第14話 トライアングル

 セルーヌのサロンを出た俺は、真っ直ぐ教室へとやって来た。


 教室と言ってもここで授業を受ける訳ではないと言う。

 王立アルカバス魔法学院は大学のようなシステムになっており、生徒自身が時間割を作る。


 何を専攻し、どのジャンルの魔法を極めたいかにより、取る授業を自分達で決めなければならない。


 生活魔法、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、補助魔法、召喚魔法、空間魔法と様々、中でも精霊魔法は人間種には扱えないと言われている。


 精霊魔法は基本的にエルフ族や他種族が扱うものとされているからだ。


 この中から自分が学びたい分野を選ばなければならない。

 選んだものによって授業を受ける教室も異なる。

 と、最初の授業で教わる。

 まさに今、教わっている最中だ。


 一時限目は各自、自分の時間割を組み立てること。

 斜め前の席に腰を下ろすレイラはどんな授業を選んでいるのだろう。

 凄く興味があるけど、他人の時間割を覗き見ることは失礼なのでグッと我慢する。


 俺が絶対に覚えて置きたい魔法は……防御魔法と回復魔法、これは欠かせない。

 これから様々な困難が俺に襲いかかって来るかも知れないと考えた時、やはり自己防衛は大切だ。


 怪我をした時のことも考慮して、回復魔法も重要となるだろう。

 次に覚えて置きたいのが精霊魔法。

 俺はエルフとのクォーターなので、多分精霊魔法が扱えると思う。


 敵が人間だけという保証なんて何もない。そうなった場合、精霊魔法が俺に取って未知なもので、対処法がわからないとなったらとても困る。

 だいたい学べる科目は5つまでと先生が仰っていた。必須科目も含まれるから、そう多くは学べない。


 もちろん、それ以上学ぶことも可能だが、あまり欲張って取ってしまうと上級魔法を扱えなくなる危険性が生まれる。

 と、いうのも、例えば攻撃魔法――別名黒魔法と呼ばれる魔法学の中には、四大元素と言われるものがある。


 火・水・風・土――これらを四大元素と呼び、黒魔法の中に一括りにされている。

 つまり、攻撃魔法を専攻すれば、さらにそこからどの属性を学ぶのかを決めなければならない。

 火の授業と同時刻に、水の授業が行われている場合もある。


 そうなると、必然的に多くは学べなくなってしまう。

 それでも無理に詰め込み過ぎると、卒業時に初級魔法しか扱えません、と悲惨なことになりかねない。



「よし、これで完璧だ!」


 時間割を作ったら先生に提出して、本日の授業は終了となる。

 まぁ初日だからこんなものだろう。


 あとはホームルームを終えれば家に帰れる。

 部活とかもあるみたいだけど、新入生にはまだ仮入部すら認められていない。よって今から考える必要もない。


 ホームルームが始まるまでの間、出来るだけ大人しくしておく。

 目立ち過ぎると他の生徒やレイラに睨まれてしまうからな。

 それにあの手紙……ステラと出くわしてしまう危険性も考慮しなければ。


 出来る限り気配を押し殺し、警戒しながら周囲を確認する。

 凄く怪しい動きになって、却って目立っていないか心配だ。



「み・つ・け・た♡」


「ん……?」


 ――ガタンッ!


「ハッ!?」


 げッ、げぇぇええええええええええっ!?


 驚きのあまり反射的に立ち上がり、そのまま後ろ向きに壁際まで後退してしまった。


 だって、だって、目の前に最も出会いたくない人物、ステラ・ランナウェイが何処からともなく突如現れたんだ。


 ストロベリーピンクの長い髪を両サイドで結ったツインテール、ザ・少女漫画のヒロインのようなキラキラお目々……いや、そんな可愛らしいものでは決してない。

 狩人が獲物を刈る時のような視線……。


「キャーーーッ! ジュノス王子様がステラと出会えて感激して下さっているわ!! ねぇ、見て見て、ほらーーっ!」


 あざとく上目遣いで見つめる姿……さりげないボディタッチと甘ったるい喋り方の打算的な声音。

 見ず知らずの人の腕にするりと絡んで距離を詰めにくる。


 一体これのどこが上流階級……貴族のお嬢様なんだよ!

 おしとやかさなんて微塵も感じられない。


「キャッ、ジュノス王子様にこんなところで出会えるなんて、ステラ感激ですぅ」


 しかし、間違いない……その言動はゲームで見ていたステラ・ランナウェイそのものだ!

 前世で初めて彼女を見た時は女の子らしくて可愛いと思っていた自分を、ぶん殴ってやりたい!

