紙飛行機のメッセージ

学縁天国得る楽縁 西原昌貝

第1話 入院先の女性看護師

「あれ?俺どうしてたんだっけ?」


 病院のベッドの上で目覚めた馬淵森一(まぶちしんいち)はつぶやいた。

 森一のつぶやきに答えるようにベッドサイドに立つ白衣の女性が言った。


「清水君に『シンさん黄疸でてるから病院に行ってください』ってずっと言われていたんでしょう。さっさと来ないからこういうことになるの。」

 声の主を見上げると、そこには看護師姿の河合遥(かわいはるか)がいた。


 高校時代に出会った森一と遥の二人は、遥の告白から付き合いが始まり、恋人同士の期間を経て、お互いに結婚を意識するところまできていたのだが、

 或る日突然、森一に思うところがあり、身勝手を承知で、

「俺が一流の役者としての代表作ができるのが早いか、お前が見切りをつけるのが先か。」という選択肢を、半ば一方的に遥に持たせたままになっていた。


「いい相手が見つかったら迷わずそっちを取れよ。」と大見得を切って自ら離れて、3年近く会っていなかった遥が、突如自分の担当看護師として付いていたことに、代表作と呼べるものなど未だにない森一は、気恥ずかしさも交えて驚いた。


 それでも名札を見ると「河合」のままだったことに、森一はどこかホッとしていた。


「救急車をシンが断るから、清水君がうちの病院に車で連れて来たの。その時のことは全く覚えてないでしょうけど、救急搬送ものだったのよ。ひょっとして、舞台の稽古中に倒れたのも覚えてないの?」


 清水優哉(しみずゆうや)。森一が所属する劇団の後輩で3つ年下。

 公立医大に一発で合格した秀才のくせに、大学在学中3年生の夏に初めて見た、それもたった一度森一の舞台を見ただけで役者を志し、あろうことか大学を辞めて、森一が所属する劇団に入団してきた変わり者だが、森一を兄のように慕う気のいい青年だ。


 かつての恋人の頃のまま「シン」と呼ばれたことに、森一はまた一つホッとした。


 清水と遥は、清水がまだ在籍中の大学病院での会合で出会い、清水が当時見たばかりだった劇団の舞台話をしたことで意気投合し、話をするうちに共通点が森一であることにたどり着いていた。7年前の話である。

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