2-3.BFF

 お姉さんは雑誌の関係者から逃げたつもりであの公園に来たらしい。

 そしてまたバレないように、敢えて原宿まで私を連れた。人込みが多いし、よっぽどのことがなければ関係者さんはここまで探さないらしい。

「あのっ、電車代……」

「いーよ、気にしなくて。こんなん安いっしょ」

「いいえ、後日きっちりお返しします」

「マジでイイ子に育てられたねぇ……わーったから、のちのちね。

 そーいや名前聞き忘れたわ。あーしは桔梗暁貴。アンタは?」

「私は……獅子尾茉莉子」

「茉莉子! じゃあまりっちだ!」

「まりっち!?」

 もしかして、私のあだ名!?

 ……あだ名なんて、初めてつけられた。

 なんか、友達みたい。

 むずかゆいような心地がするけど、全然悪くない。

「あの、暁貴さんはなんて呼ばれてるんですか?」

「あーし? あーちゃんが一番多いかな~」

「あだ名、たくさん持ってるんですか……」

「ん、トモダチ多いから♪

 で、まりっちはあーしのこと、なんて呼んでくれんの?」

 ニコ、といたずらにはにかむ暁貴さん。

 ……年上に対してあだ名で呼ぶなんて、失礼じゃないかしら。

 今だってちゃんと、彼女の二歩後ろを歩いてるから。それがマナーだって厳しく言われたの。

「暁貴、さん……」

「えー? 他人行儀! ボツ!」

「ボツ!?」

「つーか暁貴って名前が長いじゃん? だからやっぱ、『あーちゃん』のほうがシンプルで覚えやすいじゃん?」

 そのハデな格好で言われても……

 というか、どこに向かっているのだろう。初めて原宿という場所に来てしまったけど、『竹下通り』と書かれた門をくぐると、まるで別世界のように色とりどりの服を着た人たちがお祭りのような混雑のなか、スマホをつけた棒を持って撮影しようとしたり、三角形の何かを食べ歩きしたり……

 見たことのない世界が広がっていて、萎縮したような思いにかられた。

 気が付いたら、足がすくんで動けない。

「まりっち? どしたの?」

「す、すみません、ちょっと、ビックリしちゃって」

「あははっ、マジでお初なんだね? ま、ゆっくりでいいから行ってみよっ!」

 手を差し出すあーちゃん。……当たり前だけど、私のことを子ども扱いしてるのがわかる。

 私、こんな風に思われたことあったかしら? でも……悪くはない。

「どっから行く?」

「えっと、暁貴さんのご自由に……」

「あーちゃん」

 ……どうしても、他人行儀にされたくないらしい。

「……あーちゃんの、ご自由に」

「っはははは! やっと呼んだと思ったら! ホンットイイ子だわ、まりっち! あははっ……!」

 訪れたお店はみんな、初めて聞く名前のものばかり。

 でも、たくさんの学生客であふれてて、皆さん、とても楽しそう。

 あーちゃんの着てるものに似てる服も置いてある。……私に似合うのかな、この服。

 このキラキラしたネックレスもステキ……

「あっれ、あーちゃん!?」

「うそっホンモノ!?」

 あーちゃん、ってまさか。

 すぐさま近くにいる『あーちゃん』に目を向ける。

 やっぱり。ファンらしき人達が、あーちゃんに集まっていた。

 その人達も太い鎖のネックレスに、左肩だけ出してるトップスと、似たような傾向の格好をしている。

「あーちゃん、買い物してんの!?」

「まーね。だって原宿はあーしのホームグラウンドだし?」

「わーっさっすが!

 てかその子だれ!?」

 ビクリ。完全に、私のことだ。

 私よりばつぐんに背の高いお姉さんたちに注目され、肩身が狭くなる。こっそりとあーちゃんの背中に隠れた。

「今日できたBFF!」

「あーちゃんBFF多くない!? この前みちるんとBFFってインスタに上げてなかった!?」

「BFFは一人だけとは限らないでしょ? たくさん作ったモン勝ち!」

 び、BFF……

 なにかの略語なのかしら……

 楽しそうにおしゃべりしていて、感じたことのある感覚に陥る。

 ……疎外感。いつものことだ。

 私は私で、他のことを……

「そんでさー、まりっちに似合う服を探してるワケ!

