第31話 花言葉

「た、助けてくれぇえええ!」


「お、お待ち下され! ジュノス神様!」


 なな、何なんだよこのおっさんはっ!


 あのあと、すべての事柄がアメストリアに知られぬようにとセルバンティーヌに話し合いをもちかけたのだが、上の空と言った様子で俺の話しをまるで聞いちゃいなかった。

 それどころか、俺の家臣になりたいと言い張ってきた。


 まさか、この世界で土下座を見ることになるなんて、誰が予想できただろう。


 何でも彼の話しを聞くと、アメストリアに喰魔植物の種を植えるから協力しろと、帝国にいる親類に持ちかけられたのだとか。

 セルバンティーヌのおっさんは祖国、レヴァリューツィヤにおいて没落貴族同然だったという。


 そんな折り、帝国内で不正をしていた貴族にそそのかされた。

 そもそもセルバンティーヌの祖先は帝国の人間であり、不正を行って俺を逆恨みしていた貴族とは親類関係にあった。


 つまり、これまでなぜ兄弟達が嫌われ、何もしていない俺が有力貴族達から好かれていたのか。

 それは……俺が不正を見てみぬ振りし、不正貴族達の都合のいい御飾りに見えていたからだろう。


 皇帝は昔から主人公補正で俺にだけ甘かった。それは大臣とて同じ。その恩恵を授かろうとする一部の不正貴族が俺に取り入ることで、俺を隠れ蓑に利用していたということだ。


 しかし、グゼン・マルスロッド大臣に不正を暴くように手紙を出してしまった。そのことが引き金となって掌を返した者がいる。

 その結果、他国を巻き込んだ大事件に発展してしまったというのが事の顛末。


 セルバンティーヌの話しだと、レヴァリューツィヤはアメストリアを吸収した後、何れ帝国を乗っ取ろうと考えており、そのどさくさに紛れて不正を暴かれていない貴族達が罪を逃れようと画策したのだ。


 自らの罪を、地位を守るためなら祖国をも簡単に差し出すとは……ほとほと愛想が尽きるな。

 貴族達には愛国心というのがまるでないらしい。

 もちろん、極一部の悪代官のような連中だけだが。


 今回の件で【悪役王子のエロエロ三昧】、まさかの裏設定を知ってしまう結果になったのは良いことだったのか、悪いことだったのかは謎だ。


「ったく、しつこいぞ、セルバンティーヌさん!」


「私はジュノス神様の忠実なるしもべでございます。僕がしゅのお側にお仕えするのは至極当然でございます。しーしっしっしっ」


 これだよ。

 俺がなにか言う度に自分は僕だと言い張って側から離れようとしない。

 かと言って、おっさんを間接的に巻き込んでしまったのは紛れもなく俺の責任。

 今さら国に帰れとは言えない。


 もしもこのままセルバンティーヌのおっさんがレヴァリューツィヤ国に戻れば……おっさんの人生がバッドエンドだ。

 それはさすがに気が引ける。


 仕方ないから革命軍の経理部として置いてやったのだが、これじゃストーカーじゃないか!

 俺に助けられたと勘違いしたおっさんには、俺が神様にでも見えているらしい。

 とんだ迷惑だよ!


「し、仕事をクレバさんから沢山貰っているはずだぞ! こんなところで油を売っていていいのか!」


「主よ、それなら御心配には及びません。このセルバンティーヌの頭脳を持ってすればあの程度、朝飯前でございます。しーしっしっしっ」


 クソッ、何で無駄に計算だけは早いんだよ!

 しかし、このセルバンティーヌのお陰で革命軍の財政事情が改善されつつあることもまた事実。


 竜車のために大量に仕入れたドラゴンや、今回の件で大量に雇った商人達の報酬など、出費は莫大だ。

 いくら帝国から補助金を得ているとは言え、こう散財していては倒産してしまう。


 だが、このおっさんのお陰で当面の目処が立ったことも事実なのだから、無下には扱えない。

 参ったな。


「ほ、ほら、そろそろライン国王陛下と今後の輸入問題について話し合いをするんじゃなかったのか? 魚を破格の値段で売るとは言ったものの、元が取れなければ赤字なんだぞ! お前の腕の見せ所じゃないのか! 革命軍経理大臣!」


「おや、もうそのような時間でしたか! 主との別れは魂を引き裂かれるほど辛く苦しいことではございますが、致し方ありませぬな」


 や、やっと行ってくれたか。

 いい拾い物をしたのかまったくわからんな。


「それにしても何が魂だよ、いちいち大袈裟なんだよな」


 ん……? レイラか?

