菓子作りにチャレンジしたら思いのほか作り過ぎちゃって。余ったのを貰って欲しいついでに感想聞きたくて来てみた」

『うっわ似合わないことしてる~! あ、でもミーニャちゃん監修ってことだから味は確かと見た! カギ空いてるから入っていいよ~!』


 遊びに来るのは久しぶりだ。言われるがままに家に入ると、微かに芳香剤の香りがする玄関内の廊下が目に入った。奥から私服のユヅキが笑顔でやってくる。


「へいらっしゃい!!」

「寿司屋かっての。あー、急に悪いな」

「許すかどうかは持ってきた手土産で決めようじゃないの! で、どれどれ?」

「籠に入れて持ってきてるから慌てんな。リビングのテーブルに置くから」

「じゃあお茶会としゃれこもうか! お茶の準備するわ!」


 数年ぶりの訪問だが、ユヅキは相変わらず快活だ。タダでお菓子を食べられると聞いて楽しみにしているという現金な所もあるだろうが、昔から余り変わっていない。

 ……いや、私服姿のユヅキは若干新鮮でちょっと意識してしまったことがないこともないが、努めて平静を装おう。両親が色々あっていないらしい家。リビングは綺麗に掃除整頓が行き届いている。むむ、昔は片付け苦手だった筈だが、さては女子力身に着けた?


「さて、お菓子のお披露目だ」

「どれどれぇ? ……わっ、ミニタルト! やだ、フルーツまで乗せてお洒落に出来てるじゃん! てっきりクッキーとかラスクぐらいかと思ってたら気合入ったもの作ってきたね!」

「僕も初挑戦で小洒落たもの作らされるとは思わなかったよ。指導もなかなか厳しかったしな……」


 スマホで写真をパシャるユヅキだが、そこに至るまでなかなかのスパルタ指導を受けた。

 やれ卵黄の混ぜが甘い、やれ生地が平らになり切っていない、やれオーブンから出すのが少し早いと鬼教官めーにゃである。素人なので甘めに見た所もあるそうだが、完成したときの達成感もひとしおだった。


「いちごタルト、ブルーベリータルト、桃タルト、クリームチーズ風タルト、チョコタルト、ナッツ&クリームタルトだ。全部二つずつあるけど、これでも半分以下に減ったんだぜ」

「一口サイズとはいえ。こんなに食べたら夜ご飯食べられなくなっちゃわない?」

「走ってきてお腹減らせば?」

「あはは、安直すぎでしょ! あ、そうだ。これだけあるし……おーい、クロエ~!」


 何かを思い出したように、ユヅキが家の二階に聞き慣れない言葉を放つ。暫く何も上から物音は聞こえなかったが、ユヅキはもう一度大声で呼びかけた。


「いちごタルトがあるからおやつにあげようと思ったけど、降りてこないなら一人で食べちゃおっかな~!」


 数秒後、トトトト、と小刻みな足音を立てて件のアンゼイル・タイプが降りてきた。とりあえず表情は不思議そうにしておく。


「こら、慌てて降りたら危ないって言ったでしょ?」

「この程度の段差と傾斜で転倒する確率は極めて低い」

「そんなこと言う子にはタルトあげません」

「……………善処する」

(すごい苦渋の決断感出てる!)

「ふふん、よろしい。あ、ゴローは初めてだよね? この子はクロエ! ええと……そう、親戚から一時的に預かってる子なの!!」


 ちょっと考えたなお前。隠し事してる僕から言うのもなんだが、その最初の「ええと」の間の開け方、怪しまれるレベルの奴だったぞ。


「見た目外国人っぽいけど、お前親戚に外国人いたっけ?」

「従姉妹に外国人と結婚した人がいてさ。この子はちょっと言葉のチョイスが不自然かもしれないけど、日本語会話は問題なしよ!」

「ふーん。名前はそのクロエってのでいいのか?」

「正確には対アリオート人型殲滅兵器、アンゼイ――」

「クロエだよ! クロエ・マギアくん! なんか海外で流行りのアニメか何かの影響でちょーっと不思議なこと言うからその辺察してね!」

「……………」


 クロエ少年めっちゃ不満気だぞユヅキ。

 というかクロエくん、きみ自分の正体隠す気皆無かよ。めっちゃ名乗っちゃってるじゃん。おいユヅキ、お前事情知っててフォローしてんのか本気で思ってるのかどっちなんだよ。

 とりあえず挨拶をする。


「ユヅキの友達のゴローだ。よろしくな」

「当該機は違法な時間退行を行った疑いで、対アリオート人型討伐兵器を改造した女性型オートマギア一機を捜索中のドロイド・ポリスである。情報提供を求む」


 クッソどストレートに聞いてきた。

 もしかしてこちらの事情がバレてるのだろうか、という思いが顔を引きつらせる。ただ、ユヅキはそれを僕が少々気分を害した風に感じたのか、目尻を吊り上げてクロエくんを叱った。


「こら、クロエ! 挨拶されたら挨拶を、自己紹介されたらきちんと名前を名乗りなさい!」

「……」

「タルト」

「……ペットネーム、クロエである。美原ユヅキの家に居候をしている。相互に良好な関係となることを望む」

「あ、ああ。まぁ時々しか会わないかもしれんけど、仲良くしような」


 未来の殲滅兵器が幼馴染の尻に完全に敷かれている。しかめっ面で差し出された手を握手しながら、もしかしてこの子ユヅキに言う事信じてもらえてないのではないだろうかと思った。遠回しにアンタはこっちの言うこと信じてくれよ的な雰囲気があった気がする。


 ――なお、タルトの味はユヅキに良と判断された。

 クロエくんは一つ一つタルトを黙々と食べていたが、いちごタルトだけ食いつきがよく、あっという間に食べ終わった後にちょっと寂し気な顔をしていた。

 余りにも寂し気でいたたまれなくなった僕が「次に持ってくるときはいちご多めにしようか?」と問うと、「ゴローとは良好な関係を築ける確率99%」と言われた。


「もう、本当にいちごが大好きね、クロエは」

「モモとチョコも興味深かった」


 どうしよう、クロエくんの僕を見る目が輝いている気がする。そんな顔されたらお兄さん悪い気しなくなっちゃうよ。


 アンゼイル・タイプ……顔は無表情で言葉も事務的だが、甘味に対する執着が凄い生物兵器は、ユヅキの淹れた緑茶を口にして「苦みを検知。危険な成分が含有されている可能性がある」と実に子供っぽい言い訳をしてお茶を避けようとしていた。

 あかん、この子可愛い。こんなあざといまでの無表情ショタ相手にユヅキの理性が暴走しないか若干不安になってきた。

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