 ね、まりっち!」

「えっ? は、はい」

「この子たちもまりっちに似合う服探してくれるって!」

「えーっいつ決まったの!」

「でもあーちゃんと一緒に原宿回れるとかサイコーじゃん!」

 急に決まったことなのに、快く同行してくださる。見たところ、彼女のファンみたいだけど……

「でも、皆さんのご迷惑には」

「メーワクとかそんなの抜き!

 BFFなら信頼しあってこそじゃん☆」

 ……のちに、BFFは『ベストフレンド・フォーエバー』の略であることを知った。

 あーちゃんとファンの二人がわいわいとおしゃべりを交えながらお洋服を選ぶ。時折理解が難しい言葉が飛び交うが、彼女らにとっての共通言語なのだろう。

 当時はまだ10歳ほどだったので、子どもサイズのものを探してくれた。あーちゃん達のようなデザインとは程遠いものばかりだけど、それでもクラスに着てる子がいたような気がするファッションを一着一着吟味する目つきは真剣そのものだった。

 遊び目的でギャルをやっている、なんて認識が甘かった。彼女らは私と違ってやりたいことをやっている。彼女にとって真面目にファッションに取り組み、自分を着飾っている。

 全ては『自分がどんな人間であるか』を表現するために……

「コレならまだとっつきやすいじゃん?」

「あーね!」

「ついでにコレつけちゃう?」

「よさげだわ!

 まりっち! コレ着てみ!」

「は、はいっ!」

 あーちゃんから服を受け取り、試着室に入る。

 レース生地の長袖が華やかなトップス。

 足が細長く見える、すらっとしたボトムス。

 首元にはハートの形にひねられた金のリングに、中心にキラキラ輝く琥珀のような球体がさがっていて、とてもかわいいネックレス。これはさっき私が気になって見ていたのを、あーちゃんは見逃さなかったらしい。

 ……実際につけてみて、つつましやかではなくてもいつも以上に心が高鳴ったような気がした。

 初めて履いた厚底のスニーカーは歩きづらいけど、単純に背を高く見せてくれそうだ。

 そのおかげか、背伸びしたような気分だ。

「これが……」

 あーちゃんが導いてくれた、新しい自分……


 この感覚は、新しい世界の扉を自分の力で開いたから起きたんだ。

 着たい服なのかは分からない。でも、今の自分は……人生で一番、華やかな気分だと思う。

 普段着てる服のほうが、華やかな式典の時に着るものなのに。

「まりっち~! チョー似合ってんじゃん!」

「カワイイカワイイ!」

「本当ですか……!?」

「そーそー! その笑顔だよ、まりっち!

 イイと思ったら笑いな! やっぱまりっちは笑ってるともっとカワイイわ!」

 かわいいって、私が?

 自分のことを言われたのは初めてかもしれない。お母様は私より、私に着せる服に気を使ってたから。

 ……ああ、そうだ。お母様は、こういったカジュアルなファッションは嫌いなのよね。

 今の格好を真っ先に見せたいけれど……

 最後の高い壁が怖くて、この格好で帰ることができない。

 試着室に戻り、また元の服に着直した。いつもの服を着ると、心が重たくなる。

 せっかく選んでくださったのに、申し訳ない。

「しょーがないよ、だったら大きくなってまた着てくればいーじゃん」

「いいんですか? その時まで……待ってくれるんですか?」

「だいじょーぶ、なんてったってあーしは」


「あーちゃーん!!」

「サインちょうだい!」

「ツーショ撮っていい!?」

「あーちゃんが原宿に来てるってマジだ! 撮ったらバズる!!」


「……この通り、カリスマ読モだから☆」

 どうやらファンの子がSNSであーちゃんの情報を書き込んでしまったらしく、お店に多くの人が詰め寄りかなり騒ぎになってるらしい。さっきすれ違った人たちが一気に囲んできたような感じ。

