第一章-05 俺の妹が暗殺者のわけがない


 映画が終わった。

 観たのは大作のアクション映画だった。イケメンがドンパチして悪の組織倒してヒロインを助ける王道中の王道ストーリーだったが面白かった。何と言ってもアクションシーンの熱の入れ様が半端なかった。上映中、みんなずっとスクリーンに釘付けだった。

 俺たちは満足げに映画館を後にする。


「いやあ、迫力あったよね~」

「うん! 後半の銃撃戦とかリアルだったね!」

「ねえ、ミカちゃんはどうだった?」


 それが起こったのは、女子の一人がミカに映画の感想を尋ねた時だった。


「――あんなのぜんっぜんリアルじゃない」


 その場にいる全員が一斉に「え」と黙り込む。


「ミ、ミカ……?」


 俺もみんなと同じで驚きを隠せなかった。

 何故なら、ミカが今まで俺たちの聞いたことのないようなドスのきいた苛ついた声を出したからだ。


「全体もそうだけど、特に問題は後半。やられ役の兵士たちがロシア製のAWK107ナーガを使っていたけど、あんな小回りの利かない自動小銃を家屋内の迎撃戦に投入するわけがない。見栄えを優先したんでしょうけど、不自然だし気になって仕方なかった。それに何なのあの銃声? ドンドン、ドンドン、煩すぎ。本物はあそこまで重い音はしないし、もっと軽い乾いた音。明らかに映画用の過剰な演出。大体、主人公のあの撃ち方、あれ、何? あんな姿勢でグリップを握ったら、射撃時の反動で絶対手を痛めるから。そもそもの話だけど――」


 それから10分ほどミカの『講義』は続いた。

 映画に出て来た銃器類の使い方の矛盾点。

 現実と整合性の取れていない部分へのツッコミ。

 それらをミカが語る間、その場にいる全員がポカンとしていた。

 ようやく言いたいことを全部吐き出したのか、ミカが大きく息を吐いて喋るのを終えたのを確認してから、俺は遠慮気味に口を開いた。


「……な、なあ、ミカ……。お前さ、何でそんなに銃のことに詳しいんだよ……?」

「え?」


 俺の言葉をきっかけに、ミカはキョロキョロと周りを見る。


「…………っ!」


 自分がその場にいるクラスの連中全員から注目されていることに気づき、ミカは顔を分かりやすく強張らせている。


「……兄さん。もしかして、私、変なこと言った……?」

「あ、えっと、変っていうか。そんなの、普通の女子高生は知らねえっつーか」

「普通の女子高生は……知らない…………?」

「いや、まあ、女の子でもそういうのが好きな子もいるかもしれないけどさ。なんつーか、その……。実際に銃を撃ったことがあるような言い方してたよな……?」


 そう、ただの銃マニアという感じではなかった。ミカの言い回しは妙に真に迫っていて、まるで銃の飛び交う戦場を体験して来たかのようだったのだ。


「……もしかしてだけどさ、ミカ。お前、本当に銃を撃ったことがあるのか?」

「え!? ……え、えっと……。あの、その……。パ、パパの仕事の都合で、ロシアに滞在していた時にちょっとだけ……」


 ミカは声を上ずらせながら言った。

 銃を撃ったことがあるだって……?

 つまり、それって……。


「お、おい、ミカ……! それじゃあ、お前、まさか――」

「…………………っ」

「ロシアの女子高生ならそれくらい普通だって言うのかよ!? おいおいマジかよ!」


 俺は驚きつつも笑いながら言った。それを合図にするかのように、ポカンと停止していた周りのやつらも「なるほど、なるほど」と頷き合う。

 そりゃそうだよな。銃が規制されている日本と違って、海外は銃社会が多いと聞く。特にロシアじゃ銃撃戦なんて日常茶飯事で、身を守るために武器が必要になってくるのだろう。なるほどなあ。きっとロシアなら、ミカみたいな女子高生や、俺より小さな小学生でも、マフィア相手に銃で応戦することくらいあるんだろうな。やっぱすげえやロシア。

 しかし、どうしたのだろう。異国の興味深い話を聞いてテンションの上がる俺とは対照的に、ミカは落ち込んだ表情をしている。

 こんな顔、今朝も見たぞ。そうだ、痴漢を捕まえた時だ。痴漢を捕まえるために今まで俺たちの前で隠していた力を俺や加純に知られてしまった時だ。

 俺はすぐに察した。

 どうやら俺の余計な指摘のせいで、周りのみんなと海外育ちの自分との違いが露見してしまい、恥ずかしくなってしまったのだろう。

 結局のところミカは『周りと違う自分』を見せるのが嫌なのだ。ロシアに滞在していた故に日本の女の子より強いこと。ロシアに滞在していた故に銃器に詳しいこと。そのことで周りから奇異の目で見られるのを恐れているのだ。折角クラスに溶け込めるようになって、こうしてみんなと遊びにも行けるようになったのに、そのせいで転校当初のような孤独になってしまうのが嫌なのだ。

 だが、そんな心配することはないぞ、ミカ。

 見てみろよ。周りのクラスの連中も最初は驚いていたが、ミカの思わぬギャップが可愛いと持て囃し始めているのだから。

 そんなことで誰もお前を除け者になんかしないよ。

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