第13話

 以前、こんな話を聞いたことがある。いや、話というよりは説教に近いものだったかもしれない。

 人間の発明は日々更新されていき、それは自分たち一般市民も恩恵を得られることができている。そしてついには時間を自在に制御する技術も完成してしまった。

 しかし、どんな技術もそれを使う人間によっていくらでも悪用ができてしまう。インターネットなんてまさにそうだった。もし対策が十分に立てられていたら、かつての数々のネット犯罪は大きく数を減らしていたかもしれない。だから例え便利な技術でも、社会での利便性を急いでリリースする前にやるべきことは、その技術による犯罪を抑止する態勢を整えることだ。

 ――だからタカヤマ、お前が持っているその機械は人々を守るだけのものじゃない。時間を操るなんてとんでもない技術の信頼を守るためだ。

「そう言っていたじゃないですか……ナカオさん」

「……多分、お前の頭では何かしらのモノローグが流れているんだろうけどよ。俺には聞こえていねえからな」

 雑居ビルの屋上に足を踏み入れたタカヤマの声掛けに、屋上の中央に立っていた男が小さな水たまりで音を鳴らしながら振り返る。

 ナカオを追ってやってきたのはタカヤマのいた時間帯から20年近く前の国内某所であった。夕闇が二人の横顔をひっそりと照らす。

「率直に言います。ナカオさん。あなたがオオツキさんにTMデバイスを渡したんですね?」

「そうか。オオツキさんは捕まったのか。まあ、来るとしたらお前じゃないかと思っていたけどよ。よく追ってこれたな」

「元奥さん……いえ、奥さんの言葉で、こうして辿り着くことができました」

「あいつが?オオツキさんじゃなくて、あいつが何か喋ったのか?」

「取り調べてはしていません。ただ、あの方はオオツキさんを目の前にしたとき、『どうして最近連絡をくれないの』とおっしゃいました。しかしナカオさんたちは最近、離婚調停で顔を合わせているはずです。だから少し奇妙に思い、少し調べました」

「ほお。ほんで、実は俺とオオツキさんが離婚調停には出席しなかったことがわかったのか」

 間延びした声。まるで内閣が電撃解散したニュースを居間で見ているような、驚いているようでどこかのんきなナカオである。

「正確な失踪場所までは最近まで調べていませんでしたから。あとは、ナカオさんの自宅から離婚調停が行われるはずだった裁判所の間を徹底的に洗いました。そこまで絞り込めれば、ここを突き止めるのに時間はあまりかかりません」

タカヤマは自分の口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。

「俺の予想だと、ナカオさんは以前からオオツキさんと面識があった。経緯はわかりませんが、ナカオさんはオオツキさんにTMデバイスを渡し、この世界からできる限り3時を盗むように指示をした。ナカオさんは初めはそのまま時捜として捜査を続け、機を見計らって身を隠した。おそらく、追跡を混乱させるための時間移動の痕跡を、捜査を多く行うことによって周到に用意してから身を隠したんでしょう」

「あと、オオツキさんの時間干渉の痕跡をできる限り隠したのも俺だよ。オオツキさんにはしばらく娘と孫娘には近づかないように言っておいたし、よくオオツキさんまでたどり着いたな。相当ラッキーなんだな、お前」

「確かに時間干渉の跡を元にヨコヤ夫人を調べても、オオツキさんに捜査の矛先が向くまでは時間がかかるでしょう。俺がオオツキさんに疑いの目を向けることができたのも、完全に運でした」

「オオツキさんもすぐに身を隠す予定だったんだけど、その前にお前に会っちまうとはな。どうも、3時を盗んだ時と違って逃げる踏ん切りがなかなかつかなかったようだな」

「……ナカオさん、よければ話してくれませんか。なぜ、オオツキさんと手を組んで身を隠すまでして3時を盗もうとしたのか」

「まず、真っ先に確保しろって教えなかったか?」

「すぐ近くに後輩を待機させています。逃げることはできません」

「ま、逃げるつもりはないがな……。取調室でもう一度話すんだろうが……お前にならいいだろ」

 地面が濡れているにもかかわらずその場に胡坐をかいたナカオを、タカヤマは驚いて凝視する。動機を聞いてみるということは犯人を確保する際に何度かやってみたのだが、そういうのは昔に見たドラマの中だけのことのようで、それらのすべてが空振りに終わっていた。しかし、まさかこの場で夢にまで見たシチュエーションに出会うとは。

 タカヤマはいかんいかん、と首を振ってナカオに向き直る。

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