第26話 剣を持つということ
「何しにきたんですか」
「巫女様が外出禁止を解いてくれたとのことで」
「……アズサが貴方に秘密の仕事を命じていて、夜間外出ができないと困るって言うからです。そんな風に自由にぶらつかせるために許したわけではありません。そんなわけでもう一度聞きます。何しにきたんですか」
「ちょっとお話ししたいと思ったんです」
一夜にして解かれた僕の夜間外出禁止令。
僕は約束通り、巫女様に剣術を教えにきた。
が、その前に、どうしても聞いておきたいことがあった。
「ふぅ……なんですか。用があるなら勝手に話してください」
噴水の淵に座り、用意していた水を飲む巫女様。
僕はその隣に腰掛けた。
「貴方……本当に身の程知らずなのですね」
「え?何がですか?」
「もう少し私を特別扱いしたらどうなのです?」
「はぁ。ん、私?」
「妾って言いました!どうして貴方はすぐ私をからかうのです!?」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ」
本当にコロコロと表情が変わる巫女様だ。
良い意味で、子どもらしい。
「巫女様は、どうして剣を学びたい、なんて思ったんですか?」
「え?なぜ、そんなことを?」
「なんとなく、ですかね」
だからこそ、彼女が戦おうなどと考える理由が知りたい。
武の道、その先には、必ず目的がある。なくてはならない。
巫女様は空を見上げた。釣られるように僕も見上げる。
宇宙の様子がそのまま見える今の空は、とても広くて、なんだか不安になる。
目を逸らし、巫女様を見ると、彼女は僕を見ていた。
否、僕を通して、何かずっと遠くを見ているように思えた。
「私は、きっと怖いんです。責任を、取れないことが」
「責任?」
その言葉は、彼女の歳で口にするには、あまりに重い言葉だ。
けれど、至天民であれば話は違う。加え、カグラ・イスルギは巫女だ。責任はいつだって付いて回っているはず。
「自分が死ぬ想像をしたことはありますか?」
「前回の襲撃では何度か」
「そうですか。私は、何度もあります」
巫女様は噴水によって溜まった水を指でなぞる。
「死んだ後、どうなるかは知りませんし、興味もありません。
けれど、自分が生きた生に意義があったのか。自分が自分たり得たからこその意味が、その生にはあったのか。
そればかり、考えてしまうんです」
「巫女様はまだお若い。そんなことを考えるのはずっと先でも……」
「いいえ。このセイレーンは、いつ沈んでもおかしくない。いつ、全てのサーレが収められる棺になってもおかしくないのです」
「それはそうですが」
「私は命に意義が欲しい。
もし、戦争で負け、サーレが全員処刑される時、私は何故殺されるのでしょう。
生まれの運命を背負い、自ら得たわけでもない地位によって先頭を歩き、後方で味方の死を眺める。
勝ったとしても同じです。私は結局、何をするでもなく、干渉せず、時代のシミにすらならずに消えていくんです。
貴方たちのような普通のサーレが作る未来にいるだけの存在になりたくない。それだったら、生まれてきた意味がないのです」
「僕には、わかりません」
本当に、わからない考えだった。
僕たちは、毎日人類をどう殺すかばかり考えていて、自分の生まれた意味なんて考えたこともなかった。
いや、
初めから答えを手渡されていた。僕は、人類を淘汰し、サーレの平穏を築くために生まれてきたんだ、と。
けれど、彼女は違うのだろう。
僕のように、答えを渡されていないから。
未来を、選ぼうとすれば選べるから。
それはとても幸せで羨ましくて。
そして、残酷なことに思えた。
「貴方は、この数週間の練習の中で、私の情報をかなり探ってきましたね」
「……流石に気づきましたか」
「素晴らしい話術でした。言いたくもないことをどんどんと言わされました」
「滅相もない」
「私はずっと、あの侍女三人としか会話をしない日々を過ごしてきました。いつしか立場など忘れて、彼女らを対等な存在だと考えていたのかもしれません」
巫女様は立ち上がり、竹刀を構えた。
「格好つけたことを言いましたが、結局私は、彼女らが羨ましいだけなのかもしれませんね」
振り下ろすその剣は、やはり未熟も未熟だけれど。
ひたむきで、まっすぐだった。
「妾って、言わなくていいんですか?」
「やはり貴方は意地悪ですね」
「そうでもないですよ」
僕は巫女様の隣にたち、竹刀に手を添えた。
「な、なんですか!?」
「集中してください。握り方がおかしくなっていますよ」
「え?」
「戦えるようになって、いざ本当に戦い、自分の意思で時代を変えることができれば、生きた意味はあったと言えるのか。
それは、僕にはわかりません。
だけど、巫女様が自分でそれを選んで進むというのなら、応援したい、とは思うんです」
「はぁ……つまり?」
「巫女様、これからもよろしくお願いします、ということです」
笑いかけると、巫女様は顔を赤くして僕から目を背けた。
「仕方ないですね。上達するまでは、妾に剣術を教えることを許して差し上げます」
と、小声で言う彼女は、やはり年相応でもあって。
どこか達観したような巫女様と、少女である巫女様。
どちらが、本当の彼女なのだろうか。なんて、そんなことを考えながら、短い夜の時間を過ごした。
***
――――四日後。
「着いたよ、ランデくん」
「……そうですか」
僕は巫女様の侍女、サガミさんは僕に笑いかける。
国防軍本部からエレベーターで移動し、たどり着いた射出口には、全長二〇メートルほどの宇宙船が用意されていた。
あのエルツ脱出戦から八年。
僕は、初めてセイレーンの外へ。
宇宙へと、旅立つのだ。
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