エマニュエル ー未来へー

第二十三話 貴婦人に見えなくもないわ

― 王国歴 1051年夏


― サンレオナール王都 ルクレール侯爵家




 伯爵令嬢である私エマニュエル・テリオーは、実家の南部テリオー領から実に六年ぶりに王都に出てきました。将来の婚約者ナタニエル・ソンルグレに同伴され、王都での滞在先ルクレール侯爵家に到着します。ルクレール侯爵夫妻であるアナさまとジェレミーさまに温かく迎え入れられました。


 その後、勝手知ったるナタニエルが私を離れに案内してくれました。


「今晩は一族勢揃いだよ。僕が花嫁を連れて来るのが皆待ちきれなかったみたいだから」


 花嫁だなんてナタニエルは言っていますが、まだ婚約も正式に成立していないのです。


「えっ、勢揃いって?」


「そう。夕食はここで僕の家族も一緒にとることになっているからね。エマ、食事の前にお風呂に入る? ねえ今晩はこのドレスを着てよ。僕の瞳の色と似ているし、君の美しい髪が良く映えると思う」


 ナタニエルは私の荷ほどきをしている年配の侍女の横から手を出して私のドレスを物色中です。


 田舎住まいの私は王都の高級貴族が着るような立派なドレスは必要ありませんし、持っていません。ナタニエルが選んだ緑色のドレスは私の貧相なドレスの中でも一番見られるものでした。


「そうね、貴方のおっしゃる通りね。そのドレスにします。お風呂には入らないわ。きっと湯船の中で寝てしまいそうですもの。一日馬車の中に座っていただけなのにね」


「それでは着替えをお手伝い致します。ナタニエルお坊ちゃまは母屋でお待ち下さいませ」


「えー、追い出さなくってもいいじゃないか」


「何をおっしゃっているのです? お嬢さまのお着替えに殿方が同席だなんて言語道断でございます! それに年頃のお嬢さまのお荷物を漁るだなんて!」


 流石、ルクレール侯爵家の侍女です。ナタニエルは彼女にあっという間に追い出されてしまいました。


「ちぇっ!」


「お坊ちゃまもお着替えが必要でございましょう?」




 私はその侍女の見事な手さばきにより、自分でも見違えるように変身しました。


「まあ……ありがとう。この髪をここまで綺麗にまとめられるなんて。私も貴婦人に見えなくもないわ」


「それがエマニュエルお嬢さまの元々の輝きですわ」


 これならナタニエルのご家族や親戚の方々にも良い印象を与えられると信じたいです。




 夕食の為にルクレール家に集まって来られた皆さまを紹介されました。


 まず、ナタニエルのご両親に挨拶しました。


 彼と血の繋がらない継父のアントワーヌさまは温厚でお優しそうな方です。王国史上最年少で副宰相になられるくらいですから、きっと職場では厳しいお方なのでしょう。


 お母さまフロレンスさまはとても上品でいかにも侯爵夫人といった感じでした。ナタニエルはお母さまの髪の毛と目の色を引き継いでいます。


 お二人はルクレール家の玄関に入ってくる時からしっかりと手を繋いでおいでで、私がナタニエルに導かれて彼らの前に進み出た時はアントワーヌさまが奥さまの腰を抱いていました。


 ナタニエルにはご両親はいくつになっても周りが恥ずかしくなるくらいの仲の良さで、人前でも堂々といちゃいちゃしていると教えてもらっていました。


「ソンルグレ侯爵夫妻、お会いできて光栄です。エマニュエル・テリオーでございます」


「まあそんなにかしこまらないでも宜しいのに。長いことナタニエルがお世話になりました。先に王都に戻ったアナさんからエマニュエルさんのことは色々聞いていたのですよ。私の想像通りの可愛らしいお方ね」


「僕もお会いできて光栄です。ナタンはエマニュエルさんにベタ惚れだってね。これからも息子のことをよろしくお願いします」


 アントワーヌさまのそのお言葉にフロレンスさまはくすっと笑いをこぼされていました。ナタニエルが自分のことを僕と言うのはお父さま譲りのようです。


「お二人とも、私のことはどうぞエマとお呼び下さい」


 パスカルと同級生だったナタニエルの妹ローズさんと面識はありませんでした。


「エマニュエルさん、初めまして。パスカルさんはお元気ですか? 結婚式の時に久しぶりにお会いした時は見違えるように逞しくなられていて驚いたものです」


 彼女に紹介された瞬間に思い出しました。ナタニエルと別れた直後に彼と一緒にいて、私が新しい彼女だと勘違いしていたのは実は妹のローズさんだったのでした。


 彼女はアントワーヌさまと良く似ておいでで、聡明そうな方でした。


 今日ここにはいらしていないローズさんの旦那さまはナタニエルの親友のマキシムさんです。私も学生時代、彼のことはナタニエルから良く聞いていました。


 ローズさんは先月生まれたばかりの息子さんオリヴィエくんを抱っこしていらっしゃいました。目のぱっちりとした何とも愛らしい赤ちゃんです。


 下の妹マルゲリットさんはナタニエルと同じくお母さま似でした。


「兄には散々エマニュエルさんのことを聞かされていたものです。やっとお会いできましたわ。けれど遠征後すぐに王都に連れ戻るまでの熱愛ぶりとは……うふふ」


 剣の腕が立って泳ぎまで出来るというのが信じられないくらい深窓のお嬢さま風というのは本当でした。彼女はナタニエルに向かって意味ありげな微笑みを浮かべています。




 アナさまの三人のお子さまたちにも会うことができました。長男のギヨームさん、次男のアンリさんに一番下のミレイユさんです。


 それから王都にお住いの、アントワーヌさんの養父母ソンルグレ前侯爵夫妻、アナさまの弟テオドールさまもいらっしゃいました。


 夕食前は緊張していた私も、皆さまとても親切で私のことを心から歓迎して下さっているのが分かり、ほっとしていました。私も段々と打ち解けて、賑やかな夕食を楽しめました。


「ナタニエル君よ、仕事の遠征先で僅か三週間で花嫁を見つけてくるとはなぁ。それにしてもお前は草食系だとばかり思っていたぞ、俺は。中身は肉食のロールキャベツ系男子だな」


 ジェレミーさまのお言葉に笑っているのはフロレンスさまやジェレミーさまのお子さまたちだけです。意味不明の言葉が挟まれる会話について行けないのは私だけではありませんでした。


「伯父様、僕だっていざとなったら決める時はキメるのですよ」


「アナの奴、俺がテリオー家に居た時には何も教えてくれなかったんだぜ。帰りの馬車の中で初めて聞かされてビックリよ」


「旦那さまがあまりナタンを揶揄からかっても良くないと思って言えなかったのです」


「どういう意味だよ!」


 そこで一同は苦笑していました。


「まあとにかく、ナタンも遂に男になったか! 良かった良かった」




 食事の後、しばらく居間で歓談し、それから夜遅くなる前にお客さまはお帰りになりました。ナタニエルもご家族の皆さまと帰宅しました。


 私は離れの部屋に引き取らせてもらい、入浴し寝衣に着替えてやっと一息つきました。


 一日中馬車に揺られていた疲れと、ナタニエルのご家族の皆さまに一度にお会いしたという緊張で私はあっという間に眠りの国にいざなわれていきました。




***ひとこと***

マキシムはローズによりルクレール家への出入りが禁止されているようです。だってあのアンリ君が大騒ぎするのが目に見えているのですもの。

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