第25話 あははははははは

 自宅の玄関はまだ壊されたままだった。なんとか瓦礫をまたいで内部へと入る。


「誰かいるか!?」


 しばらくしても返事はない。誰もいないようだ。家族の行方は気にはなる。しかし、それよりも今は重要視しなければならないことがいくつもある。


 スフィアの気配は二階から感じる。階段を上がり自室に入るとベッドの上にスフィア、そして机の上に携帯の姿を発見した。


「よしあった……」


 とりあえず、この病衣のままはどうかと思い、真也は私服に着替えることにした。そして携帯を手に持つと、少し緊張しながらも千沙に電話を掛けてみることにした。


 数コールで千沙は電話に出たようだった。


「千沙……聞こえるか?」


『真也、目が覚めたんだね』


「あぁ……お前、今どこで何をしているんだ」


『私は学校にいるよ』


「学校に……?」


『そう……かつて日常部と呼ばれていたはずの部室があった場所にね』


「なんで……そこで何をしているんだ」


『おいでよ真也、ここまで。そうしたら今起こってる事、その理由も全て分かるはずだから』


 すると電話は切れてしまった。たぶんかけ直しても出てくれないのではないか。


「行くしかないか……学校へ……」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 自転車はなくなっていたので徒歩で向かうしかない。病院から自宅まで来た時のように真也は周囲に注意しながらカオスを避けて学校の前へとたどり着いた。


 今日は平日、通常なら授業中だろうか。しかし学校に人の気配はなかった。


 それよりも気になるのは学校の荒廃っぷりだった。ところどころ窓ガラスは割れ、コンクリートが砕かれ躯体から鉄筋が露出している部分もある。これはカオスと人間が戦ったあとか、もしかしたらカオス同士でも紛争があるのかもしれない。さすがにこんな状況であれば誰も学校にやってこようとはしないだろう。


 真也は敷地内部に入ると千沙がいるという日常部の部室へと向かうことにした。


 部室棟はとくに損傷がヒドいかった。まるで爆撃でも行われてしまったのかというほどにボロボロになっていた。建物のそばには大きな穴まで開いている。


 建物内に入り階段を上り日常部の部室の前にたどり着く。すると真也はそのネームプレートがなくなってしまっていることにふと気が付いた。


「……」


 ドアに手をかけ横へと開く。すると一番奥、部長が普段座っていた席に千沙の姿があった。


「千沙……」


 千沙は両肘を机の上につき顔の前で手を組んで、真也を真顔で見つめていた。


「この二日で何があった。日常部はどうなってしまったんだ……?」


「真也……もう日常部なんてないんだよ」


「日常部が……ない?」


「そう、日常部はあの部長の消失と共に消えてしまったんだよ」


 室内を見渡すと、そこあったはずのトランプや凧、ヨーヨー、真也とエイルの食器など、様々な真也にとっての思い出の品も全部なくなってしまっていた。


「でも大丈夫。その代わりに、私がここに新たな部活を設立することにしたから」


「新たな部活……?」


「そう、私が設立するのはカオス部」


「な、なんだよカオス部って……」


「そうだね……やることは私たちが以前やっていたこととほとんど変わらないかな。カオスをどんどん増やす活動をするんだよ」


「カオスを……増やす?」


 その時だった、いきなりドゴウン! という大きな音と共に建物に大きな衝撃が走った。


「な、なんだ……?」


「来たね……!」


「何かカオスが襲ってきたのか!?」


「ううん、違うよイレイザーだよ。イレイザーが私のライムを消去しに来たんだ!」


 千沙が席を立ち、窓の下を見下ろした。


「イレイザーが……?」


「真也も見てみなよ」


「……」


 真也は部屋の奥まで歩き千沙の隣に立つと窓から校庭を見下ろした。


「あれは……」


 校庭には三人の人物が立っていた。見覚えのあるスーツと武器。千沙のいう通り、あれはイレイザーなのだろう。そしてその三人が向く先が赤く染まっていた。


「ライム……」


 もはやライムは校庭の三割程度を占めるほどにまで巨大化していた。たった二日でここまで成長してしまったというのか。


 そしてイレイザーの攻撃が始まった。でかい砲弾のようなものを撃ち放っている。


 ドパン! ドパン!


