【To the next stage】19th Track:みじかきあしの

 ここは、今を担う若手作家の書斎。彼女の名前は「ジャンヌ・ダ・ショコラ」、別の名を「カジメグ」と名乗る、ファンタジー冒険家だ。世間では「想像力が豊か」だと彼女は称されているが、一部の人間には本当に彼女が世界を救ったのだと信じられている。


 今を去ること十五年前。かつては女子高生だった、彼女はチョコレートが大好きであり、その甘い事件が、世界を変えることになる。それが「ショコラトル戦記」。甘く高級品と揶揄された一枚の板チョコが戦争を巻き起こし、その戦争の一端を悪魔が手引きし、悪魔に魅入られた四人の悪王を仲間と討ち……その冒険譚が飛ぶように売れて、世間では顔を隠して「謎の女流作家」として、学校に所属する栄養士の傍らで小説を書いているとか。その次作である「エルダーニュの薫る丘」が世に出ており、次作の「青龍の息吹」も期待される中、既に「ショコラトル戦記」のアニメーション化が現実のものとなりかけていた。


 **

 「愛(めぐみ)さん、お疲れ様。コーヒー淹れたよ」

 「あー、ありがとう。ふぁああ、ちょっと意気込んで書きすぎたなぁ。疲れちゃった。……さん、ごめんなさい。私も結婚して長いのだけれど、子ども、欲しいよね?」

 「いや、僕は別に君が頑張って仕事して、こうして執筆活動してくれるだけで嬉しいよ。その傍らでこうして支えられているんだから。それにさ、今、仮に子育てなんか始めたら世間のファンを悲しませることにならないか?」

 「それもそうだよね。あなたの優しさにいつも感謝してるわ。今度の自信作が書きあがったら、時間作って、その時は……ね?」

 「ああ。そうだね。頑張れ、カジメグ」

恋する女性作家は、まるで「あの頃の女子高生のようで」色褪せず、旦那が淹れてくれたコーヒーと苦めなチョコレートを口に含んで、じんわりと沁みる味に疲れを癒していた。

 「あのさ、今度の『Snow Night』はあれなんだろ?本格的に、君が関わることになるんだろ?」

 「あ、そうそう。『エレクトリカル』のアニメーション監督がね、若いバンドメンバーの青田買いをして、将来的にオファーをするんだって。ただ、それは秘密裏に行っていることで、本来の目的はあくまでも彼らの青春の爆発が見たいだけなの。私は会場に一般人としていくだけだからさ」

 「そっか。まぁ、いい実りがあるといいね。ホントに」

 

 **

 ――ライブハウス「カプトル」。ボーカルの菅浦 結衣が目頭を抑えながら、凛々しい顔つきをした四人の少年少女を見て、絞り出すように言った。

 「君らはよく頑張ったよ。僕らが、伊織くんが『楼雀組の息子』だって知っていながら、面倒ごとに巻き込まれたくなくって、一度は追い返したし、関係を持ちたくなかった。にもかかわらず、何度も何度も頭を下げに来た」

 「結衣は本当に頑固な性格でね、心陽が他界してから、余計に意固地になってるのよ。信頼を寄せた誰かに裏切られたり、目の前で去られるのが嫌だってあれだけ言ってたのに、あなた達がよっぽど可愛かったのかもね」

 「いや、それだけじゃないさ。僕はね、君らの可能性に大人が踏み入るってことをしない方がいいと思ってた。未熟で無垢な君らの土壌を僕らみたいな汚れた大人が踏み入って汚すわけにいかない。そう考えてね。すまない……これ以上言うと別れが惜しくなる」

 そっと四人にそれだけ言い残すと、結衣は奥の部屋に姿を消した。強がって泣いている所を見られたくなかったようだ。芽衣子とドラマーの智郎をその場に残し、「ワカバノアオハル」を見送った。


 今までのことを振り返ってみると、何とか音響機材を揃えたのだが、結局高校生の経済事情では賄いきれず、ライブハウス「カプトル」にいる「シベリアン・ハスキー」に助けを求める必要があったのだ。

 反抗的だったのは、意外にも藍呉だった。親しくしていた大人に裏切られたと言う気持ちが強かったのかも知れない。「ミッドナイトカーチェイス」以来、彼らと接点を持つことを禁じられていた為に、最後まで訪問を渋っていたのだが、説得の末に折れた。

 足りない技術的指導も、プロミュージシャンに仰ぎたかったのだけれど、これ以上彼らに迷惑を掛けられない……と思っていた矢先に、真摯になって話を聞いていた芽衣子が他のメンバーを説得し、「楼雀組と接点を持っていることを公にしない」という条件付きで、彼らを本格的に指導した。

 数か月間、伊織はとにかくボーカルトレーニングを特訓した。また、紫吹は三味線の腕を楼雀組の組員である比嘉に指導してもらい、楽器全般のことは「カプトル」のメンバーに指導を仰いだ。

 

 メンバーの中でネックだったのは、紫吹の我の強さが目立ち、伊織の歌唱力に対して、志乃吹の技術力が釣り合っていないこと。また、どうしても藍呉はパフォーマンスによってしまう癖があり、打楽器全般担当の藍呉は体力づくりが課題で、比較的小柄な身体で楽器を叩き続けることが課題だった。

