第32話 衛の兄弟

 鄭の昭公が衛に出奔した頃、その衛では事件が起こっていた。


 かつて、衛の宣公は父、荘公の妾にして庶母であった夷姜と関係を持った。その彼女との間に急子が生まれ、その急子を右公子・職という人物に教育させた。


 急子は心優しく、謙虚で誠実な人物であった。そのため右公子・職もそんな急子に良く尽くしていた。右公子・職はある日、急子のために斉の僖公の娘である公女(恐らく、文姜の姉)を娶らせるため斉から招いた。


 右公子・職はこの婚姻を通じて、急子に斉との繋がりを作り、今後の国君となった際の糧にしてやりたいという思いから斉から公女を招いたが、これが急子に不幸をもたらすことになった。


 斉からやって来た公女は大変美しかった。この婚姻を喜ぶ宴の際に彼女を宣公が見て、


(美しいじゃないか)


 と思った。宣公は父の妾であり、庶母であった夷姜と関係を持つような人物である。そんな彼がこのような美女を見て、我慢できるはずはなかった。この日、宣公は斉の公女を急子から取り上げ、斉の公女を自分のものにし、関係を結んだ。


 そのまま斉の公女は宣公の妻妾になった。そのため彼女は後世において、宣姜と呼ばれる。


 急子には代わりに別の女性を娶らせた。この身勝手な行為に対し、右公子・職は怒った。


「息子の妻になる女性を奪うとは、急子様。これを許して良いのですか?」


 右公子・職はもし、急子が宣公を攻めると言うのであれば喜んで攻めるつもりであった。それだけ彼は急子に惚れ込んでおり、元々この男はそういう苛烈な部分があった。


 そんな彼の言葉に対し、急子は首を振った。


「仕方ない、父が気に入られたのであるのだ。それにまだ婚姻を正式に結んだわけではなかった」


 急子は孝行の人でもある。また、この時代子は親に孝行し、尽くすという考えは儒教の概念ではあったが儒教の考えが成立する以前からその考えは古代中国における共通概念であった。その考えに急子は従うのは当時の人物としては普通の感性ではある。


 急子にその気がないのであれば右公子・職もこれ以上言うことはできない。だがこの時、彼は急子に強く言うべきであったと後悔するようになる。


 宣公の宣姜への寵愛は時を経て行くうちに増していき、夷姜は寵愛されなくなっていった。


 宣姜は宣公との間に寿と朔という二人の息子を産んだ。宣公は急子の時と同じく、教育者を付けることにし、寿には左公子・洩を、朔には獳羊肩を付けた。


 宣姜は二人が産まれると宣公に夷姜への讒言を寝屋でするようになり、宣公は夷姜に対し、ひどい扱いをするようになった。


 やがて宣公からの愛が失われたことに絶望した夷姜は首を吊って死んだ。


 さて、宣姜が次に標的にしたのは自分の夫になるはずだった急子である。


 自分の夫になるかもしれなかった急子を殺そうとする宣姜は悪女というべきだろうか?しかしながらそれほどに自分の子を国君にしたいと願うのも普通のことではある。血の繋がらない他人よりは血の繋がりのある息子である。


 この歪みをもたらせた責任は宣公に求めるべきであるというのは、彼女を擁護しすぎであろうか?


 話を戻す。


 宣姜と共に朔も急子のことを宣公に讒言するようになった。母が悪いと言うのであれば、息子であれば、それに従うものであろう。しかしこれを何とか止めようとした者がいた。彼女の息子である寿である。


「母上、朔、お止めください。兄上は年長者であり、正統な後継者です。それを除こうとするのは国に禍をもたらします。どうか考え直しください」


 家族や血の絆などよりも衛という国の公子であるという意識が寿という公子は強かった。


 しかしながらこの言葉を聞いても、二人は止まらず、讒言を繰り返した。二人がなぜ、急子を除こうとするのか寿には理解できなかった。


(兄上は我らを害そうと思えばいつでもできたはず、されど兄上は我らを弟として接し、尊重しているではないか)


 そう考える寿は再度、諌めようとするとこれを左公子・洩が止めた。


「寿様、これ以上諌めるのはお止めください。奥方様も朔様も君の寵愛を受けています。その一方、急子様は嫌われております。急子様を庇うと不当な扱いを受ける可能性があります」


 教育係として彼を守らんとする言葉に対し、


「弟として、兄を庇うことの何がいけないのか」


 と、寿は聞こうとはしなかった。この態度に対し、左公子・洩は立派であると称えたかったであろう。


 宣公は宣姜と朔の讒言を受け、遂に急子を殺すことにした。宣公は急子から宣姜を奪った負い目があるため急子を除こうと考えていたのである。そのためこの讒言は彼にとっては背中を押す言葉となった。


 しかしながら流石に国君である宣公はそのまま処刑するのでは外聞が悪いと考え、そのための計画を立てることにした。


 内容はこうである。急子を斉へ使者として出す。その際に白旗を持たし、莘の地で人を伏せて白旗を持った者を殺せと命じたのである。


 この計画を寿が知ることになった。彼は急いで急子の元に向かうと、この計画のことを話した。


「兄上、国境の賊が兄上の白旗を見たら殺すように命じられております。行けば殺されます。行ってはなりません」


 しかし、急子は首を横に振った。


「子が父の命に背けば子として用いられなくなる。父のいない国なら別だが、ここでは逃げるわけにはいかない。父の命に背いてまで生きるわけにはいかない」


 そう言って、彼は斉に行く準備を始めた。そんな彼の行動に対し、寿は行動に移した。


 出発前、寿は急子を招き、宴を開いた。そこで寿は急子に酒を進めた。急子は断ろうとしたが寿は一杯だけと言うため、酒を飲んだ。寿は急子にまた酒を進めた。急子は断るが寿はしつこく進めるため酒を飲んだ。このように急子は何杯か飲み、酔いつぶれると、


「兄上、どうかご無事で」


 寿はそう呟くと、急子の白い旗がある車に乗り、斉に向かった。そして、莘の地に差し掛かった。


 当初の予定通り、待機していた賊は白い旗を見ると、車に乗っている寿を襲い、これを殺した。


 酔い潰れていた急子は目を覚ますと、寿がいないことに気付いた。


「馬鹿者が」


 そして寿が自分の身代わりになったことを悟ると、直ぐ様、後を追いかけた。


 莘の地では賊たちは殺したのは急子ではないため困り果てていた。そこに急子がやってきた。


「必要なのは私の命のはずであろう。彼に何の罪があるのか。私を殺せ」


 賊は殺害対象の急子がやって来たため、そのまま急子を殺し、宣公に報告した。


 宣公は報告を受けても、眉を少し上げる程度であった。その後、太子を朔にすると発表した。この翌年に宣公は亡くなり、太子に選ばれていた朔が即位した。これを恵公という。


 右公子・職と左公子・洩は主を失ったためこの件に関わった恵公を怨んだ。


 衛には再び新たな乱の火種が生まれたのである。

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