第48話:しんじたいひとはただひとり

「そういえば中学の時に仲良かった望海のぞみとはまだ交流があるのか?」

「ううん、もう連絡も取り合ってないわ」

「そうなのか。それで最近になって、お前が望海と同じことを言って迫ったわけか」

「やだー、にそんなこと言うわけ無いじゃないですか」


 ダンッ!!!


 僕は紫を壁際に追いやり、激しく紫の耳元に手を突いて迫った。

「誰が彩音のことだと言った!?」

「なっ…なんのことかしら…?」

 明らかに動揺している紫。

「変だと思っていたんだ。君が僕のすべてを否定するような別れ方をしておいて、ほとんど間をあけずに望海が僕に言い寄ってきた。。そして今の君もだ」

 紫のわずかに目が動く。

「文化祭の時は君より先に望海が来た。といっても何もせずに僕の姿を見て帰ってしまったけどな。本当に君らは息ぴったりというか、考え方が似てるよ」

 たいら望海のぞみ吉間きちまが中学時代に付き合っていた彼女。

 僕が紫に振られる直前まで付き合っていたらしいが、どうやら望海が紫へ僕と別れるように迫ったようだ。

 僕がいなければ、吉間は今も望海と付き合っていたかもしれない。

 だから、間接的とはいえ吉間は僕を恨んでいると結論付けた。

「教えてもらうぞ!中学の時に何があったのか!」


 観念したのか、紫は口を開いた。

 当時、僕は紫と付き合っていた。

 それより少し前から、吉間は望海と付き合っていたらしい。


「でね、颯一そういちってばあたしのために身を挺してかばってくれたんだよ」

 あたしは友達の望海にできた彼氏のことでのろけ話を聞いている。

 これは中学二年、初夏の話。

「そうなんだ。いいなぁ。あたしもそんな彼氏がほしいな」

 紫と望海は小学校低学年以来の友達として交流があった。

 しかし学区の関係で中学は別々の学校へ進んだ。


 時間は少し遡り、中学二年の春…。

 紫は彼氏が欲しいと言い続ける望海のために、一年の時に級友だった颯一を紹介することにした。

「遅いわね…吉間くん」

 望海のぞみとの待ち合わせもあるから、それまでに望海のことも吉間くんに伝えておきたいんだけど…。

 近づいてくる足音に気づいたけど、吉間くんじゃなかった。

「彼女~、一人?」

 チャラそうな男が目の前まで迫ってきていた。

「いいえ、友達と待ち合わせよ。そろそろ来るころで…」

 ジワジワと迫ってくるチャラそうな男を避け続けたら、あたしは壁近くまで追い詰められてしまった。

「ならその友達が来るまでちょっとそこでお茶しようぜ」

「間に合ってます。友達とお茶するので」

 それでもしつこくまだ迫ってきている。

 腕を捕まれて

「いやっ!やめてくださいっ!」

「いいじゃねぇか、少しだけだからさ」

 腕力ではとても勝てはしない。

 思い切って大声を出そうとしたその瞬間…突然、肩に腕を回されて

「おにーさん、僕の女に何か用ですか?」

「っ!?」

 どこかで聞いたような声が耳元で聞こえた。

 慌てて顔を確認すると、クラスどころか学校中で人気の輝くんだった。

 顔だけでモテていることで評判だったけど、このチャラい男を追っ払うにはこれしかない、と一瞬で考えた。

 あたしにだけわかる目配せをしてきたから、助けてくれるつもりなのだろう。

「おっそーい!どこ行ってたのよっ!?」

「悪い悪い。待たせたな」

 仲睦まじいように見せかけるため、あたしは輝くんの胸に飛び込んだ。

「ちっ!男連れかよ」

 そう吐き捨ててチャラい男は引き下がっていった。

 ほっ。

 うまく追い払えた。

 それには感謝するけど、彼自身にはあまり興味がない。

 かなりの女の子が玉砕してるみたいだし、運命の相手なら自然と惹かれ合うはず。

「えっと、輝くんだっけ?」

 抱きついたけど、あたしは何とも思ってない人だから、別に何も気持ちは動かなかった。

 抱きついた彼から離れる

「覚えていてくれたんだ」

「すごく人気じゃない。知らない人なんているのかな?」

 実際に話をしてみると、女慣れしてる気はするけど意外に普通な感じがした。

「それより助けてくれてありがとう。これからお出かけ?」

「いや、待ち合わせなんだ」

「そうなんだ?あたしも待ち合わせよ。そろそろ来るはずなんだけど、電車が遅れてるのかも」

