魔女さんの家に滞在中です 2

「~~~ッ!」


 朝食後、リビングへ戻るときにうっかり室内獣道から外れた私は、転がっていた木材にしたたかに脛を打ち付けて悶絶した。


 痛ったー、これ絶対、青アザになるやつ!

 中腰でぷるぷるしている頭の上から、ダレンさんの声が掛かる。


「大丈夫か」

「……掃除しよう、ダレンさん! 今すぐ!」

「あ、ああ」


 涙目で見上げた私のドスのきいた声に、ダレンさんはやや引きつり気味に頷いた。


 実は、躓いたのは今が初めてではない。

 これ以上ぶつかってなにか壊したりする前に、動線を確保しないと危険だ。それに、最初にダレンさんも転んだしね。


 他人の物を勝手にいじるのは気が咎めるけれど、なんといってもエドナさん本人から「住むなら片付けもしておきな」と言われた……と、記憶している。

 あれはそういう意味だったと思う、多分。

 ここにいつまで住まわせてもらうのか現時点ではハッキリしないから、必要最低限の範囲になるけれど。

 

 というわけで、まずはリビングから。

 しかし、あきらかにゴミ以外のものに関しては、私では要不要の分別や収納場所が分からない。

 なので作業は分担制で、私が物を集めて仕分けするところまで。あとはダレンさんにお任せだ。


 空き瓶や空箱、書き損じの紙くずなどはゴミでいいだろう。これらは処分するモノ置き場へ景気よくぽいぽい。

 ラベルが可愛いビンとかに手が止まりそうになるけれど、今は何も考えずに機械的に動くのがコツ。

 片付けが終わってもまだ未練があったなら、その時に回収しに行けばいい。


 部屋の真ん中にあった大きな壷は、中を覗き込んだダレンさんが渋い顔をして庭に持って行った。

 ……なにが入っていたんだろう。

 知りたいような気もしたけれど、空気を読んで触れないでおいた。


 それにしても、エドナさんの清浄魔術はすごい! 

 大きな汚れがないから、並行して掃除をする必要がなくて非常に助かる。

 いいなあ、この魔術……私も使いたい、ぜひ。

 練習したらできるようにならないかな。


 その後にまだ散らかっているものを大別すると、本や届いた手紙などの紙類、服などの布類、木の実や枝といった自然物、の三種類が主のよう。

 なので、それぞれを種類別に分けていくことにする。


「そういえば、この家の妖精さんたちって掃除は手伝ってくれないんだ?」


 畑の世話をしてくれる妖精さん、家内は担当外なんだろうか。

 そんな疑問がふと浮かんで、部屋の反対側にいるダレンさんに訊いてみる。


「ガーデナーの妖精さんとかだったりする?」

「いや。師匠との契約が庭と畑だからだ。室内に関しては基本的に管轄外だ」

「契約なんだ?」

「人間だって雇用には契約を結ぶだろう。同じだ」


 意外! なんとなく、もっとふんわりとした関係だと思っていた。

 ビジネスライクな妖精さん……うーん、イメージが。いやしかし、これが現実。


「はあ、なるほどー……で、エドナさんは庭仕事を任せているんだ」

「薬草畑が広いからな。師匠は部屋が散らかっているのは平気だから、その分、向こうの手入れを優先させている」


 淡々と話す声を聞きながら窓の外を眺めると、庭のあちこちで風に揺られたのとは違う動きをしている草木が目に入った。

 あの辺で、畑の妖精さんは今はお仕事中なのかもしれない。

 そう思うと、なんだか楽しい。


 ダレンさんがゴミを捨てたりしに庭に降りると、動きがピタッと止まって、奥側にさーっと隠れるのが葉っぱの動きで分かる。

 ああ、本当に人見知りなんだ。驚かしたり、邪魔しないように気をつけないと。


 部屋のあちこちには、大きいどんぐりみたいなツヤツヤした木の実が落ちていた。リスの気分になりながら拾って歩き、空いているガラスの大瓶に一時避難させる。

 細い枝は集めてみると一抱えほどで、同じ種類で長さ五、六十センチほどに揃っていた。こちらもまとめて、その辺にあった麻縄で束ねておいた。


「何に使うんだろ。枝は暖炉の火付けで、実は食用? でも、それならもっと量があってよさそうだし。んー、薬かなあ」


 自分で言いながら、それは無いと思う。

 商売物の薬に関してだけは、エドナさんはきっちりしているようだった。

 道具と補助材料こそ台所のテーブルに出しっぱなしだったけれど、素材は鍵付きの棚にしっかり管理されていた。床に放ってなんかおかないだろう。


 途中にとった休憩のとき、二階から例の栗を持ってきてようやく食べた。

 甘栗っぽくて、もちろんおいしかったけど、一つくらい熱々で食べたかったと思ってしまった。……言わないけどね。


 午後になり、布も一カ所にまとめると、リビングは大分すっきりした。

 やはり掃除抜きで片付けに専念できると捗る。


 と、作業を中断したダレンさんが腕まくりを戻して、大きな窓を閉め始めた。


「少し出てくる」

「あ、うん。じゃあ、本を片付けておくね」


 そう言うと、また意外そうな顔をされてしまった。


「なに?」

「いや……」


 あ、もしかして。


「勝手に出て行かないよ。ここで待ってる」

「……そう、か」


 短く吐いた息は、ため息だったのか安堵だったのか分からない。


「道も分からないし、変な人に遭遇しても嫌だし。で、ダレンさん。お城に連絡は、」

「しない」


 そこは譲らないんだ。まあ、だと思ったけど。

 ……なんだかもう。


 苦笑いを浮かべる私から目を逸らして、ダレンさんは「本は書庫に」と、台所とは違うほうの壁にある扉を指さす。


「書庫? 入ってもいい?」

「構わないが、一人で戻そうとするな。……なるべくすぐ戻る」


 ダレンさんは手袋を掴むと、さっさと出て行ってしまった。

 閉じた玄関扉に錠が下されるガチャンという音が響く。


「困った人だね……」


 口調と態度はアレだけど、あんな理由を聞いちゃった以上責めにくいというか。

 ポンポンと撫でながら愚痴ると、それまで静かだった卵が少しだけ震えた。


「お掃除始めてから静かだなあ。今日はお昼寝長いね」


 朝から大騒ぎした私に同調して疲れたのかもしれない。

 そうだったらごめん。


「……どうするのがいいのかな」


 今の状況――ダレンさんと、お城の皆と、不審者たちと、卵。

 ……それに、私。

 本来、考えるまでもないんだろうけれど。


 また眠ったらしい卵をもう一度撫でると、床に落ちている本へと手を伸ばした。





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