第10話 異世界人の日常2

「それでこれからどうするのだ? 今日はまたあのホテルに泊まるのか?」


 食事を終えるとエイルが真也に尋ねてきた。


「いや、昨日の夜家に帰ってから調べたんだけど、もっといい場所があったから今日からはそこにお前を泊まらせようと思う」


 真也は昨夜調べたホームページを再びスマホで表示させた。


「ほう、そうなのか。もっといい場所? 私はあれで十分だと思ったが」


「まぁ、ただ数日泊まるだけならあそこでもいいんだろうけど……でもお前はその先完全な一人暮らしを始めるわけだろ。出来れば今のうちからこの世界での生活に慣れておいたほうがいい。あんなビジネスホテルじゃまともに料理なんて出来ないしな。もっといい場所ってのは自炊出来るキッチンとか調理器具が備わってる長期滞在が可能なホテルなんだ」


「ほう、なるほど……さすがマスター。よく考えている」


「ちょっと待ってろ、今予約するから」


「今……?」


 真也はホテルのホームページに乗っていた番号に電話を掛けた。


「あ、もしもし」


「ん? どうした?」


 すると通話を始めた真也に普通にエイルが話しかけ始めた。


「あ、今日……というか今日から予約をしたいんですけれど」


「……何を言っているのだマスター。私にそれを言ってどうするのだ。それに人と話をする時はちゃんと目を見て話すべきだぞ。一体どこを見ている」


「あ、はい……はい」


「はいって……分かっているならばこっちを見て話したらどうなのだ。それに『はい』は一回言えば十分だぞ。なんだかさっきから言っている事が支離滅裂だがどうしてしまったのだ?」


「……すいません、少々待っていただいてもいいですか」


 真也はスマホのマイク部分を手でふさぎ、エイルを少し睨み付けた。


「ちょっと黙ってろ。今電話……他の人と話してるんだ」


「え……? あ、あぁ……」


 エイルは怒られて困惑しながらも黙り込む。


 ホテルは普通にシングルの部屋が空いていて、長期滞在も可能だと言われ、真也はとりあえず三泊の予約をすることにした。


「予約は出来た。でもまだチェックインできる時間じゃないらしいから、それまでは色々必要なものでも買い物することにしよう。金も手に入ったことだしな」


「必要なものか。一体何を買うのだ?」


「とりあえず、買ったものを持ち運びできるスーツケース、あと替えの服や下着……だな。まぁ調理器具とかはホテル内にあるからいいのか」


「スーツケース?」


「タイヤのついた箱型の旅行カバンのことだ」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 買い物を終えるとチェックイン可能な時間を過ぎていたので、真也達はホテルへと向かうことにした。


 チェックインすると鍵を渡され二階へと上がり指定の部屋へと入った。


「へぇ……」


 その部屋はワンルームであまり広いとは呼べなかったがコンロ、炊飯器、冷蔵庫、電子レンジや食器一式などが揃っており、共同スペースにはパソコンや洗濯機なんかも置いてあった。


 これなら一人暮らしと遜色ない生活が送れそうである。


 エイルは真也が解説をするとその生活用品すべてに驚き、便利すぎると称賛の声を上げていた。真也にとっては生まれた時から当たり前に存在するものばかりで、日常の一部であったためにそのリアクションがなんだか逆に新鮮であった。


「それでだ」


 真也はエイルを椅子に座らせ、これからの生活の計画について話し始めた。


「基本的に外食は避けてもらう。金は掛かるし健康的な生活とは言いがたいからな」


 エイルは首を傾げ「はぁ」と曖昧に返事をする。あんな宇宙からやってきた蜘蛛を食べようとしていただけあって、食事には無頓着なのかもしれない。戦士などおそらくその日その日食べれるものにありつけるだけでも素晴らしいみたいなそんな感覚なのだろう。


 だがしかし、真也にはマスターとして彼女の生活にそれなりに責任感というものを感じていた。金が多少あるからといって堕落した生活を送らせるわけにもいかない。


「スーパーに行って買い物をして、自分で料理をして食う。とりあえずここまでお前一人で出来るようになってもらうぞ」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 そして二人はホテルを出るとその最寄りのスーパーまで歩いてたどり着いた。


