この告白も想定外です 1

 中学に入ったばかりの深夜だった。

 両親の寝室は出火元に近く、気付いた時には遅かった。年の離れた弟はまだ親と一緒に寝ていて、三人揃って犠牲になった。

 私が助かったのは、単に運が良かっただけ。


 両親はあまり社交的ではなくて、特に祖父母が亡くなってからは両方の親類とも深い付き合いはなかった。

 それでも、責任感か世間体を気にしてか、小さな会社を経営していた伯父が、私の面倒を見てくれることになった。


「伯父さんの独断でね。伯母さんも従兄も思うところはあったはずなのに、表には出さなくて。あの人達には感謝しかないんだ」


 そうはいえ、居心地の悪さというものは、どうしたってぬぐえない。

 私だけが感じていたのではなく当然、彼らも。


 私という予定外の扶養者が増えたことで、従兄が行きたかった私立の学校を諦めたと知ったのは、引き取られてしばらくしてから。

 それもあって、自活できる年齢になるとすぐに伯父の家を出た。


「出たは出たけど、学費とか全部自分で賄えたわけではないから。伯父さんには、その後もかなり負担をかけたよね」


 就職してから、ようやく少しずつ返すことができるようになった。

 そんな必要はない、と何度言われても送金を止めなかった。最終的には諦めてもらう形で受け取ってもらい、それ以外の連絡はほぼ絶った。


 もうこれ以上、あの親切な人達が私に関わらなくていいように。

 あの子は放っておいて大丈夫、と思ってくれるように。


 でも、あの事故でまた迷惑をかけてしまっただろうなあ。

 ほんとゴメン。せめて、故意に落ちたのではないと分かってもらえてますように……防犯カメラ、仕事してるよね?


 それにしても、火というものは怖い。

 全部焼けちゃったから、写真もデータも、赤ちゃんの頃のオモチャも通知表も、思い出の物ってなに一つ残らなかった。

 両親は披露宴をしなかったから、伯父の元には結婚式の写真だってなかったし。


 残ったのは、私自身だけ。

 でも、それももうない。

 火傷の痕も、母親似の目も残っていない、まっさらな体になってしまった。


 きっと両親は、娘の体から傷痕が消えたことを単純に喜ぶと思う。

 ……でも私は。

 年数が経ってなお、時々引き攣れた様な痛みを感じる痕でも。


「見るたびに、懐かしく思ったりしていたから。別に、この新しい体に文句はないんだけど、なんて言うか、ちょっと……うん」


 寂しいとか、悲しいとかではなく。


 ――またか、と。

 残しておきたいと思うものほど、あっけなく離れてしまうのは、どうしてだろう。


「……リィエ」

「あ、」


 ――って、爽やかな朝に、何を話しているんだ、私。

 はっと我に返ると、収穫鋏を持ったままのダレンさんが、苦いものを含んだような顔をしていた。

 だ、だよねー、よく知らない相手からいきなり過去話されても、反応に困るって。私だったらすっごく困る。


「ごめん急に! ダレンさんの、見たら思い出しちゃって」


 場所がね、ほぼ一緒だったんだよ。

 記憶が刺激されて、つい。申し訳ない。


 取り繕うように、布の中の卵を抱き直す。

 やだなあ、卵までちょっと気まずそうじゃない。ごめんってば。君は悪くない。

 むしろ、この子がいてくれて、私がどれだけ救われているか。


 朝日を遮る影が落ちて顔を上げると、ダレンさんが傍にいて驚く。意識と視線を卵に向けていたから、近くに来たことも気づかなかった。

 ダレンさんは深く息を吐くと、言いにくそうに呟いた。


「……悪かった」

「え?」


 苦虫を嚙み潰したような声で謝られて、今度は私が困惑する。

 なんで? と思って気が付いた。

 雰囲気が、昨夜と同じだ。


 私が召喚されたのは自分のせい、とか言っていたあの時と。

 

 ダレンさんはさっき下ろそうとしたシャツの袖を、逆にぐいっと捲り上げる。

 現れた蔦模様は、手首の近くから肘の上まで続いていた。


「俺のこれは、リィエのとは違う」

「あ、うん、そうだね」


 どう見ても、意図的に描かれた模様だもの。ヤケドの痕とは違う。

 ただ……線はシンプルで綺麗だけど、どことなく浮世離れしている感じがする。そう言った私に、ダレンさんは自嘲気味に唇の端を上げた。


「浮世離れか……確かにその通りだ。これは、呪いのようなものだから」

「呪い?」


 物騒な言葉に目を瞠る私から顔を背けると、ダレンさんは持っていたハサミでいきなり自分の腕を切りつけた。


「は!? な、なにやっちゃってるのっ!!??」


 模様を引き裂く様に走った傷からは、当然のように血が出る。

 ポタポタと地面に落ちる鮮血に慌てる私にお構いなしに、ダレンさんは近くの花壇の角を指さす。


「ちょ、止血っ、もう、バカ?!!」

「あそこに置いてあるのが見えるか」

「はぁ?! なに今そんなことっ!」


 いいから、と譲らない様子に、ローズマリーなどのハーブが植えられた丸い花壇をちらりと見る。端っこの土の上に、長方形の石を組んだものが置いてあった。

 門というか、鳥居というか。

 ガーデンオーナメントにしては地味だな、というのが第一印象。


「見た、見たからいいでしょっ、はやく手当!」

「あれはフェアリーゲートだ」


 知っているか、と訊かれて首を振る。

 言葉のままなら『妖精フェアリーゲート』だけど、そんなこと今はどうでもいい。ちょっと、ガーゼとか包帯とか!


「そう、そのままの意味だ。そのゲートを通って、妖精は自分達の国とこの世界を行き来する」

「へえ……じゃなくて!」

「基本的に、妖精は関わらなければさほど悪影響はない」


 イタズラはするが、植物の成長を促してくれたりといった利点もあるという。ふうん、なるほど――って、講義は後だってば!

 なんでこんなに悠長なの、もう!


「妖精が起こす一番大きな厄介ごとが、『妖精の取り替え子』だ」

「え、なに? 取り替え?」

「身代わりを置いて、人間の赤ん坊を連れ去る」

「それは誘拐というんじゃ」

「そうだな」


 はやく手当しないと、なのに。

 怪我を忘れたようなダレンさんの話が、どこに向かっているのか分からない。


「取り替え子は、数年程度で本来の親元に戻ることが多いが、身体に印が残される。俺のこれは、取り替え子だった証だ」


 そう言って、ダレンさんは腕を持ち上げて見せる。


「――は」


 あんなに流れていた血は既に止まり、切られた傷口は閉じかけていた。




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