 みんな、あーちゃんのファンなんだ。あーちゃん、本当に人気だったんだ……

 ど、どうしよう。こんなにたくさんの人に囲まれたら身動きが取れない。

「あの、ど、どうすれば」

「うーん……もしもちょっと遅い時間にお家に着いてもいいなら、その隣のブティックに入れるんだけど……」

 自分の腕時計で時刻を確認する。そして、ここから原宿駅、そして最寄り駅から自宅までにかかる時間を計算。

 ……それ、ファンへの対応をするためにかなり時間を使うってことですよね!?

 私には門限がある。陽が沈むまでに家に戻らないと、家庭教師の人がひどく心配して私だけでなく、お母様に連絡を入れるはずだ。それだけは嫌だ。そもそも家出のためにウソをついた。バレたら『マジで』ただごとでは済まされない。

「ごめんなさい、お時間がかかるとなると……」

「だよねぇ、まりっちん家キビシそーだし……」

「……あの、せめて、今日私たちが出会った思い出が、ほしい、です」

 ちょっとわがまますぎたかしら。

 でも、こんな素敵な時間をくれたことを忘れたくない。

 するとあーちゃんはファンに笑顔を向けながらも、私にネックレスを買ってくれた。気になってたデザイン、覚えてくれてたんだ……

 普段からつけていきたいけれど、やはりお母様の目が心配なので、鍵付きの引き出しにしまおうと心に決めた。

「まりっち。

 二週間後、あの公園で待ち合わせね。その時はまた長い時間取れるから、もっと楽しいことしよ?

 とりあえず駅まで走っ……そうか、交通費あーしが出したんだった。これで帰って!」

 別れの挨拶を言う前に私に千円札を押しつけて、外に出るように促した。

 そんな、まだ言ってないのに。

 

 ……きっと、この騒ぎに巻き込まれないようにしてるんだ。私は元々、この世界の人じゃないから……

 小さくお辞儀をしてから、ファンの方々の隙間を通り抜ける。……外側から、あーちゃんを見つめる。

 たくさんの人たちに囲まれる彼女は、まるで別世界の人のようだった……


 夢のような時間を過ごしてしまった。しかしお母様にそれらのことを伝えることはできず、陽が沈む前までに帰宅しても、その格好は家を出たときと同じ高級ブランドのワンピースだった。


 ……その数日後。

「獅子尾さん! あーちゃんと原宿に行ったってホント!?」

「そ、それは……」

 恐るべし、SNS。原宿に来た誰かが目撃情報を投稿して、来てない人でもその情報を容易に得てしまう手軽さが怖い。

 人には肖像権という、自分の顔、容姿というもっとも表面的な個人情報が保護される権利を所持しているはずだけれど、この手軽に情報を発信できる現代には軽視されているものと捉えてもいいのかもしれない。

 こんなにうざがられてる私が、あの人気モデルと遊んでたなんて、今度は不真面目な人だと思われるのかしら……

「すごーいっ! あーちゃんと友達だなんて!」

「ねえねえ、どんなことしたの!?」

「獅子尾さんもあーちゃんのファッション好きなの!?」

 あれ……!? 想定してた質問とは真逆のことを聞かれてる!?

「え、えっと、それは……!」

「なんか意外! 獅子尾さんも好きだったんだ!」

 クラスどころか、学校中の女子にあーちゃんのことを聞かれてばかりで数日は大変な目に遭った。

 ……けど、それをきっかけに遊びに誘われたり、ファッションの話をしたりと、友達の輪に入ることができ……小学校を卒業するころには、友達と離れる悲しみに涙を流したのだった。

 お母様はきっかけは知らないままだったけれど、笑顔が増えて嬉しい、とのことだ。

 あーちゃんが、私にきっかけをくれたのだ。

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