第2話 帰る場所を探し旅をする者

第2話 帰る場所を探し旅をする者 1


「起きろ、冒険者!」


 大きな声と同時に腹に重たい衝撃を受けて私は目を覚ます。

 すると銀色の固そうな物体で体が覆われた男が迷惑そうに私を見下ろしていた。 恐らくこの男が私の腹に蹴りをいれたのだ。

 その男は不思議な見た目をしていた。

 銀色のもので体に覆われているのもそうだが、体にプルーフがない。

 髪や瞳は月の色ではない。

 髪は太陽の色をして、瞳は葉の色をしている。

 初めて見る者に私は驚いた。

 男の周りにいる者たちもそうだ。 髪や瞳は月色でなく、また体にプルーフがない。 初めて見る生き物だった。

 そしてその者たちの後ろに映る景色は草木ではない。石で出来たような、四角い建物がいくつも並んでいる。

 体を起こすために地面につく手の感触もおかしい。 土ではなくこれもまた石のようなものであった。

 初めて見る光景に私は混乱する。

 一体何がどうしたんだ? 確か森が燃えていたのでは……。

 そこで頭によぎるのは、意識を失う前に見た小さな子どものことだ。

 これが現実ならば、何かしたのはあの子どもなのだろう。


「なぜ、お前みたいなのがこの地区にいる? 許可証はあるのか?」


 思考に耽っていると男が迷惑そうに問いかけてくる。 しかし男が何を言っているのか分からない。 地区? 許可証? 一体なんのことだ。 それよりも私を森に戻してくれ。 私がいるべき場所はここではない。

 とりあえず私が思いついたのは、この場を離れることであった。 この雰囲気はよくないことであるとわかる。

 私が立ち上がると周りが叫び声を上げた。 まるで私が獣かのように。

 私が足を進めようとすると、さらに叫び声を上げられた。 そして太陽の色の髪をした男に腕を掴まれる。


「いいか? さっさと冒険者地区へと帰れ、小汚い獣め」


 その言葉は私を貶しているのだと分かった。 小汚い獣だと? 私は誇り高いプルーフ族である。

 この私を貶めた罰として、少し痛い目を見てもいいだろう。 私が拳を振り上げた時だった。


「すんません、コイツ、俺の連れで」


 私の拳が太陽の色をした男へ届かないよう、腕を掴んだ者がいた。

 そんな邪魔を気にしないで拳を振り落とそうとするが、力が強くビクとも動かない。

 思わず私は動きを止めた者を見上げると、また初めて見る容姿をした男が立っていた。

 大地の色をした肌と瞳に髪は漆黒。 大きな、男だった。


「今すぐこの地区から去るんで」


 そう言って男は、すごい力で私の腕を引っ張って太陽の色をした髪の男の前から立ち去ろうとする。

 私は抵抗しようとするが、何せ力が強い。 私はグイグイと引っ張られて、どんどん進んでゆく。

 すると道には、また様々な色をした者たちが沢山いて私の頭は混乱しそうだった。 いや、すでに頭は追いつかない。 一体何がどうなっているのか。

 そして思い出すのは、私が意識を失う前の子どものこと。

 逃がすとか、生きろとか。 一番最後に生き残った者と言われた言葉を思い出した。 そこから想像するに、こうなったのは子どものせいだ。 あそこで死ぬはずだった私はあの子どもによって生かされたのだ。 そしてこの地へと訪れた。 まるで異世界のような、森ではない世界。

 そして、無言で何も言わないまま、私の腕を掴みグイグイと進む男を見上げた。

 その大地の色の肌と瞳、漆黒の髪は、私の目を奪わせる。

 私とは逆の色をした容姿をもつ男だ。


「なんで、そんな色をしている?」


 そして男への初めての問いかけは、そんな容姿への疑問だった。

 しかし男は質問に答えることはなかった。

 ただ黙々と私の腕を掴んで、歩くのみ。


「ここはどこだ? どうして皆色が違う? プルーフは?」


 私は続いて質問をする。


「私の住む森はどうなった? 皆死んだのか?」


 男は答える気がなさそうだった。 けれど私は続いて質問した。

 質問しなければ、頭がパンクしそうだった。 私はもう既に現実に付いていけなくなっていた。


「どうして髪が漆黒? どうして肌の色は大地の色なんだ?」


 もう答えが返ってこなくてもよかった。 ただ頭の中にある山のような疑問を吐き出してしまいたかった。

 どんなに私が男を見上げて質問しても、男は一度も私を見ることなく、ただ前を見て突き進んだ。 周りにいる人たちが、たまに私を見て悲鳴を上げた。 その者にとって、きっと私は異質なのだろう。