 学校の終わった後に、合間を縫ってアルバイトをし、資金繰りを練って、音響施設を借りてのセッション。自分らの演奏を動画撮影して、それを見返して、課題を修正して向上に繋げていく……。徐々にではあるが、目標が定まったメンバーの成長は目を見張るものがあった。

 

 **

  いよいよ「Snow Night」の二次審査であるライブ当日がやってきた。外の環境はすっかり真冬に変わり、そこかしこ雪が覆って、路面も凍り付いていた。「ワカバノアオハル」の四人は、ライブで使用する衣装を着こみ、重そうに楽器を引きずりながら、白い息を吐いて歩いていた。

 紫吹と志乃吹は和服に黒と白の張り子の狐の面を付け、伊織は虎の紋の入った袴、藍呉は和服に両袖を襷(たすき)で縛り、和装姿で四人は姿を固めていた。

 名前も隠そうと言うことになり、紫吹は「くれない」、志乃吹は「いろは」、藍呉は「三ツ葉」、伊織は「狛犬」とそれぞれで呼び合うことにした。慣れないうちは何とも言えないむず痒い気持ちだったが、なんとなくそれぞれの気持ちに一体感が生まれて、どことなく嬉しかった。

 そして、会場である鏑木工業大学に着いた時、緊張感で足が震えそうになった。一ヶ月前にやっとの思いで動画審査に通過したのだが、今日は実際にライバル達と鎬(しのぎ)を削って戦わなければいけない。強がりな紫吹も、柄にもなく震えていた。


 「……もしも俺の逃げやがった父親に有名になって会うことが出来たとしたらさ、お前らに凄く感謝したいと思ってる」

 「なにをいいだすんだよ。水臭いぞ、三ツ葉」

 ニヤリと笑う「伊織こと狛犬」。しかし、「藍呉こと三ツ葉」の表情は真剣そのものだった。

 「いやな、俺は誰もが認めるマザコンだと言う自覚がある。なんなら、うちのお袋は世界一の和服美人だから、誰かに取られないかと心配になっているんだよ。それでもお袋に幸せになって思っている訳だ。これは俺が母離れしなきゃならねぇ大事な場面だ!」

 「この間、久々に美鈴さんと会ったけど、全く変わってなかったよなぁ」

 ミッドナイトカーチェイスの際に、唐突に和装姿で現れた暮崎 美鈴。やはり、結婚していない女性は見た目が変わらないのだろうか。あのしゃなりとした雰囲気は、誰かいい人がいつ現れてもおかしくはないだろう。ただ伊織にとってはあの華奢な女性が、過去の暴走族の頭を仕切っていたことが未だに信じられなかった。

 「しっかし、デカい大学だよなぁ。話によると『Qualia(クオリア)』って言うヒューマノイドロボットがこの学校から出たらしいぞ」

 緊張感をほぐしたいが為に聞きかじった話をする「紫吹ことくれない」。柄にもなく情報通であることが垣間見えた。そんなことを話していると、ロリータ系とゴシック系の恰好をした少女が二人、そして甘いマスクに緋色のスーツを着た少年が、「狛犬」達のすぐそばを通り過ぎていった。

 「狛犬」達が和装姿をしているのを見て、ライバルだと認識するや否や、ロリータ系の恰好をした少女が足を止め、身を翻して「狛犬」のもとに歩いてきた。

 

 「君らが『ワカバノアオハル』と言うのか。噂には聞いていたよ。僕らも負けず劣らず、変わった格好で勝負していることは自覚しているよ。あっ、初めまして。僕らは『図らずも小雨』と言うんだ。お互いに善戦をしようじゃないか」

 差し出された手を握る狛犬だったが、背筋がぞくっとした。彼女の表情は笑っているのだが、伝わる体温は冷たく、全くぬくもりが感じられなかった。

 「僕の名前は『栗花落(ついり)』。君と同じボーカル担当。で、こっちのロリータ系のふわふわしてるのが『氷雨(ひさめ)』、無口な緋色のスーツ着てる男が『天泣(てんきゅう)』。よろしく頼むよ」

 「そうですかぁ、それぞれ雨の名前をモチーフにしているんですわね?」

 話を聞いて頷く「志乃吹こといろは」。それを見てニヤリと栗花落は笑って見せた。全体的にポーカーフェイスを決めたような、表情が読めない雰囲気がどことなく漂っていた。

 ひとしきりに世間話をした後に、彼らは会場に姿を消していった。


 「頑張ろうぜ、伊織……じゃなくて、狛犬!」

 くれないに肩を叩かれる狛犬だったが、なんとなく気持ちの悪さがぬぐえなかった。


 **

 「くくっ、あれが噂に聞く『浅葱 伊織』か。情報はこっちで握っているのだからね……」

 「図らずも小雨」は会場に入っていったと見せかけて、「ワカバノアオハル」の背中を見ていた。栗花落の手に持っているスマートフォンの画面には、メンバーの個人情報らしきものがはっきりと映し出されていた。

 「もしも、私たちの邪魔をするようなら、あまーいいたずらでもしちゃいましょ!」

 氷雨がロリポップを舐めながら笑っていた。そうとは知らずに、「ワカバノアオハル」達は持てる力を出し切ろうと、頬を叩いて会場に入っていくのだった――。

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