 カートにかごを乗せて真也はスーパー内部を歩き出す。


「おおぉ……な、なんという品の数だ。外にはほとんど動物も魔物もいなければ植物も生えていなかったというのに……一体どこからこれだけのものを仕入れているのだ」


「んー? まぁ、もっと田舎とか、外国とかからじゃないの。ほら、このサーモンとかチリ産って書いてるし」


「外国……? こんな魚が外国から送られてきたのか? そんなの途中で腐ってしまうと思うのだが……あ、つまり生きたまま連れてこられたということか?」


「いや、たぶん冷凍して送られてきてるんだろ」


「冷凍……?」


「ホテルに冷蔵庫があっただろ。あれのもっと強力なやつで凍らせるんだ。冷凍しとけば食品ってのは腐らないんだよ」


 真也はエイルの質問に適当に応えながらスーパーの中を歩きまわり、食材をかごに入れていった。とりあえず今日作る料理は肉野菜炒めと白飯だ。真也の数少ないレパートリーの一つである。これを機に真也も料理を学ばなければと思った。


「俺が支払いをするから、ちゃんと横で見てろよ、分からなかったらあとで教えてやるから」


「分かった」


 エイルは商品のバーコードを読み取る動作を不思議そうに見ていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ホテルに戻ると時刻も午後六時を過ぎていたので真也はさっそく料理を始めた。ごはんを焚き、豚肉の細切れと小松菜をテキトウに炒めて焼肉ソースを掛ければ終わりである。


「完成だ」


 机の上に置かれた料理にエイルは「おー」と目を輝かせた。


「って、あれ? マスターは食べないのか? 一人前しかないようだが」


「俺は家で食べるよ。親が用意してくれてるはずだからな」


「……そうか」


 エイルは片手を胸の前に当て、目を閉じると、


「ではいただきます」


 そう言ってフォークを使って肉野菜炒めをつつき始めた。今回は当然ながらフォークならば真也の手助けなく食事が出来るようだ。


「まぁ、でもこの国で暮らすなら箸もちゃんと使えるようになっておいた方がいいぞ」


「あぁ、そうか。ならばそのうち練習することにしよう」


 エイルの食事中、真也は何となく暇になったのでリモコンを押してテレビをつけた。画面にニュースキャスターの姿が映し出される。


 その瞬間、エイルは口に含んでいた肉と野菜をぶーっと吐き出した。


「うわッ! 汚っ!」


「だ、誰だお前は! 一体いつからそこに……!?」


 エイルは席を立ち口元を腕で拭いテレビに向けて身構えている。


「な、何を一人でペラペラと……! マスターこいつは何者だ!? 小人族か!?」


「エイル……そこに人なんていないぞ」


「え……」


「それは映像を流してるだけ。動く絵だと思えばいい。それを多くの人が色んな場所で同時に見ているのさ」


「そ、そんなことが……」


 エイルは目を白黒させながらテレビと真也の顔を交互に見ている。


 そして少し慣れたのかテレビに近づいていった。薄型テレビの裏側を確認している。


「うーむ、ではこれがあれば国からの知らせも簡単に広めることが出来るではないか」


「まぁそりゃそうだな」


 そんなリアクションをとるエイルを見て真也は一つ感じることがあった。


「ふっ……なんかお前はずっと楽しそうだな」


「え……」


 何だか指摘されてエイルは恥ずかしくなったようだ。顔をまた少し紅潮させている。


「べ、別にいいではないか。この世界は不思議な物が沢山ある。楽しくないわけがなかろう」


「いや……悪いとなんて全然言ってないけど。ただ……」


「ただ……?」


「なんかうらやましいなって思ってさ」


 真也はベッドの上にどかりと座りそのまま仰向けになって天井を見つめた。


「そうか? こんな便利で平和な世界に最初からいるほうが素晴らしい事だと私は思うが」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「……?」


