第2話 『不穏なDinner Time』

急遽、ディナーは、絵梨香、蒼汰、零の3人でとることになった。

今日は蒼汰が、遅れ馳せながらの転職祝いとして、絵梨香の好きなフレンチレストランを予約してくれていたのだった。


『ミュゼ・ド・キュイジーヌ』はその名のごとく、美術館のような佇まいで、褐色の美しいフォルムのインテリアに囲まれた、落ち着いた雰囲気の空間だった。

銀の匙に乗せられた色鮮やかなアミューズは、口に入れた途端、サーモンとオリーブの香りが広がって食欲をそそるものだった。

更に、目でも楽しめる7種類ものオードブル、レンズ豆のスープもこの上なく美味で、メインに至っては、久しぶりの再会とも言える牛フィレ肉に、何よりも絵梨香が大好物とするフォアグラのポアレが乗っていた。


本来なら、それだけで大盛り上がりし、感嘆が飛び交うはずなのに、今日はなんとも気まずい雰囲気で、ただただ黙って口の中で転がしながら味わっている。


どうしてこんな感じになるのか……

さっきのスカウトの恥ずかしさも相まって、絵梨香もますます無口になっていった。


2人の顔色を交互に見ながら、蒼汰がうわずった口調で言った。

「零、こんなところにお前が来るなんて珍しいな。なんか用事があったのか?」

「ああ、注文していた服が届いたと連絡があったから、取りに来ただけだ」

蒼汰がなるほどという顔をして会話は終わった。

なんとも盛り上がらず、つまらない晩餐会……


絵梨香がじっと蒼汰を見て、それに気付いた蒼汰が、また慌てて話し出す。

「あ、零は……あれか? いつもこのとなりの店で服を買うのか?」

「まあ、たまに。なかなかサイズがないから、取り寄せで待たされることも多いけどな」

「ふうん…。そうなんだってさ、絵梨香」

その下手なフリに辟易として、蒼汰を睨む。

「この店の隣って、何のお店なの?」

フィレ肉とフォアグラを小さくカットして重ねながら、絵梨香が尋ねた。

「ああ、ポール・スミスだったかな? なあ零?」

その白々し会話に、零は答えもせず黙々とオマール海老と格闘している。

絵梨香は溜め息をつきながらも、そっと彼のフォルムを隠し見る。

 

 身長は…185は悠に越えてるわね。

 それでなかなかサイズが無いのか。

 グレーアイか、ハーフかしら?

 このスーツもポール・スミス?

 いや、国内のデザイナーズっぽいか?

 職業は…ちょっとわかんないけど…

 ファッション系じゃなくて……ITとか?

 アナリスト? いや社交性を感じない…

 蒼汰の幼馴染みなんだから、年は26ね。


挙動不審の蒼汰を、少しアシストしてあげようと思って、口を開いてみる。


「蒼汰がいつも話してる幼馴染みって言うのが、この人なのね?」

「あ……そうそう! 中学からの同級生。な? 零。絵梨香にもよく話してるんだ」

零は器用に海老をすくいながら、うんうんと頷いただけだった。


絵梨香にギロッと睨まれて、蒼汰がたまらず零ににじり寄る。


「零! お前にも、絵梨香のこと話してたろ?」


零は無関心な顔をしたままワインを手に取った。

さっとあおると、おもむろにグラスをおいて長い指を折り曲げて、頬杖をついた。

そして、挑戦的な眼差しで蒼汰を見る。


「遠い親戚だろ? いつも聞いてるじゃないか。しつこいくらいにね。ただ、お前から聞いていたイメージだと、大人しくて清楚な感じだったが……まさか、ナンパ女とはな。」

表情のない目で絵梨香をちらりと見た零は、またワインに手をのばす。

「お、おい零! そんなこと言うなよ。」

絵梨香もムッとして言い返した。

「私だって蒼汰から幼馴染がいるって聞いてたけど、こんなに蒼汰と正反対の失礼な人とは思わなかったわ!」


蒼汰は頭を抱えた。

「おいおい……頼むから仲良くやってくれよ……」


食事はすこぶる美味しかったが、あまりにも話が弾まず、最後まで零と絵梨香が直接話すことはなかった。

蒼汰は、このままでは2人を返せないと思ったのか、「……ちょっと酒が足らないなあ」と上ずった調子で言うと、二人を絵梨香の家の近所の『RUDE BAR』に誘った。


絵梨香はもちろんのこと、蒼汰もかつて由夏に連れられて行ってからはちょくちょく通うようになり、今ではすっかり馴染みになっている。

何より『RUDE BAR』の店主の波瑠さんは零の大学の先輩ということもあり、零が珍しく打ち解けている人なので、今日みたいな日は波瑠さんが上手く回してくれるだろうと、蒼汰は期待を胸に抱いた。


渚駅で下車して、川沿いの道を3人横並びに歩いて北上する。

夜の風になびく、青々と茂りつつある桜の葉を見上げながら、蒼汰は、今年の春も満開の桜を見ながらここを1人で歩いたことを思い出す。

次の桜の季節こそは絵梨香と2人、手を繋いで…そう夢に見ながらも、いったいもう何年経ってしまっただろう。

一人物思いにふけっていると、後ろの2人が一言も喋らないので、気まずい雰囲気が絶頂期に達している。

「おっと、いけないいけない……」

蒼汰はやれやれと、零の肩に手を掛けた。


この桜川の道沿いにある絵梨香の住むマンション「カサブランカ・レジデンス」の前を通り過ぎ、『RUDE BAR』がある大通りに向かう。


その時、絵梨香が上の通りを指差した。

「あれ、パトカー?」

そのまま大通りまで上がると、コンビニの前にパトカーが1台、停まっていた。

「なんだ?」

蒼汰が怪訝な顔でそう言うと、それまで退屈そうに歩いて来ていた零が顔を上げた。

蒼汰がちらっと、零と目を合わせる。


「絵梨香、心当たりあるか?この辺で何かあったとか?」

「……なんだろ? あ、そういえば最近、声かけ事件が増えてるって聞いたよ。そういう通報があるんだって」

「そうなのか?」

「うん、波瑠さんが言ってたの。また何かあったのかな?」

「は? なら、どうしてもっと早く言わないんだ! こんな暗い道、いつも一人で帰ってたら危ないだろ!」

「でも……駅からすぐ近くだし……」

「ここは公園もあるし、人目につかない路地もあるだろ? 西側の桜花通り経由で帰るか、もう会社から由夏姉ちゃんとタクシーで帰るかしろよ」


赤信号で止まった。

横断歩道の向こうに目をやると、制服の警官が数人、西の方に歩いて行った。

パトカーの側にはスーツ姿の男性が立ったまま携帯電話を耳に当てていた。

ふとこちらに目をやり、耳から携帯を外すと、青になった信号越しにこちらを見て手を上げた。


「蒼汰……、先に店に入っててくれ」

零が静かに言った。

「ああ、わかった」

零が2人を追い越すように大きなストライドでその男性のもとに向かう。


「零くん」

その男性はそう言ってから、蒼汰にも手を上げて挨拶をした。

蒼汰はその男性に軽く会釈して、絵梨香の肩に腕を回して『RUDE BAR』に促した。

なんだか視線のやり取りがあったように見えた。

振り返って見ると、その男性と零はかなり親しげに話し込んでいた。


「え? なんで?」

「まあ、いいから。先に入ってよう」



第2話 『不穏なDinner Time』ー終ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る