第7話

                    *



「う……ッ。んうふ……ッ! ん、んんッ……、ぐ――」


 山中にある廃業した採石場の事務所跡に連れ込まれ、目隠しと口枷を付けられた状態で、蜂須賀は電源装置を使った拷問ごうもんを受けていた。


 椅子の脚に足首を結束バンドでくくりつけられ、腕は高い背もたれの後ろに回された状態で、手首を足と同じもので拘束されている。


 上腕の電極の針が刺さった地点からわずかに出血していて、肌をじっとりとらす脂汗ににじんでいた。


「むうッ! ぐうう……っ」


 電気を流す度に身体がのけぞり、口枷くちかせの穴から唾液が流れ落ちて身体を汚す。


「一旦止めろ」


 始まってから5分が経過して、拷問官役の男の命令で電流が止められた。


 ぐったりとうなだれ肩で息をする、蜂須賀の黒い短髪をつかんだ男は、グイッと無理に顔を上げさせると、


「おいアマ。いい加減吐く気になったか?」


 逆の手で蜂須賀の頬を張ってからそう訊く。


「……」


 力なく首を横に振り、当然、蜂須賀は自白を拒否する。


「ふうう――ッ!」


 男は舌打ちをすると蜂須賀から手を放して、拷問を再開させた。


 蜂須賀を連れ去った後、雪緒の誘拐係が蜂須賀の車を調べたが、雪緒の姿どころか痕跡もなく、ならば、と人海戦術で蜂須賀が配送した先を捜索した。

 しかし、居合わせた殺し屋や用心棒に追い返されたり、ただの食洗機の配達だったり、と空振りだった。


「は……、あ……」


 5分おきに中断と意思の確認と再開を繰り返す内に、蜂須賀はうめき声を上げなくなり、


「あ……、ふ……」


 荒い呼吸と共に唾液を垂れ流しながら、電気刺激に身体がビクビクとするだけになった。


「ちっ、何も吐かずに気絶しやがった」


 目隠しを取って演技でない事を確認した男は、顔をしかめてもう一度舌打ちする。


「これからどうします?」


 そう男に訊いた部下と、そのほかの4人は、力なくうなだれる汗だくの蜂須賀をめる様に眺めていた。


「早く言っておけば、と後悔させてやれ」


 それを見て、拷問官の男も下品な笑みを浮かべ、他の連中に蜂須賀を移動させる様に指示を出す。


 拷問官の男は、これから行なわれる事を映像に残すため、隣の社長室に機材を取りに行った。


 男達は蜂須賀の足の拘束を外し、四肢を掴んで持ち上げると、建物に比べて真新しいソファーの上に乱暴に寝かせた。


 再び蜂須賀の足を拘束し直した男達は、各々が興奮気味にズボンのベルトに手をかけた。


 そこで、アイマスクの下の蜂須賀の目が開いて、素早く後ろ手に縛られた腕を前にくぐらせる。

 少し自由が利くようになった手で、目隠しを外すと同時に、ぬらり、と彼女は立ち上がった。


「ん? おいあの――ぷげっがごッ!」


 1番近くにいた1人がふと気がついたときにはすでに遅く、蜂須賀の強靱きょうじんな身体のバネの力のみによる頭突きをらって、顔の出っ張りが潰れた。


「クソが!」


 その1メートルほど後ろの男が、素早い反応で応戦しようとしたが、


「あっばっふっ!」


 足の自由が利かない状態にもかかわらず、蜂須賀は男の身長よりも高く跳躍ちようやくして、そのこめかみにドロップキックを喰わせて吹っ飛ばした。


「ふげぇ……」


 すぐ隣にいた男が巻き添えになって、電源装置に頭をぶつけて気絶した。


「ヒ……」


 体操選手並みの姿勢制御でバック宙しつつ、蜂須賀はTの字姿勢で綺麗きれいに着地した。


 あまりの激しい挙動に耐えきれず、手足の結束バンドが引きちぎれていた。


「ふう。なんか新しい世界に目覚めかけたよ」


 蜂須賀は唾液だらけの口枷を外し、その辺に投げ捨てつつ、やや興奮気味な口振りで冗談めかして言う。


「ば、バケモノ……」


 あっという間の出来事に、対応すら出来なかった一番若い男は、尿を垂れ流しながら腰を抜かしていた。


「バケモノとは失礼な」 


 ため息を吐いた蜂須賀は、後ずさりする若い男に容易に追いつき、その鳩尾みぞおちに正確な蹴りを入れて気を失わせた。


「おい、何の騒ぎ――ぐえぁ!」


 トイレで1度致してきた拷問官が、特殊警棒を手に慌てて帰って来るも、使う間もなくドアの裏にいた蜂須賀に、ドアを思い切り閉められ廊下に得物ごと吹っ飛ばされた。


 部屋から出てきた蜂須賀が、男をうつ伏せに裏返してその太股ふとももの上に座り、自身の足で男の手を押さえつける。

 それから、彼女は男の顎を両手でつかみ、頭を思い切り後ろに逸らして締め上げた。


「アガガババババババババ――ッ!!」


 凄まじい背筋力によるキャメルクラッチで、男の筋肉がブチブチ音を立てると同時に、骨が軋む音とそれらによる痛みを男の脳にこれでもかと伝える。


「君のボスの居場所を吐いたら止めたげるよ」


 痛みに顔をクシャクシャにして悶絶もんぜつしている男へ、蜂須賀は穏やかな口振りでそう訊く。


「そ、それはできなギャアアアア!」


 男は答えるのを拒否しようとしたが、蜂須賀がほんの気持ち強めに締め上げると、


「教えます! 教えますから止めてええええ!」

「本当に?」

「嘘じゃないでいぇああああ!」

「よーし、わかった」


 面白い悲鳴を上げる男の手を放すと、そこまで小田嶋に忠誠心がなかった男は、洗いざらい情報を吐いた。


「さてと」


 後ろから拷問官のこめかみをぶん殴って気絶させた蜂須賀は、電源コードでまとめて縛り上げた男達から、奪い取った服をひとまず着て1つ息を吐いた。


「君の最期の願い、きちんと叶えるよ。美雪」


 事務所跡の外に出た彼女は、その両拳を強く握りしめ、まだ暗闇に支配された空を見上げそう独りごちた。

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