2-1.獅子尾茉莉子のヒミツ

 『シシオスタイル』と聞けば、誰もが高級スーツブランドだと真っ先に挙げるだろう。

 紳士淑女の容姿のランクアップを社標とする、創立50年の大手ブランド。

 一着一着オーダーメイドで、着る人全てを満足させるため規律に厳しく、普段から最上級のマナーを忘れず、誇りを胸に、と職人全員に教え込んでいる。

 社長娘でもある私にも、例外ではない。立ち振る舞いからテーブルマナー、くしゃみの仕方一つ一つ。

 家庭教師が厳しく教えるものだから、全ての教えをかたく守った。成績も常にトップでなければならない。ピアノも琴も華道も書道も、所作の間違いは許されない。校則が厳しいことで有名なミッションスクール・私立聖ミスティコ女学院中等部の生徒会長も務め、人々から高い支持を得る私は、どこから見ても優等生の姿だった。

 中学生のうちにメイクをすることは不真面目。髪を巻くことも、派手な色に染めることも、華美な髪飾りも。アクセサリーも控えめに装着することこそ淑やかな女性らしい。

 ……正直、隣町の同じくらいの偏差値の私立学園のほうがうらやましい。中等部生でもメイクや染髪をしても許されるらしいから。

 けれど、両親は「不真面目が移るから」と、進学を反対した。そして女子中に進学させたのも、「中学生のうちに異性交遊をするのは犯罪の温床になる」と、根拠のない理由によるものだ。

 もちろん、両親は私を愛しているからこそ、手塩にかけて育てようとしているのだとは分かる。いくら忙しくても、私の誕生日は必ず休みを入れてフレンチの名店でお祝いしてくれるから。

 お母様に反対をしたらどうなるか。そんなの、幼いころの私が知っている。

 『シシオスタイル』の社長であるお母様は、常に娘・獅子尾ししお茉莉子まりこにも完璧を求めている。


「会長、失礼いたします。

 今朝の抜き打ち荷物検査の結果報告をしにまいりました。遅くなり申し訳ありません」

 執務中に、風紀委員の大河おおかわさんが入室する。

 人のことは言えないけれど、彼女はいつも仏頂面で笑顔が少ない。剣道部の主将も務めていることから、仁義礼智を武道で学んだのだろう。立ち振る舞いからそれが感じられる。

「いえ、まだ期限には余裕があるから大丈夫よ。

 しかし遅くなったということは……」

「はい。複数人で校則違反のものの持ち込みが発覚されまして、しかもその生徒が……」

「反論でもしたの?」

「ええ、それで先生ともめ事を起こしまして……彼女らはのちに謹慎処分になるかと」

「かわいそうに……けれど仕方ないわね。それで、その校則違反のものとは?」

「こちらです」

 報告書とともにそれらを提出する。

 ギラギラと光る字で『Oeufウフ』、とタイトルの書かれた雑誌。表紙には茶髪に金髪のメッシュを入れた女性が、無邪気な笑顔をアップで写っている。

 たしか、フランス語で『卵』という意味ね。

 サイドには雑誌の内容を伝えるかのように、大小の文字が入り混じっている。最新のメイク術、最強モテコーデ、恋愛運第一位の星座……

「ファッション雑誌ね」

「まったく、華美で下品な服装に興味があるだなんて、聖ミスの名に泥を塗るようなものです」

「そんなことを言わないで。この雑誌に掲載されている女性はみな、好きの気持ちを持って雑誌の制作に携わっているのよ」

「しかし会長、あなたのお母様は」

「お母様は関係ないわ。どのファッションも人を表すアイコン。ファッションを否定することは、その人の否定につながるわ。

 いい、大河さん。このようなものの持ち込みは校則違反で許されたものではないけれど、決して彼女らの趣味嗜好を否定しないことよ。博愛の精神こそ、神からの使命でしょ」

「わ……わかりました。すみません」

「分かればよろしい。

 それで、この雑誌は放課後まで預かるという形でいいのね」

「そうなりますが……正直、ここに置いておくのは。決して会長のお言葉を忘れたわけではないのですが、こんなものがシスターたちに知られたらひっくり返りますよ」

「ご安心なさい。彼女らも反省はしていることでしょう。

 『学院の持ち込み』が禁止だと伝えればいいのよ。シスターだって彼女らをあたたかく見守ってくださるもの」

 きっと先生方や風紀委員は「学院の生徒として恥ずかしい行いをした」という理由で違反をした生徒に喝を入れるだろう。

 この学院を卒業すれば、もう『学院の生徒』じゃなくなるのに。籠の中の鳥がいきなり大空へ羽ばたけるはずがないじゃない。

 メイクも禁止、アルバイトも禁止、品の欠けた私語は禁止、休日だって華美な私服も禁止、遊技場の立ち入り禁止……禁止ばかりの学院、息苦しくなるのも同感だわ。

 しかし立場上、それを彼女らに伝えることはできない。一つ縛り、黒ぶちメガネ、スッピン、校則を規範通り順守している生徒会長の私が校則に文句を言う……滑稽かしら?

「ということで大河さん。彼女らをここに呼んでもらえるかしら? シスターや先生方に代わって、私が代わりに伝えるわ」

「はっ、かしこまりました。それでは失礼いたします」

 ポニーテールを揺らして丁寧にお辞儀をしてから生徒会室を後にする大河さん。

 私は彼女より低い位置で一つにまとめている。常識的な範囲であれば、一つ縛り、二つ縛り、もしくは三つ編みを作ってよいとされている。

 逆に言えば、それ以外の髪型は許されない。

 常識的、なんて誰がその範囲を決めたのだろう。

 結局は受け取る側の杓子定規次第なのに。

 ……私だって、興味ないことはないのよ。

 この雑誌を持ち込んだ彼女らも同じ。

 自分の知らない世界を知りたくてこの雑誌を購入して、友人と共有したかったんだ。

 私も……

「いつかこの服が似合うような人になりたいわ……」

 なんて言ったら、大河さん驚くかしら。

 私こそ、この雑誌の中に飛び込みたいくらいに、厚底の靴をはき、長いネイルを施して、まつ毛をばさばさに盛ってフォトジェニックなものに酔いしれたい。

 そんな世界を教えてくれてから……私の世界が色づいたのよ。

 ねえ、今どこにいるの?

 今でも同じ空を見上げてるのかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る