7話 はじまり 1/3

 ストローがあたりを散策して戻ってきた頃には、シルクの髪の少女は泣き疲れたのか、眠り姫になっていた。

 メイシアの膝枕でぐっすり眠っている。


 「もう、大変だったんだからね。」

 ふくれるメイシアに慌ててストローが口の前で人差し指を立てる。


 「しーーー。起きてしまうよ。」

 「もう。」


 「ごめんね。」

 「それで、誰かこの子の事知っていそうな人は見つかったの?」

 「ぜんぜん。それどころか、人っ子一人、出会わなかったよ。」

 予想はしていたものの、メイシアががっかり、という感じでため息をついた。


 「でも、もうちょっと行ったところに小屋があったから、もしかしたらそこの子かも。その子が起きたら行ってみよう。」

 「……いつ起きるかなぁ?」


 「ものすごく急ぐ旅ではないとはいえ……困ったね、」

 「……急ぐ旅なんだけど」

 ストローが苦笑いをして、メイシアの横に座った。


 「それにしても、なんてかわいい子なんだろう。寝顔がまるで天使みたい。」

 そういって、シルクの髪の少女の頬を軽くつついた。


 「だめよ、起きてしまうじゃない。」

 「え?起きたほうがいいんでしょう?」

 「あ、それもそうだった」

 そういって、二人で笑った。


 あぁ、なんだろう。この気持ち。

 メイシアは、すごく久しぶりに暖かさで満たされたような気持ちになった。



 天使のような少女は、白いパフスリーブのブラウスに水色生地に白糸で美しい刺繍が施されたディアンドルを着ていた。

 スカート部分は同じ水色。

 エプロンは茶色生地で裾部分に水色やピンクで控えめな花の刺繍がしてある上品なコーディネート。

 なのに帽子だけがところどころほころんだ、からし色の古ぼけたキャスケットを被っていた。

 キャスケットからは長く美しい髪がこぼれている。

 肌は白く頬はバラ色で、ストローが触りたくなる気持ちもよくわかる。


 「……んん~、」

 メイシアが笑って揺らしてしまったせいか、ストローが頬を触ってしまったせいか、少女が眠りからこちらの世界に戻ってきそうだ。


 「……ウッジー、帽子ー……、」

 少女が目をこする。


 「お、おはよう。ウッジって誰かな?」


 ストローの声に少女がハッとして、一気に目を覚ました。と同時に、また泣き顔になり今にも大荒れに……というところで、メイシアが少女の頭を撫でた。


 「大丈夫よ。私たちは、あなたの事いじめたりしないから。」

 そういうと、泣きそうな口をぐっとつぐんで、泣くの飲み込んだようだった。

 そのまま天使の顔には相応しくない、疑り深そうな顔で二人を黙って見ている。


 二人は目を合わせて、腫れ物に触るようにおずおずと問いかけた。


 「キミは、どこから来たのかな?」

 「お母さんと一緒なのかな?」

 「もしかしてお父さんと、一緒なのかな?」

 「一人でこんな場所で何してたの?」

 少女はどの問いにも、全く答えない。


 「……もしかして、迷子かな?」

 その問いには、断固としてそれは違う!という意志表示なのか首を横に振った。


 「……じゃ、どうしてこんなところに一人でいたのかなぁ?」

 またもや、石のように頑なに動かない。


 「じゃ、誰かを探しているのかな?」

 顔が泣きそうになる。

 まさにそれが答え。

 誰かを探しているようだ。


 「そうか、お母さんを探しているんだ?」

 とストローが言うと、また、むんずと口をへの字にして首を横に振る。

 「……困ったなぁ。とりあえず、さっき見つけた小屋に行ってみようか。」

 ストローが進まない展開に困り提案を持ち出した時、少女がぽつっと小さな声で言った。


 「知らない人としゃべっちゃいけませんって、ウッジが言ってた。」


 ────!