 そして漸く歩く速度が緩やかになると、男はついに声を発した。


「許可証もなく、そんな見た目で禁止区域にいるなぞ迷惑だ。 追放されて、関係のない冒険者にまで迷惑がかかったらどうしてくれる」


 ようやく喋ったと思ったら、質問の答えではない。 私があそこにいたという事への批判だった。


「目覚めたら、あそこにいたんだ」


 私は正直に答えた。


「森が燃えて、死ぬだろうと思ったら、子どもが現れたんだ。 そして次に目覚めたらここにいた」


 なぜ出会ったばかりの男にこんなことを話すのか。

 それはきっと、男が私とは正反対の容姿を持っているからだった。

 正反対であるならば、どこか近いような気がしたから。


「ふうん」


 どうせ信じることはないだろうと思ったが男は否定しなかった。

 私だったら信じることは出来ないが、この男は違うらしい。


「信じるのか?」


 思わず私は聞く。


「よくある話だろ」

「よくあって堪るか」


 私は男の言葉を否定する。 こんなことがよくあっては堪ったものではない。

 そして男と私は大きな門をくぐった。

 すると男は、あんなにも強く掴んでいた私の腕を離す。


「じゃあな」


 そして男は踵を返し、私から離れようとした。

 今度は私が男の手を掴む番であった。


「何だよ」


 それは、つい掴んでしまったのだ。

 別れがたいとか、何か質問をしたいだとか、そんなことは思っていなかった。

 ただ、まだ別れてはならない、と反射で男を止めてしまった。


「なぜだろう、掴んでしまった」


 しかし掴んだ手を離すつもりはなかった。 しかし理由が出てこない。 でも、強いて言うならば。


「まだ別れ時じゃないと思うんだ」

「いや、別れ時だね」


 男は迷わず即答した。 それに私の手を振り払おうとする。

 しかし私は手が離れないようギュッと掴んだ。


「迷惑だ」


 男は心底思っているように、眉間に皺を寄せて言った。 私も、自分でしといて、そう思う。 申し訳ない気持ちも多少ある。 だが、だからと言って手は離さない。


「ついていく」


 そう、私は一人なのだ。

 こんな知らないものだらけの世界で、心細く不安な気持ちもある。 誰かに縋っていたいという、情けない気持ちもある。

 けれど、生きるために、この男と一緒にいた方がいいだろう。 少なくとも一人でいるよりはずっと。


「俺は冒険者だ。 弱いヤツは邪魔だね」

「冒険者というのが何かは知らないが、私は槍を使う。 名前の由来にしていただけるくらいには、使えるつもりだ」

「それに俺は旅をしている冒険者だ。 一つの場所には留まらない」

「別に問題ない」

「……はあ」


 男は困ったかのようにため息を吐いた。 私はどうやったら男が頷いてくれるか考えた。 しかし、男にとって私がいて良いことなど、あるのだろうか。 少なくとも私だったらゴメンである。


「無理矢理離しても、無駄だ。 後ろをついていく」

「俺はお前に好かれるようなこと、なんかしたか?」

「いいや」


 私は首を横に振る。 少なくとも今は、男のことを嫌いでも好きでもない。 まだ名すら知らないというのに、好きか嫌いかなど決められるものか。

 すると男は更なる力で手を振るい払った。 その力はすごいもので、ここまでの力を持つ者は初めてであった。

 そして男は掴む手が無くなるとスタスタと先ほどみたいに早く歩いて行ってしまう。

 どうせ一緒に行くのなら、仲良くなりたいとは思うが、難しいかも知れないな。

 私と男が持つ色が正反対の様に、相性も合わないのだろうか?

 そんなことを思いながら私は歩く男の後ろをついていった。



 男の後ろをついていっているだけであるが、気付いたことがある。

 それは私に対する悲鳴を聞かなくなったことだった。

 それは大きな門をくぐった後のことで、もしかしたら今いるのが冒険者地区という場所なのかもしれない、と考えた。

 道を歩いている者の格好も違う。 皆武器を携え、露出が多く体に模様が入ってる者もいる。


「冒険者とは一体何なんだ?」


 前を歩く男に問うが、答えは返ってこなかった。 私をいないものと扱っているかも知れない。

 それなら、いくら質問したところで無駄である。

 私は見失わないように男の背中を見ながら歩く。

 男の背中には大きな剣があり、剣の大きさは私の背丈くらい。 大きいだけでなく重たそうであるし幅もある。 素早く動くには難しそうな剣だ。

 そういえば大きな剣を扱う者は仲間にもいた。

 これほど大きな剣ではないが、大剣と言うには適した物だった。 仲間に使わせてもらったことがあるが、私には適した剣ではなかったな、と過去の思い出を思い出す。

 そして、そんなことを考えてしまっては更に思い出すのは仲間のことだ。

 死んだのか。 死んだのだろう。

 炎の海で転がった幾つもの仲間の死体を見たではないか。

 彼らは死に、私は生き残ってしまった者だ。

 あの子どもの言う通りなのであれば、私が唯一の生き残りなのだろう。

 あの足の速かったラニでさえ、燃えてしまったのだろうか。

 今の私は一体、何なのだろう。

 唯一の役目であった、魔物狩りでさえ、もう意味が無い。

 魔物を狩るということは、仲間の身を守るため、腹を満たすためであったからだ。

 しかし、その仲間はもういない。

 役目が無くなる日なんて来るとは思っていなかった。 生き残るのなら私以外の者の方が意味があっただろう。

 役目をなくし、仲間をなくした私にあの子どもは生きろと言った。 生きるということは呼吸をすることだ。 存在していることだ。 でもきっとそれだけじゃない。 役目をこなすためだけに生きていた私のように。 生きるとは呼吸するだけではない。 生きるとはもっと、何か……。



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