 真也としては非日常を味わうためにエイルを召喚しようとしたわけだが、明らかにその召喚したエイルの方がたくさんの非日常を味わえているように思えた。


 エイルにちゃんと自分で吐き出した汚物を掃除させて、しばらくテレビを二人で見ていると時刻はもう午後八時を過ぎようとしていた。


「じゃ、俺はそろそろ家に帰ることにするよ」


「え……そ、そうなのか?」


「あぁ。まだ俺夕飯食べてないし、帰らないと母さんに心配されるからな」


 エイルはなんだか不安そうな顔を浮かべている。中途半端にこの世界の事を知り逆に不安になってきたのだろうか。


「……そんな顔をするな。帰りづらいだろ」


「す、すまない……別に引き留めるつもりはないのだ」


「……大丈夫、これを渡しておくからさ」


 真也はバッグからタブレット型の端末を取り出してエイルに手渡した。


「これは……今日マスターが使っていた板ではないか」


「あぁ。まだ携帯はお前何の身分証も持ってないから買えないけど、それが手に入るまではこれを使えばいい。ここはfreeのwifiが使えるからネットに接続できるはずだ」


「……えっと、マスターが何を言っているのかさっぱり分からないのだが」


 エイルは頭の上にクエスチョンマークを三つほど漂わせていた。


「それで俺と通話が出来るんだよ。何かあったらいつでも電話しろ。とりあえずこの建物の中でしか使えないけどな」


「通話……?」


「昼間俺がホテルの予約取る時にやってたことだ。そのタブレットとこの携帯、二つがあれば俺とお前で遠く離れていても話が出来るんだよ」


 真也は新たに獲得した通話アプリのアカウントから自分のタブレットに向けてテレビ電話をかけてみた。エイルからタブレットをぶんどり自分で通話を取り、再びエイルへと渡す。


「マ、マスター!? マスターがこの中にもいるぞ!?」


 エイルは画面上の真也と本物の真也を交互に見比べている。


「あぁ、これはビデオ通話だ。やり方はあとで教えてやる」


「すごいな……、なんでこんなことが可能なのだ」


「なぜって……」


 真也は一瞬考えてみたが、ぱっとその理由を答えることが出来なかった。


「その……電波で通信してるんだよ」


「ほう……」


 エイルは自分で聞いておきながら全然理解する気すらなさそうだった。なんだかタブレットをいじっている。


「おぉ、マスター見てくれ。今度は別の人物が出てきたぞ!」


「え……?」


 エイルが画面を自身に向けながらもタブレットの画面を真也に見せてきた。


「あ……」


 するとそこには千沙の顔が映し出されていた。どうやら適当にいじった結果通話履歴にでもたどり着き千沙に電話を掛けてしまったのだろう。


『え……? 誰?』


 千沙はキョトンとした顔でエイルと真也の顔を見比べている。


「バ、バカ!」


「な……どうしたのだ?」


 真也はエイルからタブレットを奪い取りとっさに通話を切ってしまった。


「バレてしまった……エイルの存在が……」


 とは言っても、いずれにせよエイルが学校に通うことになれば知られることになるのだが。


 次の瞬間、真也の携帯にチャットで千沙からの連絡があった。


『今の何? 外国人……?』


「……」


 なんて返せばいいだろう。真也は思い悩んだ。千沙からはほとんど電話が掛かってくることはない。考える時間があるだけマシかもしれない。


 ホテルで銀髪の女と二人きり、そんな光景を千沙は目撃してしまったのか。しかもとっさに通話を切ってしまったのはまるで何かやましいことがあるかのようだ。


 別にそんなやましいことはしていないしするつもりはない。とはいえ彼女は真也が召喚した異世界人だと素直に言うことは出来ないだろう。そんなことを打ち明ければエイルのカオス値が上昇しても不思議はない。ここは部長が考えたシナリオ通りに動くしかなさそうだ。


『彼女は俺の昔からの知り合いだ。それで実は近いうちにうちの学校に転校してくるんだ』


 真也がそうメッセージを送るとすぐに返事が返ってきた。


『へぇ……そんなの聞いたことなかったけど』


『あぁ。そういえば話したことなかったな。まぁでもそういうことだから』


 かなり強引に話を終わらせた。まぁどちらにしろ無理のある話なのだ、それならもう無理のまま押し通すしかない。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 エイルと別れ、ホテルを出て数分のところで携帯が鳴りだした。何かと思えばエイルからの着信だった。


