第3話 独りではない者 9
「エリーさん、昨夜は大丈夫でしたか?」
「特に大丈夫。 今日もよろしくね、ネリネ」
「はい、お任せ下さい!」
ネリネの仕事は、この冒険者ギルドの治癒使い。
なのでここに所属する冒険者が怪我をした場合、治癒魔法をかけなくてはなりません。
いつメンバーが怪我をして帰ってくるか分からないので、治癒使いは基本的に代わりの人が居なければずっとギルドハウスで待機なのです。
治癒魔法を使える者は世界的にも決して多くはありません。 けれどここのギルドはもう一人、レティさんが治癒魔法が使えます。 なので私は用事があれば外に出ることが出来ますし、治癒使いが二人もいる冒険者ギルドは中々にしっかりしているとも言えます。
今日はランシェさんにやることを聞いたらダンさんと一緒に魔物狩りに行くと仰ってました。 ダンさんに自分のことでお金を使わせてしまったので、少しでも助けになりたいのでしょうね。 冒険者は基本的に魔物を狩ることでお金を稼ぐのですが、お二人は結構お強いそうですし、お金に困ることはあまりなさそうです。
と、いうことでランシェさんが用事があるので私は今日はしっかりお仕事です。 治癒をしなければいけない怪我人が特にいない場合はやることが少ないのが正直なところです。
怪我をしている方達に怪我の具合を聞いたり、包帯を巻き直してあげたり。
怪我人が多いときは忙しいものですが、今は結構暇なのです。
ですので、私は自分の持つリュックから折りたたまれた地図を机に開きました。
これは世界地図というものでとても大きく、見るのも大変な地図です。
地図には今までの旅路を語るように沢山色々なことが書き込まれています。
かつて一緒に旅をしていた仲間が書き込んだものもあり、これは私の宝物です。
次に行きたい場所の目的地を確認し、交通手段や必要なものなどが書かれたノートを開き、何か書き漏れがないかを確認します。 何か忘れていて、旅路の途中何かあっては、それは命の危険ですから何回も確認することは必要なことなのです。
しかし、ここは幸運にも冒険者ギルド。 二人の治癒使いもいるほどですから、それなりの大きさのギルドです。 ですから、得たい情報があれば割とすぐに見つけられる、便利な場所なのです。
すると、今帰ってきた冒険者の中に怪我をしている方がいました。
私は救急箱を持ちその方へと駆けつけます。
「いやあ、やっと帰って来られたよ」
任務で数日帰ってこられなかったというその方は腕に怪我をしています。
自分で手当てをしたようで包帯が巻かれていますが、包帯は既に汚れていて衛生的とは言えません。
「どんなお仕事だったんですか?」
私は包帯をそっと外しながら尋ねます。
「いやあ、息子の仇を討ってくれっていう仕事でね。 金がよかったのさ」
冒険者ギルドには数々の任務が依頼されてきます。 ここのギルドは国からも一般の方からも仕事を請けるようで、仕事内容は様々なものです。 冒険者は基本魔物狩りで稼ぎますが、その他だってあるのです。
「無事仇は討てたんですか?」
傷は幸いにも綺麗なものでした。 刃物でやられたのかすっぱり切れていますが、大切なところは無事です。
私は傷口にそっと手を当てて治癒魔法をかけます。
治癒魔法をかけなくてもいい具合の傷もありますが、この傷にはかけた方がよいでしょう。
治癒魔法をかけるための方法は人それぞれですが、私の場合は祈りです。
頭の中で、その人の幸福を、笑顔を思い浮かべ、すべてが良い方向にいきますようにと、祈ると治癒魔法が発動するのです。
傷口がポオと光りゆっくり傷口が消えていきます。
今日のあなたが幸福でありますように。 明日のあなたが幸福でありますように。
「もちろんだともっ! 褒めてくれよネリネちゃん」
「それはすごいすごい」
私は少々適当に褒めましたが彼は嬉しそうに笑いました。 その笑顔に釣られて私も微笑みます。 きっと一般の方が私たちを見たら言うでしょう。 人を殺しといて笑っているなんて、と。
しかしこれが冒険者です。
生きることも死ぬことも、生かすことも殺すことも、日常的に隣りにある私たちは、一つの仕事を終えたことに笑う、それだけなのです。
「治りましたよ」
傷があったことなど嘘かのように綺麗に傷口はなくなり、私も満足です。
「おお、ありがとうよ」
彼も嬉しそう感謝を言うと腕を動かします。 腕に異変はないか確認しているのでしょう。
「礼にやるよ」
そう言って彼が差し出してきた箱の中身はチョコレートでした。 チョコレートと言っても色々な色でコーティングされていてまるで宝石箱です。
「ありがとうございます、おいしく頂きますね」
ギルドの方からお金はもらっているのですが、それでもお礼をくださる方々はいます。 本当なら断るのが筋なのでしょうがお金意外なら私はもらうことにしています。 だって嬉しいですから。
治療を終え席に戻りチョコレートを鞄に入れます。 後でダンさんとランシェさんと共に食べようと思ったからです。
ノートや地図を再度確認し、今度はお財布を開きます。 お金がいくらかあるか数えるためです。 何せ私は治癒魔法は使えますが、剣や攻撃魔法はからっきしなので戦うことが出来ないのです。 戦うことが出来ないということは冒険者の稼ぐ方法である魔物狩りが出来ないということです。 それならば冒険者にならないほうが楽に生きていけるというのに、私は今冒険者なのですから不思議なものです。
そのため節約できる所では節約をしなければいけません。 なんてたって貰えるお金は今働いているギルドのお給金だけですからね。
お金を丁寧に数えていると、男の人に抱えられた血で染まった人がドアから現れました。 私は再び救急箱を持って駆けつけます。
しかし私は彼の傷の具合を見ると救急箱を使うことなく、即座に治癒魔法をかけます。
足の傷はまだいいですが、お腹の傷が深いようです。 治癒魔法でも効果があるかはわかりません。
「くそお、いてえよお」
男の人が辛そうに言います。 私に出来ることは傷を治すことです。
彼の体を机の上に横にしてもらい、お腹に治癒魔法をかけます。 効きますように、と祈りながら。
苦しみに歪んだ彼の表情が笑顔に変わることをイメージして祈ります。
今日のあなたが幸福でありますように。 明日のあなたが幸福でありますように。
ポオを傷口は光ります。 魔力がジリジリと減っているのがわかります。 この人がまだ今日の二人目でよかったです。 今日の終わり頃に彼が来たなら治癒魔法をかけるだけでも必死だったでしょうから。
怪我をしている本人も、付き添っている人も、不安そうにポオと光っている傷口を見つめます。
完全では無いけれどある程度傷は治癒できたようでした。 私は内心ホッとしながら治癒魔法を終わります。
深い傷は治癒魔法が効きにくいです。 なぜってそれだけ、その人が死ぬかもしれない運命を歪めているということですから。 傷が深く治癒魔法が効かないときも生きる時は生きますけどね。 結局はその人自身の生きる力の見せ所なのです。 治癒魔法はその手伝いをしているだけですね。
怪我をした男の人は力尽きたように眠りに落ちました。 私は担架を持ってきて付き添っている人に手伝って貰いながら寝室へと運びます。
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