第27話 決戦

 真也とエイルはそこから学校へと走って向かった。校庭に広がる赤い海。ちょうどその時さきほど千沙に攻撃していたイレイザーがライムの触手に捕まってしまっているところだった。


「や、やめろぉッ!」


 ライムの体から出てきたイレイザーウェポンによって撃ち抜かれるイレイザー。どうやら襲撃は失敗に終わってしまったらしい。


「千沙!」


「あ、真也?」


 真也の声に千沙は気づいたようだ。ライムの上に乗っていた千沙がライムの触手によって真也の前まで降りてきた。


「……お前は……」


 千沙は真也と共にやってきたエイルに目を向けた。しばらくの間二人は視線をぶつけあっていた。


「まぁいいや……」


 千沙はにひりと口角を上げて話し始める。


「さっきの見てた? 私たち、またイレイザーも倒しちゃったんだよ。これで一歩前進。カオス部の活動は順調だね!」


 千沙は満面の笑みで人差し指を立て頭を少し傾げて言った。そんな千沙に真也は、


「千沙……もうこんなの辞めにしないか」


 ごく真面目な顔でそう言い放った。


「……」


 しばらく黙る千沙。口は笑っていたが目だけが無表情に戻っていた。


「は……? なんで?」


「それは……こんなの、俺が望んでないからだよ」


 千沙はいつしか笑顔を完全に失い、俯いてしまった。


「う、嘘でしょ真也……」


「嘘じゃないさ……」


 そして次の瞬間目をくわっと開け真也を睨み付けた。


「真也はこんなカオスな世界を望んでいたじゃない! 日常なんて壊してしまいたかったんでしょ!? だから私そのために頑張ってきたんだよ!?」


 真也はしばらくの沈黙のあと、


「そうだな……確かにそうだった……でも」


 ふぅとため息をつくように言い斜め後ろにいるエイルに目を向けた。


「エイル命令だ! 千沙のサーバント、あのスライムを倒せ!」


「了解したマスター」


「そんな……真也……! 何でよぉッ!」


 エイルは聖剣を鞘から抜きこれまでにないほどの鋭い目つきでライムに剣の切っ先を向けた。


 そして真也はベルトのホルダーからハンドガンを引き抜く。


「……とは言ってもトドメは俺がこのイレイザーウェポンで刺す。そうじゃないとすべては元に戻らないからな。お前はあのスライムの肉体からコアをはぎ取ってくれればいい」


「なるほど、分かった」


 すると千沙はギリッと歯を食いしばった。


「……本気なんだね真也。でもね、私には分かる。真也は日常部に……その女に毒されてるだけなんだよ! だから……だから私がその女を消去して目を覚まさせてあげる!」


 そういうと千沙はエイルをビシリと指差した。


「ライム、命令だよ! 真也のサーバント、エイル・ラ・ヴァリエルを倒して!」


 しばしの静寂。そしてエイルがジリと一歩前へ足を踏み出した時だった。


 ライムの体から一斉に触手が飛び出しエイルに向かっていった。先ほど三人のイレイザーがさばききれずにやられてしまった攻撃だ。


「あはは! いくら異世界の戦士だからってここまで成長したライムに勝てるとでも!?」


「ハアアーッ!」


 エイルは最初に届いた触手を斜め下から振り上げるようにぶった切った。二撃目、三撃目、エイルの剣は精確にライムの触手を捉え、本体と切り離していく。


 もはや途中からそれは視認出来ないほどの速度に達していた。しかもエイルはそのまま平然と前進を始めたのである。


 そして何だかよく分からないが、エイルの攻撃した触手がまるでイレイザーの攻撃したあとのように消滅していっている。これはエイルの能力か何かだろうか?


「え……」


 千沙の顔に次第に焦りが見え始めた。エイルの実力がまさかここまでとは思っていなかったのだろう。


 手汗握る。それは真也も同じだった。まさかこんな正面突破してしまうほどだとは。


「千沙、エイルは神に選ばれし戦士なんだ。その力、見誤ったな」


「くッ……!」


 校庭を赤く染めていたライムの体が急激な速度で小さくなっていく。雨のように降り注いでいた触手による攻撃だったが、次第にその手数が減っているように感じられた。


 残りのライムの大きさは10立方メートルほどにまで縮んだ時、真也は確信を持った。


 これなら勝てる……!


