第28話 十二人

 それは、遠い遠い星の、物語り。


 目を開けると、そこは変わらない〈船〉の中だった。

 だけど、何かが違った。何が違うんだろうと思って、次の瞬間にはすぐに理解した。

 ひとがいる。複数のひとが〈船〉の中央、銀色の大きな円テーブルに集まって、座っている。

 いや――ひとじゃない。人間じゃなかった。

 それは一瞬ぼくらと同じように見えたけれど、少し醜かった。頭が大きくて、背はたけるほどもない。猫背で、腕がすごく長かった。肌の色は、やや灰色がかったペールオレンジだったり、畑の土色みたいだったり、キィに近いくらい真っ白だったり、いろいろだ。髪の色も、黒かったり赤かったりする。みんな色は違ったけれど、同じように長く伸ばしていた。

 目は顔の半分を占めるくらい大きくて、鼻は低くつぶれていた。口は――口だけは、ぼくらとよく似ている。

 誰かが、ぼくのシャツを後ろから握った。

 びっくりして振り向いたら、久野だった。青ざめた顔で、目の前の『ひと』を見つめている。たけるもいる。こーすけもだ。だけど、キィの姿はそこにはなかった。

「これ……なんや……」

 震える声でこーすけが呟いて、ぼくのとなりに並んだ。ぼくはわけも判らず、静かに左右に首を振る。

 その『ひと』たちを数えてみると、十二人だった。ちょうど一ダースだ。男も女も正確には判らない。子供なのか大人なのかお年寄なのかも、判断がつかなかった。みんな、背は少しずつ違う。顔立ちも、どことなく違う。髪の色も肌の色も違う。共通点は、どこかの国の衣装みたいな、だぼっとした服を着ていることぐらいで、あとは全部違うのに、どの顔立ちの人が大人なのかとか、女なのかとか、よく判らなかった。


〝とうとう、我々だけになってしまった〟


 ふいに、そのなかの一人がそんな言葉を漏らした。それは日本語でも英語でも、もちろんフランス語でもドイツ語でもなかったと思う。だけどぼくはその言葉の意味を、何故かすぐに理解できた。

 その一人が呟いた言葉は、とても、とても疲れていた。ため息がそのまま、言葉になったみたいに。


〝最後の十二人というわけね〟

〝この惑星の最後の生命種か。全て、全て――消え失せた。死滅した〟

〝わたしたちも、間もなく死ぬでしょう。たとえ子孫を残そうとしたところで、もうこの惑星は生命を受け入れまい〟


 一人の言葉が引き金になったみたいに、みんなそれぞれ口々に呟き始めた。

 ひとりは、さみしそうに。ひとりは、かなしそうに笑って。ひとりは、何も感じていないみたいに。ひとりは、皮肉っぽく口をにやりとゆがませて。

 だけど――みんな、疲れていた。


〝あと、どれくらい持つかしらね〟

〝さあね。長くはないことは確かだろうけれど〟


 その十二人が話している会話の意味は、ぼくには少し判らなかった。

 ただ、その言葉の持つ空気とか〈船〉に広がっている寒さとか、十二人の疲れた気配とかが、それがどうしようもないことについて話しているんだって、ぼくに教えてくれる。


〝だからこその『母なる計画』でしょう?〟


 ひとりの――黒い肌に赤い髪の毛を持つひとの言葉は、一瞬にして〈船〉に沈黙を呼んだ。それまで口々に呟いていた残りの十一人はすっと口を一文字に結んで、静かにそのひとを見た。

 それから、誰も言葉を交わしていないのに、まるでそうすることを話し合ったみたいに一斉に同じ動きをした。

 四本しかない指の、一番長い一本を口にもっていって、噛む。赤黒い血がぽたぽたっと銀のテーブルに落ちた。十二の小さな血溜まりが出来る。

「……」

 久野とたけるが、ぼくのシャツを強く握って来た。怖いんだ。あたりまえだ、ぼくだって怖い。きっととなりにいるこーすけだって、そう思ってる。

 十二人は、ぼくらが見ている中で、その手を中央に寄せた。十二の片手が、重なり合う。


〝我ら最後の十二人は、ここに誓う〟

〝十二種の血の盟約により、ひとつとなることを〟

〝『母なる計画』により、たとえこの身が死滅しても、ひとつとなることを〟

〝この惑星の最後の母となることを〟

〝新たなる生命の居場所を求め〟

〝そこで最初の母となることを〟

〝永遠に等しい時の中で〟

〝想いを受け継ぎ、紡ぎ続けることを〟

〝ひとつとなることを〟

〝いつかまた、生命の居場所が見つかるときまで〟

〝ひとつでありつづけることを〟

〝十二の血の盟約により、ここに誓う〟


 何かの呪文みたいだった。もしかしたら、呪文そのものなのかもしれなかった。

 不思議な響きを持ったその言葉を、十二人がそれぞれに呟いて――

 そして、緑の光がまた、視界を覆い尽くした。


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