魔女さんの家に滞在中です 4

(※後半部、ヒロイン視点に戻ります)


 上空を静かに旋回飛行する小型魔獣ヴォルセリウスの姿を認めて、ダレンはすぐに状況を理解した。


 聖女と魔王が所在不明になってから、丸一日が過ぎた。

 リィエが身につけていた魔道具を破壊して追跡を困難にしたうえ、アラクネの布の魔力遮断効果もある。


 潜伏場所を突き止めるのに、いくら精鋭揃いの研究室が総力を上げたとしても、数日はかかると踏んでいた。

 とはいえ、魔獣の協力を得たならば話は別だ――しかし。


「魔獣を使ったにしては、時間がかかりましたね」


 王都からここまで、今そこに停まっている特別車で急ぎ駆け付ければ、二時間ほどで到着可能のはず。

 それを飄々と指摘されても、ルドルフはダレンから視線を逸らさない。


「魔女の元とは考えたな」

「……ただの偶然です」


 この国では、隣国ミルトラのように魔女を束縛はしないが、王宮が存在を確認したとなると話は別だ。

 魔女は、魔法を自在に使える稀有な魔力保持者でもある。

 そんな人物を公的に把握してしまえば、為政側としてはどうしたって監視下に置かねばならない。


 それを避けるためにトラウィス国では、見て見ぬふり――つまり、「魔女と王宮は互いに不可侵」というゆるやかな暗黙の了解が、政策として長く執られている。


 だがこの度、魔獣ヴォルセリウスによって聖女と卵の居場所が示され、そこが魔女の住まいであるということまで判明してしまった。


「『魔女』の件を内密に処理するのと、自分も行くと煩い陛下と殿下を置いてくるのに、手間がかかった」

「陛下と、殿?」


 方々に根回しをして情報は研究室で預かり、上層部は知らなかったという体裁を整えることはできた。

 しかし、王族が直接来てしまっては元も子もない。


「うちの陛下と、ミルトラの王太子殿下だ」

「王太子が、なぜ」


 魔女の件に関しては表情を変えずうそぶいたダレンだったが、隣国の王族と聞いて、さすがに声音に困惑が混じる。


「聞いてどうする」

「……それもそうですね」


 王太子殿下は、連れ去られた息子の情報を一刻も早く得たいが為に。そして陛下は、おおかた純粋な好奇心から。

 自分も行くと子どものようにごねる二人を、途中で説得も面倒になり、ほぼ力づくで置き去りにしてきたのだった。


「来たのは我々だけだ。魔女殿も安心されよう」

「魔女はいませんよ」

「……そういうことにしておいてもいい。二人は無事だろうな」

「当然です」


 幾分、圧を緩めたルドルフが、乗ってきた車を肩越しに指す。


「続きは車中で聞く」

「いえ、せっかくですが」


 乗るようにと指示をされても、ダレンは動かない。

 待ちきれないとばかりに音を立てて助手席から降りたジョディが、無言で後部座席のドアを開けた。


 ルドルフが重ねて告げる。


「ダレン・カーディフェウスト。選択権は与えていない」


 運転席には、サイレンサーをつけた魔道具をハンドルの下で構えるフィルが座っている。

 ダレンがさらに周囲を視線だけで窺って、もう一度ルドルフと目を合わせた、その時。


 二人の背後にある大通りの交差点から、どす、と何かが落ちる音と同時に、悲鳴とどよめきが響いてきた。

 振り返ると、驚いて逃げ出す観光客たちと、囃し立てる子ども、そこにシーツのような布を持って駆け寄る商店主という、不可解な光景が広がっていた。


「や、やだっ!?」


 騒ぎの中心では、なぜか全裸の男性二名が尻餅をついて呆然としている。

 不運にもしっかり見てしまったジョディが、真っ赤になった顔を両手で覆う。


「おっ、薬草泥棒か」

「ははは、魔女さんは今日も容赦ないな!」


 通りすがりの地元民と思しき二人連れが、慣れた様子で声を立てて笑いながら通り過ぎる。遅れて、地元警邏の巡回員が駆けつけるのも見えた。

 ダレンがさっと顔色を変えたのに気づいたのはルドルフだ。


「なんだあれは……おい、ダレン?」

「話は車中で」


 ルドルフを押しのける勢いで乗り込んだダレンにつられるように、車はすぐさまその場を後にした。




 §




 どこからか、声にならない悲鳴が聞こえた気がした。

 読んでいた本から意識を戻して耳をすますけど、変わったことは特にない。


 ――気のせい、だよね。

 そう結論づけてまた文字を追い始めた時に、ドン、と扉を叩く音がして、今度こそハッと顔を上げる。


「誰?」


 鳴り続ける扉の音に、慌てて本を閉じる。

 ダレンさんなら鍵を持っているはずだから……じゃあ、薬を買いに来たお客さん?

 でも、私が勝手に売るのはダメだろうな。薬だし、そもそも鍵がかかった棚の中だろうし。


 予想外の来客にうろたえる間も、訪いを告げる音は一向に止まない。

 

「あ、はーい、今行きまーす!」


 とりあえず用件を聞いて、ダレンさんの帰りを待ってもらうか出直してもらうかの二択だろう。

 うっかり終章まで読み進んでしまった魔法薬の本をティーテーブルの上に置いて、急いで玄関へと向かう。


 今も叩き続けられている扉には、覗き窓が付いている。

 そこにかかっている布を捲って――思わず二度見した。


「……え?」


 薬を買いに来たお客さん、じゃない。

 扉の向こうの人は小窓越しに私と目が合うと、ほっと安心したように表情を緩めて、ようやく扉を叩くのをやめた。


「ちょ、ちょっと待っ、い、今開けますからっ」


 なんでこの人が?!

 ええと、鍵って――ああ、よかった私が知っているシリンダーキーと同じ。

 待たせちゃいけないと思いながら焦って解錠し、扉を開く。


「す、すみません。お待たせを」


 傾いてきた午後の日差しに透けて、豪奢な金の髪がキラキラと輝いている。

 眩しさに目を細めると、後光を背負った美形は、すっと手を差し出してきた。


「よかった、無事だね。さあ、ここを出ようか」

「え、えっと、あの」


 私の居場所はすぐにお城の人が突き止めるだろうって、エドナさんは言っていた。

 ダレンさんも否定しなかったし、私もそうだと思ってた。


 でも――


「どうしたんだい、リィエ。そんなに驚いた顔をして」


 今、私の目の前に立つのは陛下とよく似た、ブロンドに碧眼のイケオジだ。


「あの、まさか閣下……え、本当に?」


 外出は必要最低限。自邸と王宮、直行直帰の公爵閣下がここに!? 


 予想外すぎた人物の登場に頭の回転がストップした私は、差し伸べられた手も取れないまま固まってしまったのだった。




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