 しかしその直後、真也はエイルの尋常ではない汗の量に気が付いた。


「エイル……?」


「……すまないマスター。今の私ではこの魔物を最後まで削りきる事は難しいかもしれん」


「え……」


「今の攻撃、このスライムを再生させないように浄化の効果を付与しているのだが、これがなかなか魔力を使う。それに加え、実はまだ私の魔力は回復しきっていないのだ」


「な、なぜ……お前、それを回復させる薬を飲んだんじゃ……」


「あぁ……飲んだには飲んだが、それが体に行き届くにはしばしの時間が掛かるのだ。どうやら……相手の力を見誤ったのは私の方だったようだな……」


「そんな……」


「だがまだ分からん、次の一撃に今の私の力を全て込めてやる!」


 次の瞬間、エイルは5mほどの高さまで飛び上がった。


「ホーリーウェイブ!」


 エイルが体を横に回転させその勢いで剣を振ると、そこから衝撃波のようなものが飛び出した。それは一瞬でライムの体へと飛び直撃する。


「わッ!」


 真也はその直後にやってきた衝撃によって後ろにふっ飛ばされた。


 立ち込める砂煙。ライムとエイルは一体どうなってしまったのか。


「やったのか……?」


 真也は体勢を立て直し二人の方向を見た。


 白い煙が明けるとそこにはまだ余力を残したライムと、膝をつき剣を地面に立てそれにしがみ付いた状態のエイルの姿があった。


「そんな……エイル!」


 次の瞬間ライムが触手を撃ち放ちそれがエイルの体にぶち当たった。


「ブグッ!」


 剣を残し後方に吹き飛ばされるエイル。起き上がる気配はない。どうやら完全に力尽きてしまっているようだった。


「は、ははは……」


 すると真也と同じように少し離れた位置まで飛ばされていた千沙が起き上がり笑い始めた。


「あはははは! やったぁ! 何とかなった。これであとはエイルを消去すれば……!」


 ドパッ!


 その瞬間真也が撃ちはなった黒い砲撃がライムの体の一部の消失させた。


「し、真也……」


「エイル……よくやったな。十分だ。あとは俺に任せろ」


 ライムの大きさはもはや真也が最初見た時と大して変わらない程度だった。ここまでくれば真也のイレース力でも十分に対処出来るだろう。


「くッ……!」


 次の瞬間、千沙がライムの元に駆け寄りその体を抱きかかえた。


「あッ!」


 背中を向けて走り出す。真也は銃を構えたが、今撃てば千沙に当たってしまう。千沙はカオス値100を超えてしまっているらしいが真也の中に千沙を消すという選択肢はなかった。


「待て!」


 真也は千沙を追いかけ始めた。もはや多少の荒事は仕方がない。なんとかライムを千沙から引きはがし消去しなければならない。


 千沙がどこに行くのかと思えば、そこはカオスやイレイザーとの闘いによって荒れ果てた部室棟だった。


「えっ!」


 そしてなんと、千沙は地面に空いていた大穴に飛び込んだのだった。


「ち、千沙!?」


「きゃあああ!」


 一体何をしている。真也はその穴に駆け寄った。千沙はケガをしたのか下でうずくまっている。走っていて気づかない大きさの穴ではない。なぜ千沙はこんなところに飛び込んだのか。


「……」


 千沙はケガをしてしまったようだが、うまく着地すれば無事で済むかもしれない。真也は思い切ってその穴に飛び降りて千沙の姿を追った。


 迫る地面、足に走る強い衝撃。


「グッ!」


 しかし何とか衝撃を両足で吸収出来たようだった。


「……千沙、ライムを出すんだ」


 立ち上がり千沙の元へと近づく。千沙はいまだに動くことが出来ないようだった。


「ふふ……はは……」


 しかしなぜかこんな状況にも関わらず千沙は不敵に笑いだした。


「千沙……?」


「ライムはここにはいないよ」


「!」


 千砂のいう通り千沙はライムを抱えてなどいなかった。だとすればどこに……


「はッ……!」


 何か気配を感じ真也は振り返った。すると千沙の反対側、駐車場の奥にライムの姿があった。


「え……」


 しかも何故か天井の高さほどにまで大きさが復活してしまっている。


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