第5話 5歳に成りました

 あれから2年が経ち、私は5歳に成った。背も少し伸び少しは家の手伝いができる様になってきた。アイラ姉さんは14歳、そろそろ嫁入りの話が出てきている。本人にはその気はない様だが、一族では16歳までに嫁に行くのが普通で、それを過ぎると行き遅れと言われる。姉さんは美人で一族でも評判の働き者なので持ち込まれる縁談の数も多いのだが、いずれも乗り気ではない様だ。どうやら意中の人がいる雰囲気である。一方ヤラン兄さんは12歳となり、一族の中で一人前の男と認められる様に成った。身体も大きく、狩りに出てもいつも大物を仕留める兄は周りから頼りにされている様だ。 一族の行っている放牧もあれからは問題なく行えている。ヤギルがオカミの群に襲われることもあったが、一族の男達が総出で追い返した。ヤギルの数も100頭ほど増えた。

 今日は朝の乳搾りから帰ると珍しく客が来ていた。父さんの古い友人のカマルさんだ。私達の様な遊牧民を相手に行商をしている人だ。私達から毛皮や手作りの革製品等を買い取り、日用品や雑貨を売って行く。カマルさんには私達の様な獣耳やしっぽはない。人間という種族らしい。今日は行商のついでに別の一族から頼まれてアイラ姉さんに縁談話を持ってきたと言う。相手は私達とも交流のある一族の族長の息子でアイラ姉さんと同じ14歳。姉さんとも面識があるらしい。年1回草原で開かれる遊牧民の祭りで知り合った様だ。姉さんは俯いたまま何も言わないが内心はどうなんだろう。姉さんは胸も大きくなったし、しっぽもふさふさのつやつやだ。話し方も女らしくなってきた。もともと美人で性格も良いし、姉さんを嫁に出来る人は幸せ者だよ。父さんは一度相手に会ってから返事をするとカマルさんに伝えた。お見合いみたいなものだ。姉さんの顔を見ているとまんざらでもなさそうなので問題は無いだろう。ひょっとして今まで持ち込まれた縁談を断っていたのって、この話を待っていたから? 父さんだけが複雑そうな顔をしている。愛娘が嫁ぐのはどの父親にとっても寂しい事なのかもしれない。


 カマルさんは行商をしているので、色々な場所を知っている。私達の様な遊牧民にとって、カマルさんの様な行商人は周りの情勢を知るための貴重な情報源だ。娯楽に飢えていることもあり、カマルさんは一族に歓迎された。彼の為にささやかな宴が開かれ、大人たちは酒を酌み交わしながらカマルさんの話を聞いている。残念ながら私達子供は蚊帳の外だ。早々に天幕に帰って寝る様に言われる。私は天幕に戻ると、自分の寝床に潜り込んで寝たふりをしながら魔法を使う。私だってこの世界のことを知りたいのだ。使うのは長耳の魔法。変な名前だが遠くの物音や声を聞き取る魔法だ。使用する魔力量が少ないので私にも安心して使える。寝ながらカマルさんの話に耳を傾ける。今、カマルさんはこの辺りにすむ遊牧の民の状況を話している。なんでも北の砂漠が南下しつつあり、この10年で砂漠の範囲が50キロメートルも広がったらしい。北に住む放牧の民では大きな問題になっており、それらの民が家畜に食べさせる草を求めて南下してくると、南の民との放牧地を巡る争いになりかねないそうだ。それから東のトワール王国では、王の死後ふたりの王子の後継者争いから内戦となり、国が荒れているらしい。こちらも難民が発生した場合、私達の住んでいる地域への流入も有り得るらしい。ただし私達の住んでいる場所はもともと農耕には適さない土地だから流入したとしても通過するだけになるだろうとのこと。話を聞いていると世界で平和なのはここだけなのではないかという気がして来る。

 

 気が付くと翌朝になっていた。やはり幼い身体に夜更かしは無理だった様だ。眠い目を擦りながら寝床から起き上がる。姉さんや兄さんを手伝ってヤギルの乳を搾らなければならない。急いで着替えて天幕の外に出ると母さんが洗面器に水を入れてくれる。


「おはよう、イル。」


と母さんが笑顔で話しかけてくる。私も元気よく挨拶を返し顔を洗う。それから、乳を入れる缶を持って急いでヤギルの居る囲いへ向かう。囲いには112頭のヤギルが居る。これらは我家のヤギルだ。昼間はすべての家のヤギルを纏めて放牧するが、夜には家毎に囲いに入れて害獣から守り、朝乳を搾ったら再び放牧に出す。放牧する時には各家が交代で見張りをすることになっている。


 囲いに着くとすでにアイラ姉さんとヤラン兄さんは乳搾りの最中だ。私も急いで囲いに入って乳を搾る。もちろん112頭全部から乳を搾るわけではない。雄も種付け用に何頭かいるし、子供のヤギルもいる。まだ子供を産んでいない若い雌や妊娠中のヤギルからは乳が取れない。乳が出るのは半分くらいだ。それに、本来乳が出るのは子供に与えるためだから、私達が取りすぎると子供に乳が回らなくて弱ってしまう。だから1頭から絞る乳は少しだけだ。少しずつ乳を分けてもらいながら3人で手分けして集めて回る。結構な重労働なのだが、乳搾りは子供の仕事となっている。私はまだ手伝いを始めたばかりで、姉さんや兄さんの半分も集めることが出来ない。

 乳搾りが終わると3人で揃って天幕に向かう。母さんが朝食を用意してくれているはずだ。ヤラン兄さんが私の集めた乳の入った缶を片手で持ち上げ、


「おっ、結構入っているじゃないか。頑張ったな、イル。」


と褒めてくれる。兄さんはそのまま私の缶を持ち、自分の缶をもう片方の手で持って歩き始めた。ふたり分の缶を運んでくれるつもりらしい。兄さんは身体も大きくなったし力も強くなった。思わず「すごい」と思ってしまう。


 朝食が終わるころ、友達のアマルとカライが遊びに行こうと誘いに来た。アマルは男の子で私と同じダークブラウンの髪にたれ耳、カライは女の子で赤毛にネコ耳だ。ふたりとも私と同じ5歳。天幕が近くなので度々遊びにくる。私は母さんの許しをもらってふたりと一緒に遊びに出た。実はアマルは私の婚約者だ。先日、突然に、「大きくなったら結婚しようね。」と言われたのだ。隣にカライが居るのになんて大胆な、と変な意味で感心した。でも嫌じゃない、アマルはとても良い子だ。身体は小さいけれど、頑張り屋だし、とっても優しい。本当は、結婚するならお父さんみたいに大きくてたくましい男性がいいなと思っていたのだが、アマルにそう言われると、そんなことはどこかへ飛んで行ってしまい、思わず、


「うん。」


と返事していた。かくして私とアマルは婚約者となったわけだ。もっとも大人達には秘密だ。

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