3-8.届けたい思い

 神様は基本的に長生きで死ぬことはないけれど、いずれはおのれの役目を果たして去ろうとする。

 その後継ぎとなる存在もまた、神様として生まれる。神社にたたずむ大きな木に宿る神様の力により、実がなるように子どもがたくさん産まれる。

 そのうち一人がアタシ……まだ未熟な神様の見習い。

 未熟だからフラフラと目についたものにとりつき、人間と意志を疎通する者もいるという。

 たまたまこの世に生まれ落ちる前の蘭ちゃんを見て、興味を持ったのは……すでに他の子と異なる存在感を感じていたのだろう。

 やがて生まれ育ち、生きづらさと孤独に一人抱え込む彼女を見つけ、アタシは彼女の中に入った。夢の中の蘭ちゃんは本当に女の子の見た目だったから。ずっとそうだと思ってた。

 精神状態が直結する夢の世界だから、全てが蘭ちゃんの思い通りになってた。いい意味でも、悪い意味でも。だからすごく落ち込んでた日は世界の環境が悪かった。なんとか直そうとアタシは無意識に力を使って、夢の世界だけでも蘭ちゃんの思い描くカワイイにあふれさせた。

 蘭ちゃんの中身がアタシの居場所だと思ってた。でも……違ってた。

「なんで忘れてたんだろ、アタシ……」

「夢の世界とは本人の潜在意識によって形作られるものです。

 そこにおじゃまして、いかがでありました?」

「……すごく、楽しかった……

 蘭ちゃんの好きなものはみんなかわいくて、アタシも夢中になってた……

 だからアタシの好みも蘭ちゃんに近付いてきて……アタシはもう一人の蘭ちゃんだと錯覚するようになったんだ」

 でも実際は、アタシは蘭ちゃんじゃない他人……他から生まれた存在だった。

 蘭ちゃんとの時間に夢中で、自分が何者かを忘れるなんて……

「しばらく外に出ないと、常識や感覚がひとりよがりにおかしくなるのが世の常です。蘭太さん以外の人間と過ごさず、ずっと、あの人のもとに住んでたんですね」

 とりついた、と言わなくなったことに彼の優しさを感じる。

「蘭ちゃんが起きてる間もずっとそこにいたんだ。……はずかしい話、自分はもう一人の蘭ちゃんだって勘違いしてたから」

「しかし、おかげで蘭太さんは人間が持つべき『楽しむ心』を忘れずに済みました。無自覚とはいえ、あなたの力の使い道は正しいものかと思いますよ。

 『忘』れる、とは、心を亡くす、と書きます。あなたは人の心を、命を救ったのです。

 となれば……蘭太さんを救えるのも、またあなたということになりますね」

「そんなことできるの!?」

 でも、いくら呼んでもこたえてくれなかったよ?

「蘭太さんは今、どの夢を見ているのでしょうか?」

「ずっとアイドルになってライブやる夢を見てるの、大きな舞台でアタシのことを忘れるくらいに歌って踊ってたんだ。

 でもその夢は色がなくて……全然かわいくない……」

「なるほど……虚ろなステージですか。

 それは精神を安定させようと本能が働いていますが、歪んだ感情がモノクロで表現されております……あなたのご加護を拒むほどの強い意志……蘭太さんの望んだ世界が、現実にはありませぬゆえ……

 あなたはもう一人の自分がこのまま戻らないのは、嫌なんですよね?」

「そんなのやだっ、そりゃつらいこともたくさんあるけどっ!

 ストレスに押しつぶされて死んじゃうなんてやだ!! なにより、ずっと閉じこもってたら……一生、自己完結のままになっちゃうよ……一人だけじゃなにも生み出せない、なにも自分の知りたい世界が知れない!

 男だからダメなんて誰が決めたの、蘭ちゃんは蘭ちゃんだよっ!! そこは絶対に変わらないよ!」

「……あなたの言う通りです。

 それゆえ、己に限界を感じたら自分の存在意義に疑問を持ち出し、繰り返される自問自答の末にゆがみだし……今度こそ蘭太さんが壊れます。

 だからこそ、もう一度思い出させるのです。彼の望むものを……」

 確かに蘭ちゃんの見る夢は深い紫の、天の川がキラキラ輝く夜空がメインだ。それが蘭ちゃんが好きな『かわいい』。そして、蘭ちゃんから見える自分とアタシの姿、それが……

「夢かわいい……」

 ふしぎな魔法で、美味しいお菓子、かわいいアクセサリー、しゃべるウサギやネコのぬいぐるみ、ユニコーンを出して歌いあった。笑いあった。毎夜いい夜Good nightだった。

 だから蘭ちゃんはそっちに残ることを選んだ。

 だって『しょうがない』じゃん。蘭ちゃんを否定するものもない、ありのままでいられる世界なんて、あそこしかないんだから。

 他の子と違う、親に捨てられた、それだけでも人間ってつらさでおかしくなるんだよ。

 それでも……夢の世界が『かわいい』にあふれてるのは、蘭ちゃんにとっての希望だからなんだよ。

 でもそれだけじゃない。蘭ちゃんが本当に欲しかったのは『それを一緒に楽しめる友達』。つまりアタシだけど、現実だってきっといるはずだよ。

 だって上野ちゃんがあんなに心配してくれたってことは蘭ちゃんのことが大好きなんでしょ? 今度一緒に遊ぼうって誘おうよ。きっともっと楽しいはずだよ!