 これが新宮しんぐうひかると最初に話した日だった。

「そうだ、連絡先交換しよう。僕の番号はこれね」

「いいわよ。えっと、090…」

 あたしは入力した電話番号にかけて、輝くんの電話が鳴ったのを確認してから電話帳登録をした。

「輝さ~ん!おまたせ~!」

「ああ、来たか」

「ふーん、女の子との待ち合わせなんだ」

「友達だけどね。それじゃ今度連絡する」

「うん」

 輝くんたちが駅に入って少ししてから吉間くんがやってきた。


 そして紫はその夏に輝と付き合い始めた。


「輝くんってそんなにイケメンなんだ?」

「学校でもすごく噂になっててね、あたしなんて輝と付き合ってることに不満を持つ女子に囲まれたりして、でも輝はとてもスマートにあたしを守ってくれたんだよ」

「お互い、彼氏とうまくいってるみたいだね。やっぱりいいよね、恋愛って」

 望海は屈託のない笑顔を紫に向けた。


 ある日、望海がせがむから輝を連れて彼氏ということで紹介することになった。

新宮しんぐうひかるです。紫さんとお付き合いさせてもらっています」

 ひと目見た瞬間、望海の体中に電撃が走る。

 それは衝撃の出会いだった。

 ルックスに惹かれた、と言われても仕方ないけど、その立ち居振る舞いや纏う空気感に至るまでのすべては、一瞬で望海をとりこにした。


 望海の心が颯一から離れるまで、時間はかからなかった。

 望海は颯一に別れを告げる。

 理由は、他に好きな人ができた。輝の名前も教えていた。

 別れた後は輝と付き合ってる紫に迫った。


「お願いよっ!輝を…ちょうだい!」

「嫌よっ!絶対に渡さないっ!」

 望海と会うたびに、こんなやりとりばかり繰り返していた。

 いつしかこのやりとりが億劫になって、望海と顔を合わせなくなる。

 颯一と別れた頃をきっかけに食欲がなくなったらしく、次第にやつれていった望海を親が心配し始めてる。

 時々遊びに行ってたことがあり、様子が変なのをたまたま会った望海の母から相談を受けた。

 気が進まなかったけど望海のことは心配だったから、あたしは望海母に招かれるまま家にお邪魔する。


 コンコン


「起きてるんでしょ?望海」

 返事がない。

「彼のことは譲れないけど、心配だから来たわ」

 壁にもたれ掛かって部屋の中に届く声量で語りかける。

「最近、ご飯も食べてないそうじゃない。そんなんじゃ…」

 ドアに手を添えた瞬間、あたしは嫌な予感がした。

 手に伝わってくる熱が異様に高かったから。

「望海っ!?うわっ…!!」

 ドアを開けた瞬間に、開けたドアの隙間から熱気が吹き付けてきた。

 思いっきり開け放つと、そこには望海が床に倒れていた。

 部屋にはツボのようなものが置いてあり、赤い火が静かに立ち上っている。

 春だというのに、部屋を締め切って火を炊いているから、灼けつくような熱気に満ちていた。

「望海っ!しっかりしてっ!!」

 あたしはドアを全開、窓もすべて開けて、ツボのような火鉢をやけどしないよう布で挟み込んでベランダに運び出す。

 後に、これを練炭自殺というものだと知る。

 締め切った部屋で火を焚き、生きるために必要な空気中の酸素を欠乏させ、ゆっくり眠るようにその生を終える。


「ん…」

 ベッドに横たわる望海が目を覚ます。

「あれ…ここは…天国?」

「バカね…」

 ぼんやりするのか、意識がはっきりしてるような感じではない。

「望海、あなたもう少しで死ぬところだったのよ?」

「………」

 意識が次第に戻ってきたのか、あたりをキョロキョロ見回す。

 さっきまでの灼熱地獄から一転して、そよそよと暖房の効いた快適な空間がそこに広がっていた。

「…なんで…なんで止めたの…」

「友達だもの。当然でしょ」

「死ぬつもりだったのにっ!なんで助けたのよっ!?」

「かんたんに命を投げ出すなんて、あなたらしくないわよっ!あの元気な望海はどこに行ったのよっ!?」

 望海は一変して涙顔になり

「輝くんは…あたしの理想そのものなの…届かない想いを抱えてずっと苦しむくらいなら…いっそ死んでしまったほうがマシよ…」

 それで…食事も喉を通らなくて…ずっと苦しんでいたんだ…。

「そんなに…苦しんでいたなら…なんで言ってくれなかったのっ!?」

「だって…あたしと会いたくないんでしょ…会うたびに輝くんのことを話してるから…」

