収穫祭の長い一日 4

 陛下と王太子が少しトーンダウンしたことで、しきりに時計を気にしていた宰相がおずおずと声をかけた。


「お、恐れ入ります。そろそろお時間が……」

「わかった。フレッドも行くぞ、お前も着替えとか準備があるだろう」

「なに? 私はまだ話が、」

「続きは後だ。そうだ、代わりに置いていかれたその石は持っているのか?」

「あ、ああ、これだ」


 胸の内ポケットから大事そうに取り出した石は、たしかに人型をしていた。しかし、その色にフィルとジョディが意外そうにする。


「あれ、赤なんですねえ」

「本当だわ。青い石かと思ったのですけど」


 全体的にはグレーがかった淡い赤で、部分的に濃い赤茶が入るマーブル模様。

 ぱっと見て分かるような魔力は感じないが、どこか浮世離れした印象を受ける石だ。


「青? どうしてそう思う」

「実はな、フレッド。トラウィスに現れた『魔王』の親は、竜だ」

「え、そうなのか……青……」

「いや、先に竜という符合を聞いていたから、勝手に石も青だと思い込んでいただけだな。預かっていいか? ここの研究室で調べたら、もう少し何か分かるかもしれない」

「……分かった。頼む」


 息子の身代わりに置かれた物ゆえ、手離し難いのだろう。終わったらすぐに返すように、と何度も念を押された。


「大丈夫だ。聖女達もお前の息子も、うちの頼りになるザヴィナクルーエルがどうにかする! な、そうだろう?」

「……かしこまりました」

「し、室長、顔がコワイですぅー……」


 また丸投げか。

 頼んだぞ、と逃げるように退室する陛下と引きずられていく王太子殿下、それを追う宰相を見送ると、室内には大きな溜息が落とされた。


 と、その中に苦笑が混じる。

 顔を向けると、公爵閣下がゆっくりと立ち上がった。


「閣下」

「すまないが、甥のためにもう一肌脱いでくれ」

「承知しております」


 ……相変わらず陛下の助勢が上手い方だ。

 拒否できる立場でもないが、肩に手を置いて重ねて言われてしまえば、断るすべもない。


 閣下は部下達のほうへ向き直ると、ピシリと固まった二人にも鷹揚に声をかける。


「君達にも期待している」

「は、はいぃっ!」

「恐れ入ります」


 顔を赤くしたフィルと、模範的な礼をしてみせるジョディに閣下は満足気に頷いた。


「というわけで……予算は融通できるね、チャットウィンデザール卿?」

「と、当然でありますっ!」


 突然話を振られた子爵が、慌てて立ち上がり直立不動で敬礼をする。取り乱しすぎだろう。


「あ、子爵まだいたんだぁ……」

「しっ、聞こえるわよ、フィル」


 額の汗はそのままだが、途中から見事な空気っぷりだった。

 しかし、ここまで知ってしまったからにはせいぜい働いてもらおう。


「さて、さすがに時間がないので、私も行くよ。失礼」

「わ、儂も失礼するっ」


 閣下に続き足早に子爵も出ていくと、心得たようにジョディとフィルも動き出す。


「じゃあ、僕たちも行きましょうかー」

「室長。リィエとその石、どちらからにします?」

「愚問だな」

「ですよねえ。『妖精の取り替え子』の話が本当なら、急ぐ話でもないですしー」


 ――取り替え子は、連れていかれた先で養い子として育てられ、時期が来ると本来の親元に帰る場合がほとんどだ。


 戻った取り替え子に対する偏見は、残念ながら存在する。しかし少なくとも命の危険はない。

 代わりに石が置かれるのは珍しいが、そもそも、妖精のすること全てに意味を見出せるはずもない。


 連れて行かれた先が人の世とも限らなく、探したところで見つかる可能性は高くない。

 時を待つのが最善かつ唯一と普通は考えるのだが……魔女がいなくなったミルトラでは、こういった知識も消えてしまったのかもしれない。

 まあ、継承問題や披露目などの事情もあるし、あの王太子の様子だと単純に息子が心配なのだとは思うが。


 王族依頼の外交問題ではあるが、国の最優先はあくまで『聖女と魔王』

 赤子は、即奪還ではなく、居場所と将来的な帰還が確認できれば約定を果たしたことになるだろう。


 その返答に安心した顔を見せた二人に、今後の予定を告げる。


「ひとまずこの石は解析班に任せる。……ヴォルセリウスは、どうにかして呼べるか」

「あっ、その手がありましたかー!」

「そうね! リィエが使っていたボール、あれを森で転がしてみましょうか」


 魔獣のヴォルセリウスはリィエを気に入っている。捜索に手を貸してくれるだろうし――きっと、の居場所も知っている。


 だからいわば、王太子の依頼はついでだ。

 そうでなければ、命令とはいえこんな時に引き受けはしない。


「それにしても、リィエは大丈夫かしら……」

「心配ですねえ」


 思い出した部下達が神妙になる。

『聖女』だからか、それとも召喚の時の事情がそうさせるのか。彼女は随分と、ここの者達の心を掴んでいる。

 塔の部屋で待っていたミセス・ヴォルトゥアリーズも、事態を説明したら青い顔で座り込んでしまったほどだ。


 リィエ自身はむしろ、親しげに振る舞いながら、周囲とは一線を引いて深入りしないように用心している様子が垣間見える。

 事故で命を、召喚でルーツを断たれたことによる依存を懸念したのだが、結果は逆だ。

 面倒がないとはいえ……どうにも気にかかる。


 護衛もアラクネの糸も、魔石の防犯具も。

『魔王』のためであると同時に、どこか危ういリィエ本人を守るため。

 その事実を彼女だけが分かっていない。


 ふと視線を感じると、部下達が何か言いたげな表情でこちらを見ていた。


「なんだ?」

「あのリィエに渡した魔石のイヤリングって、室長が個人的に用意したんですよね」

「それがどうかしたか」


 予算はあるが、申請の手間と時間が無駄だった。

 その返事にジョディとフィルは顔を見合わせる。


「ねえ、やっぱり卵が孵ったら、リィエには研究室で働いてほしいわね」

「ですねえ! 彼女がいると、室長がややマイルドですしー」

「は?」

「あっ、僕は先に行ってまーす!」


 あっという間に走り去るフィルに、廊下に立つ護衛騎士がいぶかしそうな目を向けた。


「なんだあれは」

「逃げ足の早いこと……室長も、自覚なさすぎですよ」

「なに?」

「いえいえ、なーんでも。ま、いい傾向です」


 どこか楽しげに肩を竦めたジョディを怪訝に思いながら、研究室へと向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る