 だから夢の中だけで満足したってどうにもならないじゃん。

 楽しい世界は、こっちのほうが無限に広いじゃん!!


***


 グンナイ、蘭ちゃん。

 五日以上も歌って踊ってるのにへっちゃらなの、すごいね。夢の中だからかな?

 ここでの蘭ちゃんは楽しそうだね、本当にここがお似合いだね。

 ……でも、ステージは白と黒しかなくて、客席のサイリウムも色がない。蘭ちゃんはこんなステージがお望みなの?

 違うでしょ? 蘭ちゃんの大好きだった世界はもっとキラキラしてて、ドリーミーで、『かわいい』にあふれてた。

 本当はつらいままなんだよね、ずっと。いくら歌っても踊っても、笑っても……世界が変わらないままなんじゃ、なんにも面白くないよね?

 だから蘭ちゃん……アタシを見て。

 終わらせよう、こんなつまらないライブ。

 アタシの力で……ステージの照明を落とした。

『えっ? 目の前が……』

 アタシと蘭ちゃんの望み通りに変えられるのなら、アタシだってそのつまらないライブを止められる。

 そして……アタシの思い通りに変えられる!

 アタシの独壇場になれば、ステージもアタシの衣装もピンクに、紫に、キラキラに満ちる!

 これが『夢かわいい』でしょ、蘭ちゃん?

『どう、して……』

『まだわからないの、蘭ちゃん?』

『なにが!?

 どうして私のステージは……色がなかったの……?

 どうして蘭ちゃんのステージはこんなにキラキラしてるの!?

 私は今まで、こんなさびしいステージで笑ってたの? こんなのじゃ』

『これが『夢』だよ、蘭ちゃん』

『夢?』

『アタシが意識の表面上にいたから、この夢はずっとアタシじゃなくて蘭ちゃんがコントロールしてた』

『コント、ロール? 蘭ちゃん、なに言って』

『蘭ちゃん、本当はつらいんだよね? ママが、唯一の家族がいなくなって。

 アタシもできたらこのままずっと蘭ちゃんに楽しい思いをさせたかった、イヤな現実は全てアタシが受け止めようとした……

 でも! ずっとつらいままじゃ、もっと気持ちが重たくなって楽しいはずの夢も楽しいと感じられなくなるの。だから色のない虚ろなステージができてるの!

 ここで笑ったって楽しいの? ちがうでしょ、もうわかってるんでしょ?

 その笑顔は、本物じゃないんだよね?』

 最初からわかってたのは蘭ちゃんも同じ。

 たえきれずにあふれた涙がその証拠だ。

『ぐすっ、うっ、わああんっ……!』

『行こう、蘭ちゃん』

『どこに……? 私は一人なんでしょ?』

『一人じゃないよ、大事な人を忘れないでよ』

『神主さんのこと? でも、神主さんは私の家族じゃないし、なれるはずが』

『その神主さんが待ってるんだよ、知子さんと一緒に!

 家族として迎え入れようとしてるの! だから心配することはなにもないの!』

 蘭ちゃんを心配してくれる人は他にもたくさんいるんだよ。

 現実はイヤなことばかりじゃないよ。楽しい、って教えてくれる人が周りにいっぱいいるの!

『それに、大切な人にアタシは入ってないの?』

『そんなことないっ、蘭ちゃんは大事な姉妹で、親友で、ニコイチで運命共同体だよっ!』

『大正解っ☆ そーだよっ、アタシもいるんだよっ!』

 だから昼も夜も楽しいことだらけの蘭ちゃんが悲しむ時間は一秒もないのっ!

『大変だったんだからね、アタシが蘭ちゃんのフリするの。神主さん、かなーり怪しんでたかも!

 だから早く戻ってよ、蘭ちゃん。この体と心の本当の持ち主は、アナタなんだから!

 みんな、蘭ちゃんの帰りを待ってるんだから!!』

『みんな……』

 蘭ちゃんに手を差し伸べる。なにも大事な人は家族とは限らない。

 友達も、先生も、近所の人も、みんな蘭ちゃんが大好き。

 だからもう怖がることはない。そしていつか……本当の蘭ちゃんを受け入れてくれる。


***


 蘭ちゃん、迷惑かけちゃってごめんね。

 私、このままでもいいんだ。

 私、この世界に生きていいんだ。

 いつか……自分らしい自分が愛される時が、来るんだよね!

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