 それはかなりの火力のようでライムの体がすごい勢いで消し飛んでいく。真也にはあんな代物十発も撃てないかもしれない。そんな銃をその三人はひたすら連射していた。しかしそれだけの威力を持っていても多勢に無勢ではないが、その圧倒的な質量の前ではあまり意味をなさないようだ。


 今度はライムが反撃を始めた。その広範囲に渡る体から数百本の触手が同時に現れ多角的にイレイザーを襲う。


 一人、そして二人がその手数を裁ききれずイレーザーソードで防御へとまわり始めた。しかしそれでも駄目だった。一人が捕まり武器を奪われ10mほどの高さまで持ち上げられてしまった。


「うわあああ!」


 叫びだすイレイザー。そして次の瞬間、その姿が消し飛んでしまった。


「あぁ……!」


 真也はその様子に声をあげた。よく見るとライムの体から銃が出てきてイレイザーを打ち抜いたようだった。しかもあの体の消え方。あれはイレイザーウェポンだ。


 そのあとは残り二人も圧倒的物量の前に為す術なく同じようにイレースされてしまった。


 そしてその直後だった。


 上空に新たな巨大な昆虫の群れが出現した。確認できたのはそれだけだが、おそらくもっと多くのカオスが至るところに同時に出現してしまったに違いない。


 その光景を見て真也はこれまでの疑問が全て解消された。


「……ここまでの数のカオスがそこらじゅうに発生していたのはライムがイレイザーをどんどんイレースしているせいだったのか」


「あは……」


 すると真也の隣に立つ千沙が、


「あはははははは!」


 いきなり声高々に笑い始めた。


「ち、千沙……?」


 そして頭を傾げながら壊れたような笑顔を真也へ向ける。


「あはははは! そうだよ真也。そしてこれがカオス部の活動」


 そんな千沙の両肩を真也は両手でガシリと掴んだ。


「千沙……お前、こんなことして、どれだけの人が被害にあってるのか分かってるのか!?」


「そうだね……そんなのもちろん分かってる」


「だったらなぜ……!」


「なぜって、こうすれば世界はどんどんカオスに染まっていくでしょ?」


 千沙はズイっと真也に顔を近づけてきた。


「そしてこれが真也の望んでいた世界だよね」


「え……」


「ずっとずっと望んでいたんでしょ? こんなカオスな世界を」


「俺が……望んでいた……」


「そう、真也、昔からずっと言ってた。こんなつまらない日常壊してしまいたいって。だから私は真也の願いを叶えてあげたんだよ」


「それは……そうだけど……」


 気づけば真也は千沙の肩から手を放してしまっていた。そして再び確認するように窓から変わってしまった世界を見渡す。


 この世界が自分が望んでいた世界……?


 自問自答を頭の中で繰り返していると、千沙が真也の手を掴んできた。


「さぁ真也」


 目を向けると千沙は優しい笑みを真也に向けていた。


「これからは私と一緒にこのカオスな世界を生きていこうよ。そうすればきっと刺激的で、つまらないと思うことなんてない毎日が送ることが出来るはずだから」


 千沙は真也の手を引き歩き出した。部室を出て階段を下り、部室棟から学校の外へと出る。すると先程まで戦いを繰り広げていたライムがやってきた。体がずいぶんと小さくなってしまっている。いや、体の大部分を引き離してやってきたということなのか。とは言っても縦幅ともに3mほどはあるのだが。


 そこから真也は千沙達と共に近所の散歩をすることになった。


「あ、見て見て! あんなところにおっきな蛇がいるよ。あ、人を飲み込んだ!」


「そうだな」


「あ、あんなところを巨大クジラが飛んでる!」


「本当だ」


「あれ~なんだこれ」


 千沙は道の先に転がっていた白いボールのようなものに向かって駆け寄っていった。


「見て真也! これ目玉だよ! なんでこんなところにいっぱい転がってるんだろう」


 千沙はそれを三つほど拾い上げてライムの元へと持ってきた。


「これってもしかしてライムの目玉としても使えちゃったりするのかなぁ」


 そしていきなり千沙は持っていた目玉の一つをズボッとライムの体に突っ込んだ。


 すると案外本当にどうにかなってしまったらしく、三つ目の目玉が真也を見つめた。


「あは、あはははは……」


 その光景に真也は何故だか笑いがこみ上げてきた。


「カ、カオスだ……」


「そうだね真也! これこそ真也が求めてたカオスな世界だよね!」


 それから二人と一体は手と触手を繋ぎ、笑いながらスキップをした。


「「あははははははは」」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る