 これはただの痛い女じゃないかっ!


 だが、これこそがトラップ!

 主人公に好き好き光線を出しまくるこの子が、まさか最後の最後で裏切るなんて誰が予想できようかっ!

 自分のことを好きだとずっと言ってくれるヒロインに掌を返された時の喪失感は半端ない。


 事実、俺が初めてエンディングを迎えた時は、ショックで3日寝込んでしまった。

 監督とプロデューサーの悪意しか感じない……。


「ちょっとっ! お静かにして頂けます! ここは学舎であり、皆さん遊びに来ているのではなくてよ!」


 しまった……。

 ステラが教室ではしゃぐから、ただでさえ俺と同クラスになったことで機嫌の悪いレイラが、憤怒してらっしゃる。


 既にクラスの大半はアメストリア国のお姫様であるレイラの味方。

 俺はクラスの嫌われ者となりつつある。そんな中、ステラの登場で彼らの敵意に拍車がかかってしまう。


 あぁ、お願いだからみんなそんなに顕著に侮蔑的な態度を取らないでよ。

 俺だって凄く困っているんだよ。

 なんなら気持ちはみんなと同じなんだと言いたい!


「キャッ、ステラとジュノス王子様の運命的な出会いを妨げる悪の手先の登場だわ! プンプン」


「あ、あなた、何処かで頭をお打ちなられたのではなくて? 学園に来る前に病院へ行かれた方がよくてよ」


 レイラの仰ることはごもっともだ。貴族社会において、ステラ・ランナウェイの存在自体が異質なもの。

 場違いなんだよ!

 あぁ、彼女の言動を見ているだけで俺の方が赤面してしまう。


「あなたのような不敬な方を、よく学園側は受け入れたものよ! 出身国と家の階級をいますぐ述べなさい!」


「ステラはここ、リグテリア帝国の出身よ。家の階級は……今は男爵ですけど、すぐに皇妃になるの! なぜならステラはジュノス王子様の未来の妻なんですからッ!」


「つつつ、妻っ!?」


 ひぃぇっ!?

 なんでこっちを見るんだよ! 少し話してレイラだってわかっただろ?

 その子は痛い子なんだよ! そういう設定なのっ!


 ああ、お願いだからこっちに来ないで……。

 壁に張り付いた俺は動けない蝶や蛾のように、レイラからもステラからも逃れられない。


「ジュノス殿下、あなたの御婚約者は立場や身分をわきまえていらっしゃらないのではっ!」


「いやっ……」


「ぁああああああ、ダーーメッ! ステラの王子様に言い寄らないでもらえるかしら! それに、あなたこそ失礼じゃない。帝国の次期皇帝に向かって意見を述べるなんて1億万年早いわっ。本当にどこのド田舎出身なのかしら?」


「どどど、ド田舎ですって!? 私はアメストリア国第一王女、レイラ・ランフェストですわ! 男爵家の人間が一国の姫君に向かって不敬よ! この責任を帝国側はどう取るおつもりですの、ジュノス殿下!」


 ななな、なんで俺にそんなこと言うのさ! 知らないよっ!


「あら、知らないのかしら? 王立アルカバス魔法学院では、家柄や階級を表に出してはならない。皆ここでは等しく、一学生である……と、この生徒手帳には記されているのよ!」


 どや顔で水戸黄門のように生徒手帳をレイラに突きつけるステラ。

 その話しを聞いて、レイラがローブの内ポケットから透かさず生徒手帳を取り出した。


 パラパラと凄まじい速度で速読している。


「…………ッ!」


 あったのだろう。

 生徒手帳なんて普通読まないから知らないよね。俺も初めて知ったよ。

 ステラは余程暇だったのだろう。

 なんたって生徒手帳を読んでいるくらいだもんな。


「ゴホンッ、しかしながら、別のクラスの生徒が他所の教室に来て騒ぐのは如何なものかしら? その辺はどうお考えですの? ジュノス殿下!」


 だ・か・ら、なんで俺に言うんだよ! 本人に直接言ってよ!

 俺も困ってるの、被害者なんだよ!

 察して下さいよ!


 心の中の叫びが神様に届いたのか、チャイムの鐘と共に先生が入室して来て、ホームルームが始まった。

 それに合わせてステラも自分の教室に戻って行ったのだが、帰り際、振り返りこちらに向かってウインク……。


 それを見たレイラの柳眉が険しく曲がる。

 同時に俺の心も曲がる……いや、ポキッと折れた。



 ホームルームが終わってすぐ、俺は一目瞭然に逃げるように校舎を飛び出した。

 これ以上2人に巻き込まれるのは勘弁願いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る