 「安心して。私たちは怪しいものじゃないよ。そうだ。おなかへってない?パン食べる?……固いやつしかないんだけど……、」

 メイシアが慌ててカバンの中からパンを取り出して、取って付けたようににっこりとした。


 「あ、そっか!そのウッジっていう人を探しているんだな。」

 閃(ひらめ)いたストローが急に大きな声を出すと、それに反応した少女はまた泣きそうな顔に……どうやら、ビンゴの様だ。

 泣かれてしまうとまた会話ができなくなるので、メイシアが慌てて言葉をはさむ。


 「大丈夫、大丈夫だよ。じゃ、私たちも一緒にウッジさんを探してあげるから。泣かないで。」

 「ほんと?!」

 メイシアの苦し紛れの一言に、少女が今までで一番の食いつきで返事をした。


 「本当よ。だから、もう泣かなくてもいいよ。」

 パンを渡して、やさしく頭を撫でた。

 先日まで、母がしてくれていたように。


 「名前を聞かないとね。私はメイシア。知らないかもしれないけど、この先にあるカップ村って言うところからやってきたの。この人はストロー。二人で旅をしているの。……あなたの名前を教えてくれるかな?」

 「チャー。」

 「チャーちゃんね。どこから来たの?」


 「らずべりーひーるず。」

 「らずべりーひーるず……聞いたことないなぁ。ストローはある?」

 「ない。ウチはこの辺の人間じゃないからね。」

 「だよね……、」

 「とりあえず、泉まで戻ろう。私たち水持っていないから。堅パンだけじゃ、食べにくいでしょ。」

 

 泣き虫の眠り姫はチャルカだった。



 小道から出ると、傾き始めた太陽が泉の湖面に反射して、キラキラしていた。

 そろそろ夕刻になろうとしている。


 とりあえず湧水のところまで戻り、水を汲んでチャルカに飲ませた。

 ずっと水分をとっていなかったのだろう。

 その上、泣いて脱水症状にならなくて良かったと思わせるくらいの飲みっぷりだった。


 「チャーちゃんはどっちからやってきたの?」

 ぷふぁーと、気持ちよく一気飲みをしたチャルカが「あっちー」と今出てきた小道の方を指さした。


 とりあえず、二人がやってきた方向ではないようだ。

 しかし、方向が分かったところで、なんの手がかりにもならない。


 こんな小さな子。

 いなくなって両親はとても心配しているに違いない。

 その上、時刻はもうすぐ夕刻。

 森がそばにあるこんな場所はつるべ落としで夜がやってくる。

 小さい子供を連れてうろうろ出来るものなのだろうかと、いや、こんな小さい子が一人で遠出できるはずもないので、きっとこの近所の子だろうから大丈夫だろうか。

 そんな根拠がどこにもない可能性をストローは思いめぐらせていた。



 「もう夕方になってしまうわね。この子を連れて野宿……するの?」

 「そうだね……、両親が心配しているだろうし、どうにか暗くなる前には家を見つけてあげたいね。」

 「もしかしたら、送り届けたらその家で一晩泊めてもらえるかも!……チャーちゃん、パパとママはどこにいるのかなぁ?」

 メイシアのその言葉にチャルカの顔色がいきなり曇り、下を向いてしまった。


 「チャー、どうしたの?」

 慌ててストローが覗き込むが、あからさまに目線を外されてしまう。


 「……チャー、パパとママいらないもん。」

 そういうと、またグス……グス……と今にも泣きだしそうになる。

 慌ててメイシアが、チャルカを膝に座らせて頭をなでる。


 「泣かなくても大丈夫だよ。何か嫌なことがあったのね……」

 しかし逆効果だったのか、チャルカがひーーーんと泣きだてしまう。


 「チャー、パパとママはいらないのーーー」これを訴えるばかりで、ほかの情報は引き出せそうにない。

 二人は目を合わせて、今日中に解決することをあきらめて小さくため息をついた。


 ストローが折れかかった心にエンジンをかける息をフン! と吐き、対岸を指さした。


 「ほら、ほらあそこ。あれ、建物じゃない?」

 指の方向に目を向ける。


 二人がやってきた方向の岸は細かな砂利だったのだが、反対側は奥が森なので岸は土なのだろうか。

 葦が茂っていた。

 そして、葦の隙間から建物らしい屋根が覗き見ることができる。


 「あー、あれね。」


 「あの家の子ではないと思うのだけど、小さい子をつれて野宿もできないし、一晩泊めもらえないか聞きに行こうか。」

 「……そうね。もしかしたら、チャーちゃんの事知っているかもしれないし。とにかく行ってみましょ。」

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