 確かにそうだった。

 それが嫌で、あたしは望海と会わなくなっていた。

「…わかったわよ…あたしが、輝と別れればいいんでしょっ!?それでいいんだよねっ!?」

「………それ、本気で…?」

「別れるわよっ!望海のそんな姿なんて見たくないっ!!」

 もはや自棄ヤケになっていた。

 大切な友達がここまで変わってしまったのがショックで、何もかも投げ出したくなっている自分が嫌になっている。


 翌日


 昨夜はずっと考えていた。

 あまり長話をすると涙をこらえられそうもないと判断したあたしは、反論や追求を逃れるため、一方的に輝のすべてを否定する言い方で輝と別れることにした。

 別れたくないのに別れなきゃならない辛さ…胸が押しつぶされそう。

 けど望海をこのままにもできない。

 輝と会った瞬間、望海を見捨てようか…迷った。

 昨日見た望海の衝撃的な自殺未遂が脳裏をよぎり、意を決して口を開く。


「もう…別れましょう」

 多分、輝にとっては青天の霹靂へきれきと呼ぶに相応ふさわしい。

 迷った末、ついに言ってしまった。

 もう引き返せない。泣いてしまいそうな自分を必死にこらえる。

「どうして…なんだ?訳を聞かせてくれっ!!」

 狼狽うろたえる輝はあたしの肩を掴んできた。

 溢れ出そうな涙を振り切ろうと、用意してたことを口にする。

「あなたなんて、所詮は女子のステータスでしょ。付き合えただけでも十分に女としての価値は上がったし、周りから見る目も大分変わったわ。あたしには、あなたなんてもう要らないの。少し位ちやほやされてるからって自惚うぬぼれないでよ」


 一方的に別れを告げて、あたしは輝との関係を終わりにした。

 がっくりと輝がよつん這いになったことで、泣きそうになった顔を見られなかったのが唯一の救いだった。

 すぐに望海へ電話をかける。

「望海…でしょ…?あたし…ひぅっ…輝と…うぅっ…別れた…から…」

 せきを切ったように溢れ出す涙を堪えきれず、涙声で望海に別れたことを伝えた。


 後日、望海は輝に告白したものの、もう誰とも付き合わないと断られて、望海はしばらく塞ぎ込んでしまう。

 その間、気まずくなったことと沈んだ気持ちから立ち直るまでに時間がかかって連絡を取らなくなり、二人は疎遠になっていった。 


「やはり…そういうことだったのか…」

「でも!今もあたしは本気よ!別れてからずっと後悔してた…別れたくないのに別れなきゃならない辛さ…」

「それを、今度は彩音に押し付けたわけだ…」

 輝は静かに、深くて低い声を紫にぶつけた。

 ハッとなる紫。

「そんな負の連鎖…ここで断ち切らせてもらう。二度と繰り返させないために」

 慌てて言葉を探す紫。

「輝みたいな非の打ち所がない男の子は、あたしみたいな人が…」

「影でこっそり人の彼女に別れを強要するような、恨み送りする女に興味はない」

 ボロボロと涙がこぼれ落ちる顔を見ても、輝の心は動かなかった。

「お願いよっ!あたしには輝しかいないのっ!どれだけ逢いたかったか…どれだけ我慢してきたか…文化祭の時、逢えて本当に嬉しかった!けど誰とも付き合わないって聞かされても、余計にあなたが欲しくなって…!」

「何度も言わせるな。そういう曲がった考えに僕たちを巻き込むな。彩音はどこまでもまっすぐに向き合うから、余計僕に何も言えなかったんだろう。そして、お前みたいに自分がやられたことを人に強要するなんて考え、彩音には無いだろうな」

 ヘナヘナと崩れ落ちるように泣き崩れる紫。

「あたしと…彩音さんの…どこが違うのよ…」

「紙一重だろうな。自分がやられたことを人に押し付けるなんて、彩音のポリシーが許さない。お前が自分にされたことを他人にやり返さなければ、僕は君を選んだかもしれない」

 こう言いつつも、輝は胸が傷んだ。

 自分をこうも慕ってくれる人に冷たく当たることの辛さを覚えた。

 それだけに、まっすぐな彩音の気持ちにこそ応えるべきだと自分に言い聞かせる。

 輝はスマートフォンを取り出し、紫に底の側面を向ける。

「君の本気は十分に伝わった。でも、その気持ちには応えられない。最後にひとつ、協力してもらうぞ。今回の件はそれで許す」

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