第一章-01 俺の妹が暗殺者のわけがない


 朝、目を覚ました俺は、2階の自室から廊下に出て、1階の洗面所へと向かう。

 今年の春から住み始めた2階建ての一戸建ての家。母さんと二人の時はずっとマンション暮らしだったので最初は戸惑ったものだが、今ではもう馴れ親しんだ我が家である。

 家族四人での賑やかな生活。母さんが再婚するまでは考えられないことだった。

 そしてだ。

 家の中で寝起きのパジャマ姿の女の子と遭遇する。

 これも以前までは考えられない光景である。

 学校では絶対にお目に掛かれないパジャマという無防備で飾らないファッション。それに身を包み、眠そうに目をこすりながら部屋から出て来た美少女。

 これが俺の自慢の妹のミカだ。


「おはよう、ミカ!」


 妹の顔を見て朝から一気にテンションの上がった俺は元気よく言った。


「……うん。おはよう、兄さん」


 赤の綺麗な髪を揺らしながらこちらを振り返ったミカは、耳触りのいい透き通るような声で俺に挨拶を返してくれた。

 可愛い妹と朝の挨拶を交わす。何気ない出来事だが、俺にとっては至福の瞬間だ。本当は肩にタッチなんかもしてみたかったが、いくら妹とはいえ女の子相手に気軽にボディタッチ出来るほど俺は大胆ではない。

 赤い髪に日本人離れした美しい目鼻立ち。白雪のような思わず触りたくなるきめ細かな肌。まるでアニメや映画の世界からそのまま飛び出て来たような人目を惹く美少女だ。外見が純日本人の俺と似ても似つかないのは、母さんの再婚相手の連れ子で、血の繋がらない義理の妹だからである。

 改めて思う。

 我が妹の何と可愛いことだろう。

 今ならよく理解出来る。目に入れても痛くないという言葉が。

 朝から得した気分でパジャマ姿を眺めている俺の視線には気づいていない様子で、ミカは寝惚けた感じで欠伸をしながらそのままトイレへと入って行った。


「おはよう、優。今日もいい天気だなあ」


 1階に下りると、今度はミカとは正反対の筋骨隆々の赤髪の男性と遭遇する。

 このガチムチの白人男性はトレバーさん。ミカの実父にして、母さんの再婚相手にして、俺の義父である。

 顔はイケメンではあるが、ワイルドが過ぎるので娘のミカとは似てない。ハリウッド映画でテロリストに無双してそうな迫力のビジュアルである。初めて対面した時、一緒に暮らして行けるか不安だったが、話してみれば気さくな人ですぐに打ち解けた。まだ「父さん」と呼ぶのには抵抗があるが、家族として仲良くやっていけている。


「おはようございます、トレバーさん。これから仕事ですか?」

「ああ。隣町の仏閣で撮影だよ」


 そう言ってトレバーさんは肩に提げたカメラを見せる。

 トレバーさんの仕事はカメラマンだ。母さんと再婚するまでは一つの国には留まらず、色んな国の風景を撮影するために、娘のミカ共々、海外を転々として来たそうだ。

 母さんとトレバーさんの馴れ初めは、会社の社員旅行で母さんがフランスに訪れていた時だ。仕事の滞在先でトレバーさんは、母さんと出会い、一目惚れ。熱烈なアタックの末、日本に母さんを追いかけて来て、二人は結婚。今に至るようになった。

 傍から見ていて恥ずかしくなるくらい、母さんとトレバーさんはラブラブである。長年、海外で生活していたトレバーさんは人前でチュッチュするのに全く抵抗がないし、母さんの方もそれに感化されて受け入れてしまっている。突っ込むのも面倒になって来たので、最近は二人が目の前でイチャイチャし始めても、俺もミカもスルーを決め込んでいる。


「それじゃあ行って来るよ。お母さんももう先に仕事に出ているし、すまないが朝食はミカと二人で食べてくれ」

「気にしないで下さい。仕事、頑張って下さいね」


 今日のような平日の朝はなかなか揃うことが出来ないが、母さんたちに残業がない限り、夕食は家族四人で揃って食べるのが我が家のルールだ。トレバーさんが聞かせてくれる海外の話は面白いし、家族みんなで過ごす時間はいつも楽しい。


「ああ、ありがとう。優、ミカのことよろしく頼むぞ。そうそう、ミカが可愛いからって変なことはするんじゃあないぞ」

「し、しませんよ! あいつは妹ですよ!」


 そうだ。どんなに可愛くても、たとえ血が繋がらなくても、俺とミカは兄妹なのだ。やましいことなどしようはずもない。

 慌てる俺の顔を見てトレバーさんは豪快に大笑いし、それから仕事へと出掛けて行った。


 俺とミカがリビングに入ってみると、テーブルに俺たち二人分の朝食が用意されていた。出掛ける前に母さんが用意してくれたのだ。ベーコンエッグとサラダ。パンはすぐ焼けるようにトースターにセットされていた。俺たちは二人で向かい合って座り、朝食を食べ始める。

 ミカの口数が少ないこともあって、二人っきりの時の食事は静かな時間となる。それでも、俺にとっては有意義な時間だ。可愛い妹と向かい合ってご飯を食べられるというだけで幸せを感じてしまう単純な脳みそなのである。

 そして、ミカと会話をする時は、決まって俺の方から話を振る。


「昨日さ、スマホゲームやってたんだよ。ほら、ミカも知ってるだろ? クラスのみんなもやってる流行りのやつ。そしたら狙ってるアイテムがめちゃくちゃ出て来て、全然やめどき見つからなくてさ。すっげえ遅くまでやっちゃったんだよ」

「ふーん」

「それでソファーで寝っ転がってやってて、いつの間にか寝ちゃってさ。で、起きたら首が痛いのなんのって。ハハッ」

「そうなんだ」

「横向きの変な姿勢で寝ちゃったせいだろうな。まあアイテム沢山手に入ったし、怪我の功名ってやつかな? ハハッ」

「へえ」

「…………」


 俺は内心でガッツポーズを作った。

 よし。今日も朝から可愛い妹と沢山会話が出来たぞ。また少しミカと距離を縮められた気がする。一緒に暮らし始めた頃はガン無視だったのを思えば随分な進歩ではないか。

 それにしても、パンをかじるという当たり前の仕草すらインスタ映えしそうな妹だ。じっと眺めているだけでも飽きない。

 ああ、何て幸せな時間なんだ……。

 その後、朝食を終えた俺たちは、並んで家を出た。

 俺とミカは兄妹の間ながら、高校でクラスが一緒。年齢が同い年だからだ。単純な話で、俺の方が早生まれなので兄ということになった。ミカは俺と一緒に暮らすようになってすぐ、うちの学校に転入して来て、俺と同じクラスとなった。

 制服姿の可愛い妹と並んで学校へと通える。これだってつい数ヶ月までは考えられない状況だ。俺自身は何もしていない。全て母さんが再婚してくれたお蔭なのである。

 俺ってこんなにラッキーな身の上でいいのだろうか。

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