 走り回ったため城内で迷子になっていると、中庭で彼女が花を摘んでいるところに出くわしてしまった。

 意外と女の子らしい一面もあるんだな。


「綺麗な花だね!」


「あっ……ジュノス殿下。あなたも花を愛でに? 意外ですわね」


「そうかい? 花は平和の象徴だよ。人の心がどれほど醜かろうと、花は常にお天道様に向かって誇らしげに咲いている。ここの花は実に優美だな」


「え、ええ……私もここの花は幼い頃からとても好きですのよ」


「いい庭だね」


 ここには色とりどりの花が咲き誇っている。

 ダリアに風鈴草、薔薇とアゲラタム、ビオラにミスソウ……。

 本当に様々な花が植えられているな。手入れも行き届いているし、大切な場所なんだろう。


「ここには……亡くなったお母様が好きだった花が植えられているのよ」


「…………」


 何か……聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がする。

 まっ、俺から窺った訳ではないのだが……気まずいな。


「お母様はいつも仰っていたわ。この世界から争いや妬みが消え去れば、誰もが花のように凛々しく咲き誇れるのにと……。いつもそんな理想をお母様は口にしてらしたわ」


 どこか彼方を見つめるレイラは、いつもの勝ち気な彼女とは少し違った表情を窺わせる。

 具体的にどこがどう違ったのか何てわからないが、水辺を漂うスイレンのように透き通る彼女を不覚にも綺麗だと思ってしまった。


 こんなに間近でまじまじと彼女を見たことなんてなかったから、気づかなかったけど……睫毛が凄く長い。

 だけど、屈んで花を愛でるその手は……とてもお姫様の手とは思えない。

 微かに見える剣ダコはこの国を救いたいと願った彼女の思いなのだろう。


 それが俺を殺すためのものだったのだと悟った時、目前で咲き誇る薔薇の棘が胸に絡みついたようにチクチクと痛みを伴う。

 綺麗な花には棘があるとはよく言ったものだ。親しくなればなるほど……彼女を知れば知るほど関わることが辛くなる。


 けど、関わらなければ俺に未来はない。何て皮肉な薔薇何だろう。

 美しいと遠巻きに見ている分にはいいのだが、手を伸ばした途端そいつが俺に猛威を振るう。

 彼女が俺を敵視するように、俺もまた彼女を敵視していたというのに……この感情は何なんだろうな。


 きっと彼女の母が亡くなったと聞かされたから、前世の母を思い出してしまったのかも知れない。

 生まれ変わったのなら……記憶など永遠に消えてくれれば良かったのに。この世は本当に無慈悲だな。


「ジュノス殿下……あの、これを」


「ん……これは?」


「白のダリアですわ。今回……あ、あなたがアメストリアを救って下さった……その……御礼ですわ」


 確か……白のダリアの花言葉は感謝。

 俺に感謝してくれるのか? 俺を処刑台に送るはずのレイラ・ランフェストが……。


「ありがとう……凄く嬉しいよ!」


「え、ええ、まぁ……その、感謝くらいは当然ですわ!」


「俺も少し花を摘んでもいいかな?」


「ええ、構いませんわよ」


 お返しと言っては何だが、俺も彼女に花を送ろう。と、言っても、ここにあるのはすべて彼女の花なのだが。


 どれがいいだろう?

 あっ、風鈴草!

 これは少しレイラに似ているな。

 ふふ。小さな鐘のようは見た目は彼女のドリルに瓜二つだ。


「レイラの感謝に応えて、俺からはこの花を送るよ! 受け取って貰えるかな?」


「へ……っ!? か、カンパニュラ……」


 ん? 何でそんなに顔を真っ赤にして瞠目するの?

 風鈴草に何かあるのかな?


「すす、少し考えるお時間をいたっ、頂きますわっ!」


 慌てたように上ずった声で去って行ってしまった。

 それにしても、考えるって何のことだろう?



 まっ、いっか!

 明日には帰国だし、今日くらいのんびり過ごすか。

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