「どうした?」


 それは音声だけの着信のようだった。真也は一度立ち止まり通話を始めた。何か問題でも起こったのだろうか。場合によっては引き返さなければならないだろう。


『あぁ、マスター。いや本当にマスターがいなくなっても通話が出来るのかと思ってな』


「……なんだ、そんな用事か」


 真也は再び家に向かって歩き始めた。どうやら引き返す必要はなさそうだ。


「そりゃ出来るだろ。さっき千沙にだって電話出来たじゃないか」


『あぁ確かに……それは盲点だった』


「……何か他にトラブルがあったわけじゃないんだな?」


『あぁ、さすがにこの数分で問題など起こるわけがなかろう……って!?』


「どうした!?」


 エイルは何かに驚いた様子だった。真也は再び足を止める。


『あの板……テレビに変な生き物が映っているぞ! あれは何というのだマスター』


「……そんなこと言われても、見てみないと分からんぞ」


 真也はまた足を動かし始めた。もういちいち足を止めるのはやめようと決心した。


『首が……! すごい長さだ! そして体が黄色いぞ!』


「あぁ……それはたぶんキリンだな」


『ほう……あれはキリンというのか。本当に変な体をしている。しかもベロまで長いぞ!』


 異世界の方がもっと変な生き物がたくさんいそうではあるが。


『あんなものこの辺りにはいないようだが、一体どこに生息しているのだ』


「うーん……たぶんアフリカとか?」


『アフリカ? それは遠いのか?』


「そりゃあ遠いさ」


『遠いって、たとえば徒歩でどのくらい掛かるものなのだ?』


「と、徒歩ぉ? ……全然分からないけど数年は掛かるんじゃないか」


『そ、それは思った以上に遠いな……』


 何だかエイルは残念そうな声を上げている。


「……でもその今テレビに映ってるのってどっかの動物園とかじゃないのか?」


 確か今の時間帯は動物の番組が毎週放送されているはずだ。おそらくエイルはそれを見ているのだろう。


『動物園……?』


「いろんな動物を人間が飼って見世物にしてる場所だよ」


『なんだそれは。一体なんのためにそんな場所があるのだ』


「お前みたいな奴が動物を見たいからだろ」


『な、なるほど。大変わかりやすい説明だ』


 つまりエイルはキリンを見に行きたいらしい。


「……行きたいのか? 動物園」


『え……あ、あぁ、まぁ』


「……なら今度連れていってやるよ」


『ほ、本当か!? さすが私のマスターだ!』


 たぶん今エイルは目をキラキラと輝かせているに違いない。真也の瞼の裏にそんな光景がはっきりと浮かんだ。


「もう少し生活が落ち着いたらな」


 まぁ、動物園に行くだけでも色々とこの世界での常識を学ぶことが出来ることだろう。エイルはまだ電車にも乗ったことがないだろうし。


「……」


 そのあとしばらく無言の通話が続いた。後ろでテレビの音だけが鳴っている。


「なぁ……」


『ん? どうしたマスター』


「得に他にはもう用事はないんだよな?」


『あぁそうだが』


 おそらくエイルはタブレットを置きっぱなしにして放置しているのではないか。


「じゃあもう通話終わってもいいか?」


『ん? マスターは何か用事があるのか?』


「え? いや、そういう訳じゃないけど」


『そうなのか? 用事がないのに通話は終わらせるのか』


「い、いや……まぁ別にいいんだけどさ」


 そうだ、別にこの世界の常識など二人の間ではどうでもよいことだ。考えてみれば真也は今異世界人と交信している。そんな特別なこと、真也がこれまで強く望んでいたことではないか。


 ということで真也はその後もほぼ会話もないまま家までの道のりを通話しっぱなしで歩いた。


 家に辿り着きトイレに入る時に通話を終わらせたが、その後またすぐに電話が掛かってきた。


『マスター! テレビでまた変な動物が出ていたぞ』


『マスター! 部屋にあったペンだがこれは素晴らしいな! インクをつけずに書けるとは』


 何度も何度も特に意味のない通話が続く。まるですぐ傍にいる隣人扱いだ。


 そして風呂に入る寸前、またエイルから電話が掛かってきた。


『マスター!』


「なぁエイル……やっぱ通話は用事がある時だけにしよう」


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